第34話 役者は揃った

 最後の賭けとばかりに、自分でメイリュカに行って冒険者ギルドに依頼を出そうと考えた。

 だがダメ。

 馬は村の共有財産で貸し出すことはできないと言われた。

 崩れ森の様子がおかしい状態で俺が村を離れることも良しとしないと。

 その上、崩れ森の魔物を村人たちが、そして主を俺が倒したことで村全体にはある種の空気が満たされていた。

 つまり「俺たちは強い! 俺たちだけで村を守るぞ!」という。

 結果、俺は村を出られず、近くで唯一冒険者ギルドがあるメイリュカにも行けず、カーマインを呼べなかった。


 終わった。

 本当に終わったのだ。

 そんなことを考えている内に、時間は過ぎていき。

 やがて二週間が過ぎ、シース村襲撃イベント当日となってしまった。

 魔物が襲撃してきても戦えるようにあらゆる準備はした。

 防壁を作り、魔物用の対策も練り、村人や自分を鍛え、そして全員から信頼されるように好感度を上げた。

 そのおかげか、エミリアさんを脅す魔物は現れなかった。

 そもそもエミリアさんには子供も旦那もいないから、人質を取りようがないのだが。

 他の村人が脅迫される可能性も考え、監視をしていたが結局、魔物らしき存在は現れなかった。

 防壁を作成し、村人を鍛えたおかげだろうか。

 そもそもゲームでは、どんな魔物がエミリアさんを騙したのかという描写はなかったから、実は俺も詳細を知らないんだけどな。

 とにかくエミリアさん問題は解決したということだ。

 だけど肝心の主人公がいないんだよ!

 どうする。マジでどうすんのこの状況。

 主人公のカーマインがいないと、災厄への対策がなくなる。

 他の魔物をどうにかしても災厄の魔物だけはどうにもできない。

 彼はいわば勇者なのだ。

 その勇者がいない状態で魔王に挑むようなもの。


「どうするどうするどうする」


 俺は頭を抱えつつ、ぶつぶつと呟いた。


「最近、リッドの様子がおかしいけど……大丈夫かな?」

「崩れ森の時からよね。プレッシャーがあるのよきっと。リッドはシース村の中心人物だもの。責任感からの不安じゃないかしら。でも彼には力がある。わたしが支えてあげないと」

「あ、あたしも支えるもん!」


 なんてロゼとエミリアさんの会話が聞こえる。

 今、俺は鍛練用の素振りしている最中だった。

 イベント当日だが、ウォームアップは必要だ。

 金属の塊を体中に大量につけているが、いつものことなので問題ない。

 これくらいしないと身体が温まらないからな。

 カーマインが来ないとなると、自分たちでどうにかするしかない。

 こうなったら災厄の魔物とは俺が戦い、勝てないということをみんなに知らせ、時間稼ぎをしつつ、みんなを逃がす。

 そして俺はひたすら敵の攻撃を避けるか、いなし続ければなんとかなるか?

 ……地獄だな、それ。


 確かに敵のモーションを覚えるためにずっとパリィやローリングの練習したことは数え切れないほどあるけど、まさか現実でやることになるとは。

 その時、死んだ回数は数百じゃ足らない。

 それを一度も死なずに、しかも大ボスでやらなければならない。

 チュートリアルの崩れ森の主戦でそれなりのプレイヤーが脱落した。

 だが次の難関はシース村襲撃イベントのボスだ。

 こいつで何度死んだことかわからない。

 さすがに慣れてからはほとんど殺されたことはないが、それでも稀にやられていた。

 それくらい厄介な相手なのだ。

 だがやるしかない。

 俺はシース村を救うと決めたのだ。

 ロゼをエミリアさんを村人を、そして俺自身を殺させはしない。

 トゥルーエンドを目指すため、全員を助けると決めたのだから。

 主人公がいなくともやるしかないのだ。


「あれ? 馬車だ」


 ロゼが素っ頓狂な声を上げた。

 確かに馬車が遠くからやってきていた。

 俺が覚醒してから行商人は何度かシース村を訪れていたが、数か月前に来たばかりだ。

 行商人じゃないとすると一体誰だろうか。

 こんな辺鄙な場所に来る人はそう多くはない。

 気になった俺は、何となくロゼたちと一緒に村へと向かった。

 村の通りで止まっていた馬車に近づく。

 村とメイリュカを繋ぐ、唯一の御者だ。

 たまに村人やメイリュカの人を運んでいるが、行商人よりも姿を見せるのは稀である。

 馬車の扉が開き、誰かが降りてきた。

 外套のフードを被った人物だった。

 その人物はゆっくりと馬車を降り、そして辺りをきょろきょろすると俺たちを見つけ、近づいてきた。


「こんにちは」

「ああ、どうも」

「こ、こんにちは」

「旅人かしら? 珍しいわね」


 俺が頭を下げると、ロゼやエミリアさんも続けて挨拶をした。

 しかしシース村襲撃イベントの当日に村に来るとは、なんと不運な人だろうか。

 俺は内心で同情しつつも、強烈な違和感を抱いていた。

 なんだ、なぜ俺はこんなにもこの人物を気にしている?

