第40話 音声入力

「左ローリング!」


 俺の指示と同時にカーマインがローリングする。

 彼女がいた場所を斧が素通りし、俺へ向かってくる。

 俺はその斧を避けずに凝視した。

 タイミングを待ち、そして剣を大きく振り上げる。

 パリィ。

 小気味いい金属音が響くと同時に、手に痺れが生まれる。


「ぐおお!」


 モーフィアスが唸ると同時に斧は弾かれ、地面に落ちた。

 モーフィアスは体勢を崩し、膝をついている。

 チャンスは数秒。

 今しかない! 


「ダッシュ! 会心の一撃!」


 カーマインは駆け出し、モーフィアスのもとへ到達。

 大きく剣を振りかぶり、そして一気にモーフィアスの腹部を貫いた。


「グガアアアア!」


 モーフィアスの咆哮。

 それは間違いなく大打撃を与えたという証左だった。

 カーマインは突き刺した剣を、カブを抜くようにして引っ張る。

 一気に引き抜いた反動で、後ろに転がってしまっていた。

 俺は転がる彼女をがっちりと受け止めてやる。


「ううっ、い、痛い!」

「いいぞ、その調子だ。よくやった」


 後ろから抱きしめるような体勢になっていたが俺は大して気にしない。

 今はそんな状況じゃないからだ。


「あ、ありがと……」


 カーマインは顔を赤くしてそっぽを向く。

 疲れているのだろう。

 彼女の息は荒かった。


「おのれぇ……!」


 モーフィアスが体勢を整える。

 腹部からの出血は途絶えていない。

 間違いなく効いている。


「今のやり方であいつを倒す。やれるか?」

「う、うん。なんだかよくわからないけど、君の言葉を聞くと身体が勝手に動くから、多分!」


 妙な信頼を向けられている気がする。

 よくわからないが、彼女は俺を信じてくれているようだ。

 純粋無垢な視線を受けて、俺は心強さを感じた。


「あいつには君の攻撃しか効かない。だから攻撃は君が。俺はあいつの攻撃をパリィする」

「了解。頑張ろう!」


 カーマインの目に恐怖はなかった。

 突然、こんな状況に巻き込まれたのに、なんて勇敢な女性だろうか。

 これが主人公たる所以なのだろうか。

 俺は嬉しくなった。

 俺がずっと操作していた主人公が、俺の想像通りの人だったからだ。

 まあ、見た目も性別も違うけど。

 でも彼女は俺の知っているカーマインと同じなのだと思う。

 だったら俺もプレイヤーとして戦おう。

 ゲーマーとしての矜持に従い、奴を倒す。

 相棒と共に!


「貴様たちはここで散れぇぃっ!」


 モーフィアス再び斧を振るう。


「飛び退け!」


 俺とカーマインはその場から跳躍し、左右に避ける。

 次いで奴がした行動に俺はやはりという思いを抱いた。

 カーマインを集中的に攻撃し始めたのだ。

 最早、俺に背を向けていた。

 俺の攻撃はモーフィアスに効果がないが、カーマインの攻撃は効果がある。

 だったらやることは一つ。

 俺を無視して、カーマインを倒すことだ。

 カーマインさえ倒せば、モーフィアスにダメージを与えられる人間はいなくなるのだから。

 カーマインに指示を飛ばす俺を倒すという方法もあるが、それではいずれパリィされて、カーマインに会心の一撃を入れられてしまう。

 だから奴はカーマインを狙っているのだろう。

 だが、その程度のこと想定済みだ。

 モーフィアスは俺の動きを見てもいない。

 つまり何をしても気づけない。


「左ローリング! 左避け! しゃがめ!」


 俺は指示を出しつつ、姿勢を低くし、純白刀を鞘に納めた。

 全身に力を込めて、集中する。

 灰化の斬撃には特殊な効果がある。

 力を溜めれば溜めるほど威力が増すのだ。

 チャージ可能な時間は最大十秒ほど。

 戦闘中にはそんな悠長にしている時間はない――普通ならば。

 ボスであるモーフィアスは俺を無視している。

 これは好機だ。

 俺はカーマインに指示を飛ばしつつ、集中した。

 全身に力が漲ると同時に、精神が妙に研ぎ澄まされる。

 限界を感じた瞬間、俺は叫んだ。


「ローリング!」


 跳ねるようにその場から飛び退くカーマイン。

 同時にモーフィアスは大ぶりな攻撃をし、大きな隙を晒した。

 瞬間、俺は純白刀を抜刀する。

 美しい純白の刀身が現れると同時に、巨大な灰の斬撃が生まれる。

 通常の三倍。

 3、4メートルほどの巨大な斬撃がモーフィアスへと迫った。

 カーマインはローリングすると共に斬撃に巻き込まれない範囲へ離脱。

 同時にモーフィアスが異常に気付き、振り返った。

 奴の瞳には大量の灰の斬撃が映し出されただろう。


「グギャアアア!」


 モーフィアスの巨躯を覆う灰の波。

 モーフィアスの腕は吹き飛び、斧は奴の後方へと吹き飛ばされた。

 そして奴は体勢を崩す。


「ダッシュ! 会心の一撃!」


 俺の指示でカーマインが駆ける。

 モーフィアスは動けない。

 カーマインはモーフィアスの剣で胸を貫く。


「グガアアアアア!」

「ぬぐぐぅ!」


 剣を引き抜くカーマイン。

 だがまだモーフィアスは動けない。

 俺の灰化の斬撃がよほどの威力だったのだろうか。

 しかし俺の攻撃は回復されてしまう。

 奴の腕は徐々に生えていっていた。

 だがダメージは大きかったのか、治癒速度は遅い。

 いける!


「もう一度だ!」

「うわああああ!」


 カーマインが叫ぶと同時に会心の一撃をお見舞いする。

 抜く。

 刺す。

 抜く。

 刺す。

 抜く。

 刺す。


「うぐ……おぉ……!」


 モーフィアスは満身創痍だった。

 カーマインによる致命の攻撃を受け、体力は大幅に削られていることは明白だった。

 恐らくはあと一撃で倒せる。

 俺は確信した。勝利が目前にあると。

 これは勝てる、そう思ってしまった。

 馬鹿だった。

 間違っていた。

 ゲームでもあと一撃で倒せるという時に、気を抜いてはいけないと知っていたはずなのに。

 勝ち、という言葉が脳裏をよぎってしまった。

 このまま倒してしまえと考え、思考停止してしまっていた。

 いや、半ば倒せてくれと祈っていたのかもしれない。

 だがそれがいけなかった。

 モーフィアスの腕が完全に治っていることに気づかなかったのだ。


「もういち――」


 俺が言い放つ前にモーフィアスが斧を振るった。

 俺は無意識の内に駆け出していた。

 カーマインに指示を出す前に足は動いていた。

 指示を出す時間はない。

 モーフィアスとの距離は数メートルほど。

 不幸中の幸い、カーマインが攻撃している間、俺は意識せずにモーフィアスに近づいていた。

 もしかしたら俺の本能が、この状況を予測していたのかもしれない。

 だが俺自身はそれに気付けなかった。

 咄嗟に走り出した俺はカーマインを押しのけた。

 斧が眼前に迫る。

 咄嗟に剣でパリィしようとする。

 が。

 モーフィアスの斧が俺の左手を寸断した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る