第38話 ゲームオーバー

 モーフィアス戦は、最高なチュートリアルだ。

 崩れ森では、カオスソードというゲームを紹介するような内容になっている。

 こういう魔物がいて、動きはこうで、どうすれば倒せるか、自分がどういう動きができるか、攻撃力はどの程度か、複数を相手にすれば不利になり、敵の動きをよく見れば避けられる。

 そんな基本的なことを学ぶのが崩れ森だ。

 だが、モーフィアス戦はその先にある、カオスソードの根幹にあるものが見られる。

 死にゲーの所以がそこにあるのだ。

 巨体に似合わないアクロバティックな動きをしながら、モーフィアスは巨大な戦斧を振るった。

 触れるだけで死ぬ一撃。

 それを眼前に迎え、即座にローリングする。

 現実であれば俺の身体は寸断されていただろうが、ここはカオスソードの世界。

 ローリングは僅かな無敵時間を俺に与えてくれる。

 その恩恵により、斧は俺の身体をすり抜けた。

 僅か数フレームの交錯。

 俺は【斧に当たりながら受身を取った】。

 ローリングの無敵中は何に触れてもダメージを食らわない。

 その性質を理解しなければ、モーフィアスには勝てないだろう。


 通り過ぎた斧を風で感じつつ、俺は純白刀を振るった。

 モーフィアスの腹部に刀が刺さる。

 だが傷は浅い。

 恐らくHPの百分の一も減っていないだろう。

 モーフィアスはガチっと歯を強く噛む。

 それは怒りか、あるいは力を込めるための所作か。

 モーフィアスは先程の一撃を止めず、慣性を利用しながら横にぐるりと回転した。

 ジャイアントスイングを思わせる動きだ。

 二周目の攻撃が俺へと迫る。

 俺は再びローリング。

 だが、それだけでは終わらない。

 モーフィアスはバレリーナのように回転しつつ、斧を振り回した。

 多くの初心者を排除してきた回転攻撃。

 こちらの攻撃はできず、一方的にやられる滅茶苦茶な技だ。

 俺は斧を何度も何度もローリングで躱す。

 それが六回まで行くと、ようやくモーフィアスの動きが止まった。

 モーフィアスはバランスを崩し、目を回しながら地面に倒れる。

 これこそが好機。

 俺は即座に近づき、奴のどてっ腹に左右の剣と刀を突き刺した。

 圧倒的な手ごたえ。

 会心の一撃だ。


「ウグォォ!」


 モーフィアスが痛みに叫ぶ中、俺は更に一歩踏み出し、深く武器を刺す。

 瞬間、一気に引き抜くと後ろにローリングした。

 俺がいた場所はモーフィアスの右手が通り過ぎる。

 いわゆる投げ技だ。

 あれに掴まれれば即死である。

 当然、奴のモーションは知っていたが、一つのミスが文字通り命取りになるスリルが常に俺を支配していた。

 鳥肌が止まらない。

 たった数十秒の間に、何度も即死攻撃をされている。

 一度でも受けていたら俺は死んでいた。

 そもそも俺はモブ。

 どれほど強くなっても主人公や強キャラとは違う。

 ただの一般市民なのだ。

 カーマインなら何度か耐える攻撃でも、俺なら恐らく即死だ。

 すべて避けなければならない。

 おいおい、ゲームよりも難易度が上がってるじゃないか。


 でも、それでいい。

 それがいい。

 それが楽しい!!

 ゾクゾクする感覚に身を委ね、俺はニィと笑った。

 ああ、楽しい。この感覚。たまらない。


「もっと、もっとやろう」


 モーフィアスの攻撃が迫る中、俺は前に突き進む。

 この攻撃は【パリィできる攻撃】だ。

 敵の攻撃をすべてパリィすることはできない。

 中には盾のみ、剣のみ、刀のみしかパリィできないものもあるし、さっきやったダブルパリィだけできる攻撃もある。

 当然、まったくパリィができない敵もいるわけだ。

 モーフィアスの攻撃はそれなりにパリィができる。

 だがその恩恵を今はあまり感じない。

 というのも、パリィは敵のバランスを崩し、会心の一撃を与えるか、距離を取って態勢を立て直すかのどちらかになる。

 そして災厄の魔物には、俺の攻撃は大して効果がない。

 さっきの会心の一撃も徐々に再生しているほどだ。


 災厄の魔物を倒すにはカーマインの力が必要。

 カーマインは選択者である、王の器を持つ者。

 彼女の力があれば、災厄の魔物の傷が癒えないという選択をすることができる。

 因果を変えられるのは彼女だけだ。

 つまり、俺だけじゃ絶対に勝てないということだ。

 まあ、もしかしたら勝てるかもと思って攻撃してみたんだが、やはり無理だったようだ。

 敵の攻撃が額に触れる寸前、俺は前にローリングした。

 パリィするにはリターンが少ない。

 今はまだやるべきではないだろう。

 俺は復習を兼ねて、モーフィアスの動きを観察した。

 振り下ろし、振り上げ、薙ぎ払い、突き、右手の掴み、飛び込み攻撃、その場で跳躍攻撃、咆哮による周囲ダメージ、そして回転攻撃。

 これに加え、いくつか緩急がある攻撃手段もある。

 いわゆるフェイントである。

 これらがモーフィアスの基本的な動きだ。

 すべての攻撃を確認した俺は、確信した。

 やはり崩れ森の魔物たちと同じで、モーフィアスも俺の知っているモーションしかしない。

 つまり、俺のゲーム知識は存分に活用できるということだ。


 だが、俺の動きまではそうはいかない。

 僅かな遅れ、逸りが致命的だ。

 常に集中だ。

 気を逸らさず、相手の攻撃を凝視し、己を信じる。

 集中、集中、集中!


「もう覚えた! ボクも参加するよ!」


 集中……が途切れた、だと!?

 俺の横に現れたカーマインの存在が、俺の意識を奪った。

 彼女はあまりにも不用意に戦場に足を踏み入れてしまう。

 モーフィアスの振り下ろし攻撃が間もなくやってくる。

 その瞬間。


「今だ!」


 と言いつつカーマインが横にローリングした。

 しかし、モーフィアスの振り下ろし攻撃はまだやってこない。

 これはディレイ攻撃のパターンだ。

 初心者が良くやる「あ、動いた! ローリングだ!」で、早めに動いてしまい、遅れてやってきた攻撃に当たるあれである。

 完全に初心者の動きだ。

 カーマインがローリングし終わる前に、モーフィアスの振り下ろし攻撃が始まる。

 最悪なタイミングである。

 カーマインは避けられない。

 もうすぐカーマインのローリングが終わる。

 確実に直撃する。

 もうローリングは間に合わない。

 俺の位置も、カーマインから遠すぎて守ることはできない。

 瞬間的にあらゆる思考が脳内を駆け巡る。

 複雑な感情が絡み合う中、俺はなぜか叫んだ。


「パリィ!」」


 間に合うはずがない。

 声が届いて反応して、咄嗟にパリィしても間に合うわけがなかった。

 だが他にできることはなかった。

 もうおしまいた。

 カーマインが死ねば、災厄の魔物を倒す手段はなくなる。

 そしてこの世界を救う人間もいなくなる。

 ゲームオーバーだ。

 そう思った。

 思ったのだが。

 斧が上空に弾かれていた。

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