第2話 血族編(一)追懐
養鶏場でひとり遊んでいると、祖母に呼び止められて卵をとって来るように頼まれた。それぞれの鶏の
中学二年まで、正月は浦和にある父親の実家で過ごすことが慣例であった。祖父は、実家の中庭で鶏を飼育して、規模の小さい養鶏場を営んでいたのである。
中庭の勝手口から居間にあがると、仕事を終え、冷えきった体をすぐに暖めるために掘り
炬燵はてっきり電気炬燵だと思い足をのばして寝そべっていると、足の親指に激しい痛みを感じたので、すぐに足を引いて親指を見てみると靴下が焼け焦げている。電気炬燵ではなく炭炬燵であった。親戚といえども家族でもない幼い子供が火傷でもしたらと思われたのか、叔父や叔母がそろって達也のところに駆けよって来て様子を見ている。幸い、焼けたのは靴下だけで足に火傷はなかった。浦和の伯母さんが、息子のために買っておいた新品の靴下を、達也のところに持ってきて差し出した。
兄弟が多かったため、浦和の正月は毎年にぎやかであった。親戚一同が集って
祖父と祖母の間には五人の子供がいた。長男が
強一と章次は性格が似ていて、気性が荒くギャンブル好きであった。母から聞いた話では、強一は若い頃ギャンブルが高じて実家を売りそうになったらしい。怒ると手がつけられなくなるので、弟達は強一にだけは盾突かなかった。また強一は、祖父が養鶏を廃業すると養鶏場があった中庭に風呂場や離れを増築した。祖父と祖母は、母屋をはなれて強一が建てたその離れに移り住んだのである。
長女直子には二人の息子がいたが、子供を儲けた後離婚したため直子ひとりで二人の息子を育てていた。直子の長男
敏章は達也より一歳年下であった。いとこのなかで一番歳が近かったこともあり、生涯家族ぐるみのつき合いになるだろうと思っていた母親は、達也と敏章に将棋やトランプをやらせて遊ばせようとしていた。が、そのような関係になることはなかった。隆明と敏章は優秀なわりに卒業後は芳しくなかったのである。隆明は国立大学を卒業後、小学校で教鞭をとっていたがしばらくすると辞めてしまい、何か思うところがあったのか、僧侶の専門学校に通って寺の住職に就いた。弟の敏章にいたっては、国立の医学部に入学したものの一年で中退してしまい、その後は漫画家を目指していたのだが、芽が出ることなく今となっては行方の知れない状態になっている(もっとも、自分も同じような境遇になるのであるが)。
三男達吉はまったくの謎の人物で、銀縁の眼鏡をかけて入念にアイロンのかかったスーツを着こなし、いかにもインテリじみた神経質な風采であった。毎年娘を連れて正月には顔を会わせていたものの、達也自身会話すらしたことがなかった。娘も娘で一言もしゃべらず、いつも親のそばについていたので、まるで可愛い女の子のこけしを隣に置いているように思えた。
中山家のなかで、四男英治は別格に人当たりが良かった。「達也君、達也君」と言ってはなにかにつけ話しかけてきたものであった。幼い娘がいたが親に似て人なつっこく、達也になついていたので、浦和に行くと娘の遊び相手をさせられていた。
祖父が離れで暮らすようになると、達也の正月はおもに離れで過ごすことが多くなった。二間だけのこぢんまりとした家だったが、祖父と祖母が二人だけで暮らしていくのには十分な広さであった。その離れは、窓が少なくて薄暗い
祖父は
その年の正月は、浦和で過ごす最後の正月だっただろうか、離れの部屋で炬燵に寝そべりながら大晦日に紅白を見ていた。ちあきなおみが
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