page.10 神聖暦457年 夏(2)


 一般的な剣の方をヴェルナーがエリアスに手渡すと、二人は距離をとってから互いに剣を構える。

「お、ヴェルナーとエリスがまた対戦するのか。」

 数名の兵士が二人の様子に気が付き、わらわらと見物に来る。彼らの試合は兵士たちにとっての娯楽となっていた。二人は身体能力が高く、高次元の試合をするためである。

 ヴェルナー曰く、美貌の無駄遣いであると言われるが、エリアスのその身体能力は目をみはるものがあった。歩兵のため、槍と剣を専門としているのか思いきや、弓も扱えるのである。おまけに、長身で力の強く、そこそこ腕の立つヴェルナーと対等に槍を交えることができる。

 かくいうヴェルナーも、持ち前の大きさと筋力により、大きな立ち回りができるうえ、一つ一つの攻撃力も高い。彼の場合、槍を振り回すだけでなく、成人男性一人をひょいと掴み、投げてしまうという荒業まで使うので、捕まったら一溜まりもない。

 きいん、という音がして、二人の試合は止まった。エリアスの持っていた槍の穂先が折れたのである。

「おお。威力はたしかに上がったな。」

 ヴェルナーが魔鉱石で作った方の槍をぶん、と振る。

「……でも、それ、重たくないですか。」

「ええ、そうかあ。俺はこのくらいずっしりしている方が好きだけどな。」

「……それはあなただけですよ。」

 ヴェルナーはその腕の長さと筋力に任せ、大きな槍や鈍器を振って相手を黙らせるのを好む。あまりお上品な戦い方ではないが、近寄ることのできない敵からしたら、刃物の付いた金属の塊が遠くから振り回されるため、恐怖であろう。

「ようし、もう一本のほうの行くか。」

 体力が有り余っているのか、ヴェルナーはもう一本の槍を振り回す。そして、休みを間に入れず、エリアスに再戦を要求した。

「……このあと、乗馬の練習に付き合ってくださいよ。」

「おーけー。おーけー。」

 最近は、実践を考慮した実験をするため、騎馬兵は馬に乗って試合をする必要があった。しかし、開発に招集されているもう一人の槍騎兵であるクヌートは中肉中背で、槍の腕もヴェルナーに比べると劣ってしまい、試合にならなかった。そこで、何故か、エリアスが二人の対戦相手を務める羽目となった。

「……っしっかし、お前さん、馬もそろそろ一人で乗れるだろうっ。」

 槍をふるいながら、ヴェルナーがエリアスに話し掛ける。

「……っ。」

「あ、そうだった、背が低くて、一人で馬に乗れないんだったなっ。」

 にやりとヴェルナーが嘲笑うと、エリアスが無言で槍をつく速度を上げる。

「うおっと、からかって悪かったってっ。」

 きいん、という音がまた鳴り響く。

「……。」

「せーふ……。」

 ヴェルナーは思わず呟く。普通の槍の同士で試合をしていれば、エリアスの槍がヴェルナーの首に当たっていた。魔鉱石で作った槍のの方が硬いため、ヴェルナーの槍をかすったエリアスの持っていた槍が折れたのだ。当然、それを理解してやったのだろうが、もしもを考えると恐ろしい。

 びし、と穂先の折れた槍を突きつけ、

「もう、試合はいいでしょう。」

 とエリアスが言い放った。

「……はい。」

「おおい、ヴェルナー、エリス。馬借りてきたぞ。」

 見物をしていた兵士の一人が気を利かせて、訓練用の馬を二頭連れてきた。

「お、気が利くねえ。んじゃ、早速。」

 ひょいっとエリアスの腰あたりを抱えて持ち上げる。

「……あの。この乗せ方は止めてほしいと、前に言いましたよね。」

「でもこっちのほうが俺としては楽なんだよ。」

 そうこうしているうちに、エリアスは馬に乗せられる。背の低さゆえ鐙に足が届かないため、自分の両の脚で自分を固定する。ポニーの代用を提案した者もいたが、それでは試合ができないため、エリアスの血と汗の努力に頼ることとなった。

