第11話
二人が入店してから50分が経過する。その間、二人は交互に歌い、カラオケを楽しんでいた。インターホンが鳴り響き、香織は立ち上がると受話器を取る。
「──はい、分かりました」
香織は受話器を戻すと「あと10分だって」
「早いなぁ」
「ねぇ。あのさ、次は大輔君の番だけど最後は私が貰って良い? 歌いたい曲があるの」
「あぁ、良いよ」
「ありがとう」
──香織は立ったままタッチパネルを操作して、サッと曲を入れる。テーブルの上にあったマイクを手に取ると──腕と腕が触れそうなぐらいピッタリと大輔の横に座った。
「な、なに? どうしたの?」
大輔が慌てた様子を見せると、しっとりとしたイントロが流れ始める。香織はマイクを口に近づけることなく「この曲、覚えてる?」と大輔に聞いた。
「──うん、覚えてるよ」
「良かったぁ……中学二年のある日。部活が終わって人気者の君は先輩たちに休みの日にカラオケに行こうよって、誘われていた。皆が盛り上がって帰っていく中、誘われなかった私は一人寂しく、後ろを歩く」
香織は曲がBメロに入っているのに、昔を振り返る様に語り始める。
「それに気づいた君は後ろを振り返り、香織も一緒に行かない? って、声を掛けてくれた。それだけでも十分嬉しかったのに、君は最後にサプライズを仕掛けてくれた」
曲はサビへと差し掛かり、歌われないままBGMとして流れ続ける。
「終了時間10分前……私が最後だったから、皆は部屋を出て行く。そんな中、君は私の隣にスッと座った。曲が終わるころ、君はマイクを手に取る。そして曲に合わせる様にこういった──」
香織はようやくマイクを口に近づける。
「負けないで。君は少しずつ上手くなってるよ……と」
曲がフェードアウトして、香織はマイクをテーブルに置く。大輔の方に顔を向けると真剣な眼差しで見つめた。
「大輔君のこと、あの時からずっと好きでした。あの子に……絵美さんに取られなくない。だから──私とお付き合いしてください」
大輔は一瞬、目を見開いて驚いていた表情を見せる。香織から顔を逸らし、目線を下げると、コーラが入ったコップに手を伸ばした。
大輔はゴク……ゴク……と、まるで時間稼ぎをするかのように、ゆっくりとコーラを飲み干すと、テーブルにコップを戻し、呟くような小さな声で「ごめん……気持ちは嬉しいけど──」
大輔はまだ話している途中だったが、香織はダメだと思い込んだ様で、顔を歪め項垂れる。
「行き成りの告白で、どう返事をしたら良いのか正直、分からない。だからもう少し返事を待ってくれないか? 絶対に返事はするから」
香織は僅かな希望に安心したのか、直ぐに顔を上げる。そして苦笑いを浮かべながら「うん……分かった」と返事をしていた。
※※※
大輔はカラオケから帰ると、自室で普段着に着替えると、机に向かう。卓上本棚にしまってあった大学ノートを手に取ると、香織、大輔が好きかも? と書いてあるのを消しゴムで消して、香織は大輔が好き確定と書き直した。
大輔は椅子の背もたれに背中を預けると天井を見据える。
「本当の大輔はここで、香織の告白にOKしたのかな……だとすると、過去を変えてしまった事になるけど……」
大輔はそう呟いて、背もたれから背中を離し、今度は頬杖を掻く。
「──かといって、あそこで告白に応える事は納得できなかった。俺にとっては香織も絵美と変わらない。いや……むしろ親しみといった意味では絵美の方が上だ」
大輔は大学ノートをスッと閉じ、卓上本棚に戻す。
「まぁ……何にしたって返事は絶対にすると言ったんだ。ゆっくり考えよっと……」
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