第39話 主人公たる所以

「は?」


 俺は素っ頓狂な声を出してしまう。

 間違いなく、モーフィアスの巨大な斧が上空へと弾かれている。

 モーフィアスはバランスを崩し、膝をついた。

 俺は唖然としてカーマインに視線を移す。

 剣を振り切ったあとの体勢だった。

 つまり間違いない。

 彼女がパリィしたのだ。

 あり得ない。

 あの状況、あの表情、あのタイミングで、どうしてパリィができた?

 彼女はローリングしていただけだ。

 ローリングを終えた瞬間、モーフィアスの方を見たと思ったら、一瞬でパリィしていた。

 あり得ない。


 彼女にはモーフィアスの動きは見えなかったはずだし、むしろ【ローリングしながらパリィの予備動作をしていた】。

 あの一瞬ですべてを判断し、的確に、即座に剣を振り払ったというのか?

 そんなことが可能なのか?

 もしかして俺はカーマインの実力を見誤っていたのか?


「な、なんでパリィできたの?」


 カーマインが驚きのあまり目を白黒させている。

 自覚がない?

 では彼女の無意識化における天才的な体捌きだったとか?

 いや、それだったら前に俺がパリィして庇う必要はなかったはずだ。

 あの時、確実にカーマインは対応できていなかった。

 俺が助けなければ真っ二つになっていただろう。

 では、なぜパリィができた?

 あの一瞬で流れるように動けたんだ?

 あの時、何が起きた?

 そう思った瞬間、俺の中に小さな疑念と閃きが生まれた。


 ……まさか。

 おいおい、嘘だろ。

 俺は自分の考えに戦々恐々とした。

 ここは現実でありながら、カオスソードのゲーム世界。

 つまり、俺にとっての現実と虚構の狭間でもある。

 ゆえに、そんなことが可能だったっていうのか?

 俺とカーマインは動揺のあまり狼狽していた。

 そのせいで、モーフィアスが体勢を整えていたことに気づかない。

 先にモーフィアスが斧を振るったことに気づいたのは俺だった。

 カーマインはまだ気づいていない。


 まずい!

 今度こそ死ぬぞ!

 カーマインはようやく顔を上げるも、明らかに対処できる状況じゃない。

 斧がカーマインの眼前に迫る前。

 脳裏に先ほどの考えがちらつく。

 そして半ば、反射的に叫んだ。


「ローリング!」


 カーマインは俺の言葉を聞いた瞬間。

 いや、違う。

 【俺が言葉を発し終えた瞬間】に、ローリングした。

 あり得ない速度だった。

 声を聞き、咄嗟に動いたにしてもあまりに早すぎる反応。

 だがカーマインはそれを成し遂げた。

 ローリングにより、斧はカーマインの身体をすり抜ける。

 カーマインはローリングし終えると、はっとした顔を見せた。


「ま、また身体が勝手に!?」


 戸惑っている。

 自分の手を見下ろしながら、疑問符を浮かべていた。

 何が起こっているのか、俺だけが理解している。

 これは【音声入力】だ。

 俺の声を認識し、カーマインが動いている。

 つまり俺の声でカーマインを操作しているということ。

 声で反応するゲームというものはいくつも存在する。

 それを現実でやることになるとは。

 恐らくカーマインは主人公であり、人格があるが、操作キャラでもあるのではないか?

 そしてプレイヤーである俺が転生したため、操作キャラであるカーマインを【音声入力】で操作できたのではないか?

 そうでなければあの反応は異常だ。

 おいおいおいおい、マジかよ。

 俺自身がゲームの世界にいるのに、主人公を操作することもできるって。

 いや、これは【できる】んじゃない、【やれ】と言われているようだ。

 カーマインは俺が操作しなければ死んでいた。

 つまり、俺がいる前提で彼女は存在しているのではないか?

 俺自身が戦い、動き、この世界で生きながら、そして主人公であるカーマインも操作し、導き、助けなければならないってことか?

 そんなの手と足で二つのパッドを操作して、2PCを動かすようなものだ。

 主人公は半分NPCだというおまけつき。

 しかも死にゲーでだ。

 こんなの難易度が高すぎる。

 制作陣は頭がおかしい。

 最高じゃないか!!

 攻略情報が新たに追加された。

 カーマインを音声入力で操作し、奴を倒すんだ!


   ●〇●〇


「バックステップ、右避け、しゃがめ、ローリング!」


 俺はカーマインに指示を飛ばしつつ、モーフィアスの猛攻をすべて回避していた。

 常にカーマインの位置を確認し、相手の動きを見てから自分も動きつつ、カーマインに指示を出す。

 これを咄嗟にやる必要がある。

 モーフィアスは序盤の最難関と呼ばれるボスで、めちゃくちゃ強い。

 動きも緩急があり避けにくい。

 しかも当たれば致命傷か即死。

 そんな相手に対して俺は高度なテクニックを要求されている。


 楽しい。

 最高に楽しい!