「よし、走らせるか。」

 そう言ってヴェルナー自身ももう一頭の馬に跨がる。こちらは通常の乗り方で、鐙にしっかりと足が届いている。ただ、筋肉質で大柄なヴェルナーを運ばなければならない馬は少々気の毒ではある。

 エリアスが足で馬の腹を蹴ると、馬がけたけたしく鳴き、走り出す。ヴェルナーも、あとに続いた。二人は一旦練武場を出て、事前に外出許可を貰っていた近所の丘まで出掛ける。

「……エリス、お前さん、戦争関連の才能は本当に長けてるなあ。」

「……そうでしょうか。」

 手綱だけで器用に馬を操り、丘を駆け上がる。

「だって、乗馬の訓練してたったの三日だろ。」

「……そうだったですかね。」

「これなら、片手、もう離せるんじゃあないか。」

「……ふむ。」

 ふと、なにか思うところがあったのか、手綱を引き、エリアスは馬を一旦停止させる。すると、手綱から片手を離した。ヴェルナーもエリアスのいる場所まで戻り、馬を停まらせる。

「え、まじでやるの。」

「はい。これでちょっと走らせてみます。」

 そう言うと、エリアスはまずは簡単に馬を歩かせている。

「お、おお……。」

 バランスを崩すことなくとことこと馬を歩かせる姿を見て、ヴェルナーは感心していまう。相変わらず、恐ろしい体幹をしている。

「……ん。」

 ヴェルナーは目を疑った。エリアスが馬の腹を強く蹴ったのだ。

「おいっ。」

 いつもの速度で走らせ始めるエリアスをみて、思わずヴェルナーは大きな声で叫んでしまう。しかし、そのまま勢いを失うことなく丘を颯爽と駆け抜けて行く。

「……まじで。」

 ヴェルナーは唖然としてエリアスを目で追う。エリアスはそんなヴェルナーのもとに駆け寄って戻ってきた。

「お前さん、つくづく恐ろしいやつだな。」

「なにがですか。」

 意識していないところが尚更恐ろしい。ヴェルナーは苦笑する。

 出会ってから三月程度経ったが、エリアスは一度たりとも、自身の身体能力の高さに付け上がることも、そのことで、他者を見下すこともしなかった。ヴェルナーはそのような彼をすこぶる気に入っている。

「ヴェルナー、木の枝でも使って仮の試合でもしてみませんか。」

 静かな声で、エリアスがヴェルナーに提案をする。その白くて小さな手には、太くて長い枝が握られていた。

「おお。いいねえ。」

 同意したヴェルナーも適当に見繕って拾う。

 エリアスのそれは、最早曲芸の域である。体幹だけで体をささえ、腕を振るう。但し、鐙がないので立ち上がることはできない。拾ってきた枝の長さとすばしっこさだけでヴェルナーの攻撃をかわした。

「……ふう。」

 さすがに汗だくだ。それは当然で、エリアスは通常よりも体を駆使してヴェルナーになんとかついて行っている。

「今、何時くらいでしょうか。」

 エリアスはヴェルナーに聞く。

「えっと」

 ヴェルナーは空を見上げる。太陽は既に天頂にあがっていた。

「うわ、やばい。お嬢さんとこ行かないと。」

 昼過ぎには決められた班の人間は工房に集合、それ以外は工房か練武場で性能試験または弓の訓練をすること、これが最近の決まりである。もともとは秋以降にこの予定に切り替わる想定だったのだが、開発が想像以上に順調であるため、予定を繰り上げたのである。

「急ぎましょう。」

 エリアスとヴェルナーは馬を走らせて、一旦練武場へ馬を返しに行く。いっそのこと馬を使って直接工房に向かってしまいたいところだが、この馬は借り物であるため、勝手に使えない。

「許可とりゃ良かったな。」

 


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