第35話 オープニング
●ムービー。
暗転。
「イシュヴァ」
老婆のしゃがれた声が暗闇に響く。
ある村が映し出される。
牧歌的で幸せそうな風景。
若い夫婦とその子供が農作業をしている様子。
「それは世界の名前。神々が作りし、生物の水面。安寧続きし世界。じゃが」
空は黒に染まり、やがて空から生まれし、巨大な足。
漆黒であり、異形であり、禍々しい足が森に落ちた。
異常に気づくは、一人の冒険者。
鎧を纏いし、屈強な戦士。
次の瞬間、大量の魔物が村を襲撃する。
「災厄は訪れた」
老婆のしゃがれた声と共に魔物たちは次々に村人たちを殺した。
冒険者は一人魔物に戦いを挑む。
だが冒険者は若かった。
何十の魔物を倒せど、魔物は次々現れる。
傷だらけになりながら、必死に村人を守っていた。
だが一人、二人と村人は殺されていく。
「抗う者あり。されどその力は脆弱じゃった」
冒険者が戦う中、村の女が震えて涙を流す。
己の罪悪感に苛まれ、座り込み、その女の背後から魔物が迫った。
女は魔物に殺された。
誰に贖罪することもできず、己の子を抱くこともできず、無残に殺された。
戦い続け、倒し続ける冒険者の前に、人型の魔物が現れた。
体中に植物を巻き付けた人型。
あるいは、それは植物と融合しているかのようにも見えた。
巨躯の人型の魔物。
モーフィアス。
「抗う者、担う者、散る者。断罪の時は来たれり」
手には巨大な斧を持ち、僅かな慈悲もない一撃が冒険者を襲った。
●戦闘。
主人公の攻撃は一撃で、モーフィアス二百分の一程度しか減らない。
致命傷を受ければ暗転。
あるいは半分減らした時点で暗転。
息も絶え絶えな冒険者。
村人はほとんど殺されていた。
モーフィアスが暴れ回る中、一人の少女が冒険者の手を取った。
ロゼ。
彼女は魔物たちの隙を突き、冒険者と共に村を出た。
逃げる最中、魔物たちが迫っていることに気づく。
このまま落ち延びればあるいは。
ロゼの背や足に矢が突き刺さる。
ロゼは倒れ、冒険者は彼女を抱えようとした。
だがロゼは冒険者を突き飛ばし。
最後に笑顔を見せた瞬間、無数の矢が彼女を突き刺した。
「抗うも、担うも、散るもなく、選択した」
冒険者は魔物たちに背を向け逃げ出した。
無数の矢や魔術が冒険者を襲う。
背や腕、足に当たるも、冒険者は走り続けた。
纏う鎧をすべて剥ぎ、走ることだけに注力した。
冒険者の悲痛な顔が姿を現す。
目に宿る火は、復讐の心を照らす。
「ただ残るは修羅の片鱗、そして、災厄を祓う者の宿命のみ」
暗転。
「……選択者よ。世界を滅ぼすも、生かすも、操るも、そなたの選択次第。災厄はそなたを待っておるよ」
祈祷する老婆。
視線の先には玉座。
そこに座るは屍の王であった。
●〇●〇
暗転。
目を開ける。
広がる風景は、カオスソードで見た【ムービー画面】だった。
崩れ森から溢れる穢れた魔物たちに、村人たちが蹂躙されるシーンだ。
その場面では主人公は勝手に動き、操作することはできない。
だが、ここは現実。
元々はムービーシーンだろうが、俺は動ける。
ロゼも、エミリアさんも、バイトマスターも、村人も、そして俺という人間も殺させはしない!
