第37話 攻略ってものを見せてやる

 モーフィアスの攻撃は多彩でありながら、緩急があり避けにくい。

 その上、一撃喰らえば瀕死という厄介なボスだ。

 つまり、すべての攻撃を避けることが前提だということ。

 円を描くような軌道で、横から斧が迫る。

 予備動作を見た瞬間に俺はしゃがんでいた。

 が。

 隣のカーマインは斧を見ながらも、動けていない。

 何をしてるんだ、こいつ!

 口で言っても間に合わない。

 俺は咄嗟にカーマインの腕をグイっと引っ張り、強引に姿勢を低くさせた。


「あぎゃっ!」


 カーマインはバランスを崩して、地面に顎を強かに打ち付けてしまう。

 次の瞬間、俺たちのすぐ上を轟音が通り過ぎる。

 間一髪。

 当たっていたら死んでいた。

 こ、ここ、こいつ!

 まさか、おっちょこちょいな性格か!?

 ゲームの中では俺がカーマインを操っていたため、低レベルでも頼りがいのある存在だと思っていた。

 だが考えれば、初心者が操作すればすぐに死ぬような最弱キャラでもあるのだ。

 いや、そもそもだ。

 チュートリアルの崩れ森の主も俺が倒してしまったし、シース村襲撃イベントの序盤、雑魚の魔物たちも村人たちが倒してしまった。

 つまり、俺がカーマインの成長の機会をすべて奪ってしまったということだ。

 そりゃ、カーマインも何もできないだろう。


 嫌な閃きが脳裏をよぎった。

 もしかして、初めてカオスソードを遊ぶプレイヤーが、この世界のカーマインを操作しているみたいな状態なんじゃないだろうか。

 つまり、このカーマインは初心者どころか初見プレイヤー。

 しかも初戦から序盤の最難関であるモーフィアスと戦っているわけで。

 なぜ俺はこんなことにも気づけなかったんだ!

 自分たちのことばかり考えて、肝心な主人公であるカーマインのことがぽっかり頭から抜けていた。

 俺が操作する、初期レベルでラスボスを倒せるような最強の主人公を思い描いていたのだ。

 ちょっと考えればそんなことはないとわかっていたはずなのに!


 ヤバい。マジでヤバい。

 この状況は想定外だ。

 だが、考える時間はない。

 俺は即座に起き上がるも、カーマインは痛みに顎を抑えている。

 ふらふらとしながらなんとか態勢を整えようとしているが、上手くいっていない。

 軽い脳震盪が起きているようだ。

 恐らく回復に数秒はかかるだろう。

 だが、モーフィアスは回復を待ってはくれない。

 斧の勢いを殺さず、再び横薙ぎの攻撃を放つ。

 今度はやや斜め上の軌道で、非常に避けにくい。

 しゃがんでも、飛んでも避けるのは難しい。

 無敵時間のあるローリングしかない。

 カーマインもギリギリ対応できるはず。

 咄嗟にローリングをしようとするも、ふと横目でカーマインを見て考えてしまう。

 こいつ、ローリングできるのか?

 ゲームでは最初からローリングも、パリィも、受け流しもできた。

 だがこの現実の世界で、カーマインはそれらを習得しているのだろうか。

 事前に確認しておくべきだった。

 くそ! 今になって思い出すなんて!

 カーマインが登場すること自体がイレギュラーだったから、質問することを失念していた。


 どうする?

 一か八か二人でローリングするか?

 それとも何とかしてモーフィアスの攻撃をやり過ごすか。

 前者は失敗すればカーマインが死ぬ。

 後者は失敗すれば二人とも死ぬ。

 俺は死にたくない。死ぬわけにはいかない!

 選べ。この数瞬で完璧な選択肢を掴みとれ!

 俺は閃きにも似た思考に身を委ね、そして半ば無意識にカーマインの腕を再び引っ張ると同時に、カーマインの前に出た。


 やるしかない!

