第20話

 絵美は雄介に気付かれない様にするためか、人混みの中でズボンから黒いヘアゴムを取り出し、早足をしながら髪の毛を結ぶ──。


 人混みを抜け、屋台の入り口に来ると、既に待っていた大輔に向かって「大輔君、お願い。走って」と声を掛けて走り出した。


「え? なに?」と、大輔は困惑している様子を見せたが、「良いから!」と、絵美に強めに言われ、首を傾げながらも走り出す。


 ──しばらくして絵美は「あー……もう駄目、限界……」と、走り疲れた様で足を止める。大輔もゆっくり足を止め、絵美の方に体を向けると心配そうに眉を顰めながら絵美を見つめた。


「──雄介君と何かあったの?」


 絵美はヘアゴムを外し、息を切らせながら辺りを見渡して、雄介が居ないか確認している様だった。周りに大輔以外いないことが分かると「はぁ……」と大きく溜め息をつく。


「ごめん……いまは話したくないです」

「そう……」


 無いなら無いと言うはず。絵美が答えを濁したことで大輔は何かあったと感じ取った様で、俯き加減で返事をしていた。


「じゃあ……今日はもう帰ろうか?」


 大輔はそう言って、絵美の答えを待たずに駅とは反対方向に向かって歩き出す。絵美は慌てた様子で大輔に駆け寄り、自分の腕を伸ばして、大輔の腕を掴んだ。大輔は直ぐに立ち止まる。


「待ってよ……ねぇ、家まで送ってくれないの?」


 絵美は今にも泣き出しそうに目を潤ませながら、大輔を見つめる。大輔はそんな絵美の顔をみて、苦笑いを浮かべながら「──ごめんね、気が利かなくて……送るよ」


 絵美はホッとしたようで笑顔を見せ、ゆっくり歩き出す。大輔も合わせて、ゆっくり歩き出した。


「ありがとう」

「うん」


 ※※※


 二人は無言のまま電車に乗り、絵美の家に向かう──家に着くと大輔がまず言ったのは「部屋……暗いねぇ」だった。


 大輔の言う通り、20時過ぎだというのに絵美の家は誰も居ない様で、どこの部屋も明かりは点いていなかった。


「あがって」

「え? でも……」

「大丈夫ですよ。うちの親は遊び歩いていて、滅多に帰って来ないから」

「それでも──」


 大輔が言葉を詰まらせると、絵美は不安げな表情で眉を顰める。


 ドアの前に移動して、カギを開けると、「お願いです……少しの時間でも良いので、誰かに居て欲しいんです」と、大輔にお願いをする。


 大輔はそれでも躊躇っていた──が、絵美の様子がおかしいのと、同じ不干渉の親を持つことを知り、可哀想と思ったのか、ゆっくり絵美の隣に移動する。


「分かった。少しの間、お邪魔させて貰うよ」

「はい」


 絵美はドアを開き、どうぞと手を差し出す。大輔は「お邪魔します」と言いながら、中に入っていった。


 ──二人は家に入ると靴を脱ぎ、廊下を通りダイニングに移動する。


「私のせいで走らせてしまったから、汗だくですよね? 先にシャワーをどうぞ」

「え、あぁ……大丈夫だよ」

「遠慮しなくても大丈夫ですよ」

「──じゃあ……ちょっとだけ」

「はい。いま案内しますね」


 ──二人はダイニングの奥に進み、風呂場に移動する。


「えっと……シャンプーとリンスはそこにあります。ハンドタオルはそこに用意してあるので使ってください」


 絵美は大輔に説明をすると「ごゆっくりどうぞ」と言って、パタンとドアを閉める。大輔はまだ今の状況が信じられない様で、呆然と立ち尽くしていた。


「マジかよ……異性の家でシャワー? 本当に良いのか?」


 大輔はそう呟きながらも、ゆっくり服を脱いでいく──極力、用意してある物を使わない様にしているのか、椅子には座らず、髪の毛を洗うと、ハンドタオルを使わずに体を洗っていった。


「バスタオル、用意しておきますね」と、脱衣所でバスタオルを持った絵美がドア越しに話しかける。


「あ。ありがとう」

「お湯の出し方とか分かりました?」

「うん、大丈夫」

「それは良かったです。近くに居るので、何かあったら遠慮なく言ってくださいね」

「え! ち、ちかくに居るの!?」

「はい。万が一、両親が帰ってきたらまずいので」

「あ、あぁ……そうだね」


 ──大輔は落ち着かない様で、体を洗い終わると直ぐにシャワーを止める。お風呂場のドアをゆっくり開き、半開きの状態で脱衣所の方を覗いた。絵美が居ない事を確認すると、脱衣所に移動する。


「俺、出たんで」

「はーい」


 さすがに着替えまでは用意できなかったようで、大輔はまた同じ服に着替え始める──脱衣所から出ると、すぐそばで立っていた絵美に「ありがとう、スッキリした」と声を掛けた。


「はい」

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