「いけない!」
防壁から村の外へ飛び降りたのはカーマインだった。
ムービーと同じだ。
主人公は村が襲われると気づき、即座に村の外へ出て魔物たちを迎撃する。
だが、多勢に無勢で守り切ることはできず、みんな死んでいくのだ。
「ボクが食い止める! みんなは下がっていて!」
主人公らしくカーマインは勇猛果敢に剣を手にする。
俺はその背を見て、妙な感慨を抱いた。
おお! これが主人公に守られるモブの気持ちかと。
カオスソードのムービーシーンに自分が入っていると考えると、身体が震えた。
なにこれ、めちゃくちゃワクワクするんだけど。
この五年間でカオスソードの世界を十二分に堪能した俺だったが、しかし所詮は初期村での出来事。
その上、過去編だからゲームで遊んだ部分は体験できなかった。
だから実際にプレイしていた部分を体験できるとめちゃくちゃ嬉しい。
ワクワクする。
ゲーマーだったらそう思ってもしょうがないのだ。
迫る大量の魔物を前に、俺はそんな場違いなことを考えてしまう。
「来い! ボクが相手だ! うおおおお!」
カーマインが勇敢にも魔物の大軍に特攻する。
あまりに無謀。
だが俺がプレイヤーだったとしてもそうするだろう。
主人公であり、プレイヤーであるカーマインは無謀なのだ。
ゲームではムービーだったので、主人公は死なない。
だが、ここでは?
現実では死ぬんじゃないか?
だったら傍観しているわけにはいかない。
俺は無意識の内に、手に弓を持っていた。
即座に矢を番え、放つ。
ピュゥと風を切り裂く音が聞こえた。
次の瞬間、村外にいる魔物が一体倒れた。
魔物の頭部には矢が刺さっている。
「怯むな! 俺たちはこんな時のために鍛えていたんだ! 戦え!」
俺の号令に村人たちが一斉に応えた。
「そ、そうだ! リッドの言う通りだ! 俺たちは強い! 俺たちは強い!」
「魔物なんて全員ぶっ殺せ!」
「やるぞやるぞやったるぞぉ!」
殺気のこもった気勢を発す、村人。
なんと頼もしい仲間たちだろうか。
なんか辺鄙な村人にしてはバーサーカー気質すぎるようにも思うけども。
「村に入れさせないんだから!」
「リッドの指示に従えば大丈夫よね!」
「仕方ないね……やろうか」
ロゼもエミリアさんも、ロゼのお父さんもやる気のようだった。
全員が弓を手に、魔物たちを攻撃し始めた。
次々に霊気兵たちが倒れていく。
黒い靄を漂わせている霊気兵は、穢れた状態であり、通常の霊気兵よりも強く、攻撃的だ。
だがそれでも何度か攻撃すれば倒せる。
村人たちの容赦ない攻撃に魔物たちは為すすべなく倒れていった。
防壁のおかげで進行を食い止められているのが大きい。
というかこの時を考えて、事前に準備していたから対応できて当たり前だ。
矢や武器も大量にあるから、足りなくなることもない。
「え? え? え!? な、なな、なんで村の人がこんなに強いの!?」
カーマインは明らかに戸惑っている。
彼女がいる場所まで魔物は到達できない。
そのせいでカーマインはおろおろしながら立ち尽くしことしかできない。
つまり棒立ちだ。
どうだ! 俺たちの訓練の成果は!
これがモブの力だっっ!!
俺は矢を放ちつつ、小鼻を膨らませた。
「やれやれやれぇ! ぶっ殺せぇ!」
「魔物は許すな! 一体も逃げすな!」
「ひゃーーはっははは! 死ね死ね死ねぇ!」
ゲームでは蹂躙され、一方的に殺されていた村人たちが世紀末戦士のごとき表情で魔物たちを一掃していく。
快感だ。
理不尽な攻撃に対して、完璧に対応できたという事実が気持ちよかった。
だが、その時間は長く続かない。
「ま、魔物が!?」
カーマインが動揺したのは仕方のないことだった。
崩れ森はシース村のほぼ正面に位置しており、入り口となる道もまた正面に存在している。
だが崩れ森自体は横に広がっており、シース村の正門から見て、右方にも森は続いているのだ。
つまり一方向からの進行だけではないということ。
いわゆる挟撃に弱い。
このままだと同時に複数の箇所から攻撃されるだろう。
防壁は崩れ森の正面にある正門、そして真逆にある裏門しか入り口がない。
それ以外だと梯子を使うか、攻城兵器のようなものを使って防壁を破壊するしかない。
だが現時点では魔物側には霊気兵しかおらず、防壁を乗り越える手段はないだろう。
とすれば魔物たちが取れる手段は一つ。
森の端から現れた魔物たちは防壁をぐるっと回り、裏門へと向かおうとしていた。
「まずい!」
カーマインは魔物たちの動向に気づき、即座に裏門へ向かう魔物たちのもとへ走っていく。
が。
次の瞬間、数十の魔物たちは地面に落ちた。
文字通り、スッと姿を消したのだ。
「え? き、消えた!?」
カーマインは動揺しながらも、魔物たちのもとへと駆けていく。
彼女は現場に到着し、そして驚嘆の声を上げた。
「これって落とし穴っ!? なんでこんなところに!?」
俺は遠くにいるから状況は完璧に把握できない。
だがわかる。
魔物たちは穴に落ち、地面に突き刺さっていた木やりに貫かれているだろう。
なぜわかるかって?
