第31話 再起編(三)確信

 ハローワークに通って本格的に就職活動をはじめたのは年明けからだった。五十代の年齢で、しかも親の介護で八年間もブランクのある男性を、採用してくれる企業なんかあるのだろうか。シニア専門にあつかうシルバーワークの相談員からも、「事務職は諦めて、警備員か管理人の職を探した方がいい」というアドバイスを受けていた。しばらく経理の仕事を探してみてまったく手ごたえがなければ、以前資格試験の勉強をしながら短時間労働をしていた、郵便の仕分け作業か宅配会社の倉庫内の仕事をして、生計せいけいを立てていくことも考えていた。


 ところが、思いもよらず達也の経歴に興味をもつ企業が現れた。就職活動を開始した年の三月初旬、財閥系グループの介護事業を行う会社から、「他の求職者より優先的に面接したいので、明日面接に来られるか」という連絡があったのである。それを達也は愚かにも、選考中の他の会社の関係で、一週間面接をずらしてしまったのであった。面接は一週間後、他の書類選考通過者と同時に行われ、結果達也は不採用になってしまった。


 悪運は尽きないものである。かりに先に応募した会社の採用担当者が、不採用通知をあと三日早くポストに投函とうかんしていたとしたら、今ごろ達也は大手町ビルの一角で、伝票を見ながらパソコンの端末キーを打ち込んでいたかもしれなかった。


 またその一ヶ月後のことである。某税理士法人の新宿支店に応募書類を送ったところ、支店長から連絡があった。


「在宅勤務希望ですよね?」


 支店長は、にやけたような口調で達也に尋ねた。


「出勤希望です」


 達也がきっぱり答えると、


「あなたの経歴では無理でしょ」


 と支店長があきれた様子で言った。求人票には、「在宅勤務も可能」と記載してあったが、履歴書に「在宅勤務希望」とは書いていなかったので、失礼なやつだと思っていた。ところが、翌日その税理士法人の代表からメールが送られて来た。


「自分のところで、あなたを必要としている部署があるので面接したい」


 達也はすぐにその代表に連絡しようと思ったが、携帯の電池が切れそうであったので公衆電話から連絡した。公衆電話からかけると、その代表の携帯には非通知で表示されるらしく、


「非通知で連絡してくるとは無礼だ。そのような者とは一緒に仕事は出来ないな」

 とあっさり断られた。


 何とも運のない話だが、その二社から評価されたことで達也は確信した。今は景気も良く売り手市場だ。リーマンショック級の不況にならない限り、このまま就職活動を続けていけばチャンスは必ず来ると思っていた。しかし、達也の期待もむなしく状況は反転していくのである。

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