 俺に残された猶予は一呼吸。

 たったそれだけ。

 だがたったそれだけで巨大な戦斧が迫る中、心の水面には波紋一つなくなった。

 ゲーマーは冷静さを欠けば必ず失敗する。

 だから何度も何度もプレイして慣れさせ、そして感情を律することができるようになる。

 緊張は筋肉を硬直させ、プレイの妨げとなる。

 考えるな。

 俺がやるべきは見ること、そして。

 集中することだ。


 見る。見る。見る。見る。

 迫る轟音さえ意識の外に放り出し、俺は視覚にすべての感覚を注ぎ込んだ。

 すべては遅く感じ、斧の動きが緩慢に見える。

 俺は長剣を左手に、純白刀を右手に持っている。

 戦斧が眼前へと迫る中、そっと両手を突き出した。

 転瞬。

 けたたましい金属音が響き渡る。

 全身に伝わる痺れを歯噛みして耐える中、視界を巨大な斧が満たす。

 俺は冷静にそれを見ていた。

 斧は俺に迫ることなく徐々に離れ、そして勢いよく弾かれた。


 両手武器による【ダブルパリィ】。


 ボス敵が扱うような巨大な武器を弾くには、片手武器では不可能。

 当然、盾でのパリィも無理だ。

 だが両手武器で行うダブルパリィならば話は別だ。

 両の手に込められた膂力により、どれほど巨大な武器でも弾くことが可能なのだ。

 だがパリィよりも猶予フレームは短く、なんと1フレームしかない。

 つまりビタ押しが必要なわけだ。

 かなりの高等テクニックであり、一度の失敗で死ぬ可能性があるカオスソードで、敢えて使う人間はやり込み勢くらいだ。

 もちろん俺もやり込み勢であり、RTA勢であり、カオスソードファンであるので使用可能。

 だが失敗イコール死であるこの状況でやるつもりはなかった。

 成功を収めたと理解した瞬間、全身にぶわっと汗が滲む。

 手が震えてしまうが、片手で強引に抑え込んだ。

 さすがにハイリスクローリターンすぎる。

 もう二度とやりたくないな。

 モーフィアスはバランスを崩し、膝をついていた。

 この瞬間、会心の一撃を入れることができる。

 だが俺はカーマインの腕を引き、距離を取った。

 あいつにダメージを入れるよりも、カーマインの安全を優先したのだ。


「……あ、あの攻撃を弾くなんて、君は一体……」


 先ほどの大きな成功を無視して、俺はカーマインと向き合った。


「君、ローリングやパリィはできるのか!?」

「え? う、うん。できるけど」


 いやできるんかい!

 だったら一緒にローリングすればよかったじゃないか!

 なんで最初に聞いておかないんだよ俺!

 ってか、こいつも最初に教えてくれよ!

 ああああああ、もおおおおお!

 計画通りにいかないとイライラするううううぅ!!

 なんで大事なところで抜けてるんだ、俺はっ!!

 とか思うも、すぐにその考えは払しょくした。

 余計なことを考えるとプレイに支障が出るからだ。

 ふー、落ち着け俺。


「あいつの攻撃は多彩で避けづらい。基本的に俺が前に出るから、君は後方から俺や敵の動きを見て覚えてくれ。最初は攻撃しなくていい。わかったな?」

「で、でもそれじゃ君が危険」


 心配そうにしているカーマインだが、俺はセリフを遮るように彼女の肩を掴んだ。

 驚いたように大きな目をさらに大きく見開くカーマイン。


「さっきの動き見たろ! 俺は大丈夫! むしろ君が心配なんだよ!」

「……え? ボ、ボクが?」

「そうだ! だが君の力が必要でもある! だから俺に任せてくれ! 必ず君を守る!」


 狼狽していたカーマインが、俺をじっと見つめる。

 そして、なぜかぷるぷると震えて、表情をふにゃっと崩した。

 顔がほんのり赤くなって、そして一気に紅潮する。

 彼女の目が忙しなく動き始めてしまい、俺は戸惑った。

 なんだ? この顔、どういう反応だ?

 ええい、もうよくわからんが、時間がないっての!


「とにかく俺の後ろにいてくれ!」

「わ、わかった。で、でもボクも戦えるから」

「もちろんだ! 相手の動きに慣れたら俺を助けてくれ。頼りにしてるぞ」


 正直、カーマイン自体は弱そうだが、カーマインの力は必要不可欠だ。

 彼女の攻撃でなければ【災厄の魔物は倒せない】のだ。

 俺がいくらモーフィアスを攻撃しても、奴の傷は再生するし、致命傷を与えられない。

 だがカーマインなら災厄の魔物を倒せる。

 簡単に言えば、彼女は勇者だ。

 そして俺はただのモブ。

 だからそれぞれの役割を担わなければならない。

 でも、ただのモブでも、何もせずにやられるつもりはない。

 主人公に大役は譲るけど、モブでもボスと戦うこともできる。

 そのために鍛えに鍛えてきたんだ。

 素質も才能もある人間ではないただのモブでも、準備すれば戦えると俺は信じている。

 モーフィアスは態勢を整えていた。

 思った以上に隙が大きかった。

 もしかしたら自分の攻撃を弾き返されるとは思ってもみなかったのかもしれない。

 表面上は冷静に見えるが、あいつも動揺しているのか?


 まあ、いい。

 例えそうでもやることは同じ。

 村人たちは、魔物たちと攻防を繰り広げている。

 だが魔物たちは徐々に前へ前へと進行している。

 俺たちに残された時間はあまりないだろう。

 魔物の大軍は崩れ森から次々に現れているのだ。

 ぐずぐずしていると、敵の軍勢に押しつぶされるだろう。

 モーフィアスを倒さなければ、この戦いに終止符を打つことはできない。

 カオスソードでも時間制限はあった。

 その時間は二十分。

 すでに五分は経過している。

 残り十五分で、あいつを倒さなければならないのだ。

 やるしかない。


「行くぞ!」


 俺は左右の手に武器を構え、地を蹴った。

 俺のモーフィアス攻略を見せてやる!

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