第2回『やたらドラマチックなお婆さん』

お題(改変あり)

「お客様にだっていろいろな事情がありますからね……」


 天使の笑みを浮かべて上役はこう告げた。


「……大事なことは彼らの声に真摯に耳を傾けること」


 それから目の奥に悪魔の炎をちらつかせて続けた。


「そして右から左に聞き流してください。同情は心を抉る鋭利な刃物、引きずり込まれると抜け出せなくなりますよ」


 わたしは上役の前で片膝をつきながら、背後で自分の尻尾と戯れている男の子をちらと見た。情に流され、連れてきてしまった狐の子。咎められはしなかったものの、同じ手を二度は使えないだろう。


「承知しております」


 同情。この商売の大敵は確かにそれだ。

 ある時は涙を浮かべ、ある時は袖に縋りつき、自分がいかに大変なのかを訴えてくる。 

 それは悪魔のささやきにも似て、巧みに私の心の中に入り込み、ともすれば涙を誘ってくる。


「いいんです。そういうことなら返済を待ちましょう、ええ、大丈夫ですよ」

 なんて言いたくもなってくる。


 だがそんな時に限って、見てしまうのだ。

 にやりとした狡猾な笑みを。唇からチロリと除く蛇の舌先を。


「さて、行くぞ。コン」


 気づくと、上役はわたしの前から姿を消していた。

 立ち上がり、後ろへ振り返る。コンは相変わらず自分の尻尾をつかんでもふもふしながら遊んでいる。あの上役の威圧感によく呑み込まれないものだ。いや、なにも知らないだけだな。


「どこ行くの?」

「徴収だ。お前にとっては初仕事だから気を引き締めていけ」


 特に今回は気を付けないといけない。

 今回の客はお婆さん。

 巧みな話術と迫真の演技で、いつの間にか自分の劇場に引きずりこむモンスター……もといお客様なのだ。

 手の内が分かっていてもなお、気づくと彼女に同情してしまいそうになる。


「おやつ、持っていっていい?」

「遠足ではない。さっさと来い」

「わぁっ、おねーさん、尻尾を引っ張らないでよ~!」


 かくしてわたしは憂鬱と狐耳の男の子をずるずると引きずりながら、今日も顧客のもとに足を運ぶのだった。

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