 半ば一撃死モードで、ありながらこちらの武器は少ない状態。

 それが楽しくて仕方がなかった。


 俺は笑った。

 口角が自然に上がった。

 徐々に削られるスタミナ。

 死がすぐそこに迫る緊張感。

 俺はそれらすべてを享受した。


「な、何が起こってるの!?」

「落ち着け! 俺の指示を聞けばいいだけだ! 君は俺に身を委ねてくれ!」

「み、身を!? う、うー! ……わ、わかった!」


 俺はモーフィアスと直接対峙し、カーマインは俺の後ろでモーフィアスの攻撃を避けることに徹している。

 俺の攻撃はすぐに再生されてしまっており、モーフィアスの身体に傷一つない。

 この状態が続けば俺たちはやられる。

 だが俺もカーマインも状況に慣れてきた。

 やるしかない。


「前に出ろ!」


 カーマインが前に出ると共に俺は後ろへ下がった。

 前衛後衛が入れ替わる。

 こうすれば俺は高みの見物ができるようになる。

 カーマインを上手く操ればモーフィアスを倒すことはできるだろう。

 そう思っていたのだが。


「しゃがめ! バックステップ!」

「うっ! くっ!」


 カーマインの動きが思った以上に緩慢だった。

 俺が指示を出し、即座に動き始めるも、俺の理想には程遠い俊敏さだったのだ。

 反応は早い。しかし動作の動き自体が遅いのだ。

 装備が重すぎて、ローリングが遅い現象に近い。

 一つ一つの動作の遅さを考えると、相手に攻撃を加える隙がほとんどない。

 いや、唯一可能なモーションはある。

 そこを狙えば。

 と、思った瞬間、モーフィアスが大きく斧を振りかぶった。

 チャンスだ!


「袈裟斬り!」


 俺の指示を受け、カーマインは剣を斜めに振り下ろす。

 あまりに稚拙で遅い動きだが、大きな隙を晒したモーフィアスは防御することができない。

 ザシュッとモーフィアスの足に剣が裂傷を生み出す。

 浅い。だが確実に入った!

 その瞬間、モーフィアスが斧を僅かに後ろに動かした。予備動作だ。


「ローリング!」


 カーマインは俺の指示に従い、即座にローリングした。

 その瞬間、モーフィアスは斧を一気に振り下ろす。

 ローリング中のカーマインに直撃するも、無敵状態のためダメージはなかった。

 ぐるりと回り、態勢を整えたカーマインは肩で息をしている。

 スタミナが結構持っていかれたらしい。

 命のやり取りをしているのだ。

 例え俺の指示で身体が動いているとしても、肉体を動かしているのはカーマインなのだから当然だ。

 彼女の体力は大幅に失われているのだろう。


「……ぬ?」


 モーフィアスが自分の足を見下ろした。

 そこには【治らない傷が残っている】。


「何ゆえ……治らぬ? 穢れの浄化により我が身は不死となる。この程度の浅傷(あさで)がなぜ……まさか、貴様……選択者か!?」


 モーフィアスが突如声を張り上げ、目を大きく見開いた。

 驚愕と共に憎悪をほとばしらせる。

 当然だ。

 無敵とも思える災厄の魔物が持つ唯一の弱点。

 それがカーマイン、選択者の存在だからだ。

 世界が選びし者であり、選べし者。

 因果の歪みをもたらす者。

 彼女だけが災厄を倒すことができる。


「ゆえにこの場への顕現。この戦いは必然であったと。ぬかったわ。殺すべきは貴様であったか!」

「え? な、なんのこと?」

「謀るか! ならば死ね!」


 ぐぐぐっと斧を大きく後ろに持っていくモーフィアス。

 完全な臨戦態勢だった。

 カーマインはこの時点で自分の運命も、自分が何者かも知らない。

 狼狽えて当然だが、彼女にはモーフィアスを倒してもらわなくては困る。

 俺には倒せない。ただのクソモブである俺には。

 カーマインがつけた傷は一向に治る気配がない。

 ゲームと同じ仕様であることは俺にとって大きな収穫だった。

 だが状況は最悪だった。

 カーマインは明らかに疲弊している。

 彼女は新人冒険者で実戦経験も乏しく、身体を見ても鍛え足りていない。

 体力もなく、筋力もなく、覚悟もない。

 そんな状態でこんな戦いをすれば、長くは持たないことは明白だった。

 彼女が今ここに立てている理由はただ一つ。

 勇気。それだけだ。


 高みの見物をしつつ、音声入力でカーマインを操作すればいいと高を括っていたが。

 どうやらそれは難しいようだ。

 この戦い、長引けばこちらが負ける。

 それにただ攻撃をしても大したダメージは与えられない。

 モーフィアスを倒す前に、カーマインが限界を迎えるだろう。

 カーマインはこの時点で技巧も魔術も持たない。

 彼女が持つ最大の攻撃は会心の一撃だ。

 つまりモーフィアスの攻撃をパリィして、バランスを崩させないといけない。

 カーマインにパリィをさせるのはリスクが高すぎる。

 彼女が死ねば人類は滅ぶ。

 当然、この村も、俺も、ロゼもエミリアさんも、オリヴィアさんも、村人も、世界中の人たちも、全員が殺されるだろう。

 そんな未来は認められない。

 カーマインを危険に晒すのは最後の手段だ。

 だったら手段は一つ。

 俺とカーマインで再び協力するしかない!


「横移動!」


 俺の指示が飛ぶと、カーマインが跳ねるように横へ移動した。

 同時に俺は前に走り出す。

 最初の陣形は俺が前で、カーマインが後ろだった。

 だが今度は隣り合って位置している。

 この立ち位置、我ながらかなり危険だ。

 モーフィアスの攻撃をほぼ同時に受けるが、俺とカーマインで攻撃を受ける時間が僅かにズレる。

 左からの攻撃であれば、俺の左にいるカーマインが最初に攻撃を受け、次に俺が攻撃を受ける形になる。

 つまり同時にローリングすれば、避けるタイミングが合わずに俺が攻撃を食らってしまう。

 逆のパターンならカーマインが攻撃を食らってしまうというわけだ。

 その微妙なズレを咄嗟に把握し、カーマインに指示を出し、自分も動くのだ。

 難易度が高いってレベルじゃない。

 こんなのは神業だ。

 だがやるしかない。

 他に手がない。

 そして考える時間は、斧を振りかぶるモーフィアスによって0にされた。

 ぶるっと身体震えた。

 俺は再び笑っていた。

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