「掘っといたからさ!」
俺は自信満々に叫んだ。
二ッと笑う俺とロゼ、エミリアさん。
村外の旅人や御者、村の人間はわざわざ森方面から防壁をぐるっと回ることはしない。
防壁をわざわざ回るのは魔物か村を襲おうとする山賊くらいだ。
ということで入り口のない方面には落とし穴を無数に掘っておいた。
ゲーム内ではこういう場面はなかったんだが、魔物の動きは予想できたからな。
裏門は崩れ森から遠く、辿り着くには時間がかかるし、防壁をぐるっと回ると落とし穴が出迎えてくれる。
必然的に正面からの襲撃をすることになるが、当然ながら弓矢がそれを阻む。
完璧な作戦である。
「な、なんだよこの人たち!? メイリュカの兵士よりも練度高いんじゃ!?」
狼狽するカーマイン。
このゲームの主人公を驚かせたという事実が、妙な高揚感を与えてくれた。
どうだ、と。
見たか、と。
したり顔を見せずにはいられなかったのだ。
「ふふふ、想定通りだな。魔物たちはまったく手が出せない!」
「さすがだね、リッド!」
「ええ、ここまで完璧だとちょっと楽しくなってきちゃうわね」
ロゼとエミリアさんの笑顔が俺に喜びをくれる。
本来ならこのタイミングでエミリアさんは殺されていたはずだ。
だが彼女は無事だ。
そして。
俺たちはあっという間に霊気兵をすべて倒してしまう。
「やったぞ! 倒したぞ!」
村人たちが喜びに叫ぶ中、俺は気を抜かない。
もう大丈夫と言いたいところだったけど、さすがにそうはいかなかったのだ。
地鳴りが響く。
地面が揺れる。
その正体は、あの巨大な災厄の足だった。
指をもぞもぞと動かし、地面を這いずっている。
昆虫のようで気持ちが悪い。
災厄の足は崩れ森を出て、止まった。
瞬間、足が縦に真っ二つに切り裂かれる。
中から溢れた濃厚な黒い霧。
その中から現れたのは5メートルほどの巨大な人型。
俺はあれを知っている。
「……モーフィアス」
災厄の足より出ずる魔物。
最初の災厄の魔物であり、このシース村ステージのボスだ。
「防壁から降りろ!」
俺の指示を聞き、全員が咄嗟に防壁から逃げ出した。
数十メートル離れた場所からモーフィアスは跳躍した。
圧倒的な脚力と体躯を持つ魔物が、圧倒的な跳躍力を生み出す。
上空から落ちてきたモーフィアスは防壁の上に着地。
その衝撃で正門周りの防壁は瓦解した。
少し遅れていたら巻き込まれていただろう。
「ヌオオオオオオオオ!」
巨大な戦斧(せんぷ)を手に、モーフィアスは雄たけびを上げる。
声を皮切りに崩れ森から無数の敵が現れた。
魔霊気兵。
魔術を扱う、霊気兵だった。
さっきまでの勝利ムードは一気に霧散した。
絶望の欠片が村人たちを支配する中、俺は覚悟を決める。
これからが本番のボス戦だ。
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