 目の前の人物は確実にカーマインではないというのに。

 なぜならカーマインは屈強で、巨躯の男だからだ。

 燃えるような赤い髪で、筋骨隆々で髭面の冒険者なのだ。

 新人の割に、雰囲気がありすぎると俺の中で話題になっていたくらいだ。

 だが目の前にいる人物は小柄だ。

 声質から女性、いや少女であることは明白だった。

 華奢な上に身長は低い。

 ロゼよりも小さいくらいだ。

 ちなみに身長は俺、エミリアさん、ロゼの順に低くなっていく。

 まだ俺は成長すると思うが。

 とにかく目の前の人は、女性だろう。

 カーマインではないことは明白だ。

 だが、なぜ俺はこんなに動揺しているのだろうか。


 なんだ?

 何か、失念しているような気が。

 俺の胸中とは裏腹に、現実は時間を進めていく。

 女性は外套のフードを取った。

 中からは、燃えるような赤い髪がしなやかに微風に揺られる。

 髪はカーマインと一緒。

 だが、顔は似ても似つかない。

 一言でいえばロリだ。

 可愛らしく、華奢で小柄。

 中学生くらいにしか見えない。

 ロゼも童顔だが、それに輪をかけて幼い顔立ちをしている。

 フードを外した拍子に、外套から身体の半分が露出した。

 露出が多い服装だ。

 腰にナイフと剣を一本ずつ携えている。

 それは普通の少女ではなく、戦闘職であることは明白だった。


「自己紹介が遅れました」


 赤髪の少女は可愛らしく笑い、ぺこりと頭を下げた。

 そして言ったのだ。


「ボクは冒険者ギルド、メイリュカ支部に所属している冒険者のカーマインです。魔物の異変調査のために、シース村へ派遣されました」


 …………は?

 は? はあ? はあああああああ!?

 今、なんつった?

 彼女はカーマインと言ったのか?

 いやいやいやいやどう見てもカーマインじゃないでしょ。

 カーマインは男臭い、屈強な男、いや漢なのだ。

 それがなぜこんな可愛らしい女の子になってしまったんだ?

 同姓同名か?

 いや、それにしてはタイミングとか状況とかができすぎだ。

 意味がわからん。

 意味が……あれ?

 なんだ、このずっと感じている違和感。

 カーマインは男なはず、男……。

 あ!

 あああああああああああああああ!!!!

 そ、そうだ。俺は勘違いしていたんだ。

 何千回もプレイしていた弊害だ。

 毎日毎日屈強な男であるカーマインでプレイしていたが、それは勘違いだった。

 そう。カオスソードは『キャラクリエイト』があるゲームだったのだ。

 そもそもカーマインという名前は俺が勝手につけた名前だ。

 実際、主人公に名前はなく、性別も容姿も生まれも装備も、初期能力値や能力も定まっていない。

 すべてプレイヤーが決めるものだ。

 なのに俺は忘れていた。

 あまりにいつも同じキャラでやるから、カーマインというキャラが主人公なのだと思い込んでいたのだ。

 つまりこの世界の主人公は女!?

 だけど名前が一緒なのはなぜだ?

 理由はわからないが、恐らく彼女が主人公であると考えていいかもしれない。

 それほどに色々な情報が符合する。

 落ち着け。落ち着け、俺。

 想定外のことが起きたが、いい方向へ進んでいる。

 カーマインは現れた。

 だったら問題ないはずだ。

 ただ俺が勘違いしていただけだ。

 よし、落ち着いた。

 とにかく時間がない。

 聞きたいことがあるはずだ。


「ま、魔物の異変調査ですか? 村の者は頼んでいませんが」

「オリヴィアという方が依頼をしたのです。ご存じありませんか?」


 オリヴィアさん!?

 俺たちは顔を見合わせた。

 もしかして先の一件を聞きつけたオリヴィアさんが、心配して冒険者ギルドに依頼してくれたのだろうか。

 しかし、どうやって知ったのだろう。

 まあ、この世界なら色々と手段があるんだけどさ。

 とにかく彼女が気をまわしてくれたらしい。

 ありがとうオリヴィアさん。やはりあなたは女神だ。

 これで詰まずに済んだかもしれない!

 俺は内心で喜んでいたが、ロゼやエミリアさんは少し戸惑っていた。

 そりゃそうだろう。

 外部の冒険者が依頼でシース村に来たのだ。

 ちょっと不穏に感じてもしょうがない。

 何か裏があるんじゃないかとか、付近で何か起きたんじゃないかとか、あるいは今回の魔物が穢れたことは自分たちで思っている以上に危険なんじゃないかとか、考えるだろう。

 そんな二人の様子に気づいたのか、カーマインは首をぶんぶんと横に振った。


「あ、で、でも大丈夫です。別に、何かあるわけじゃないです。ただ調査しに来ただけなので、何もなければ帰ります。ですのでご心配なさらず。それにボク、新人冒険者なので。もし、大事だったらベテランを派遣するでしょうしね」


 ロゼとエミリアさんは、安堵したように顔を見合わせた。

 俺はこれから起こることを知っているが、二人は知らない。

 本当は何か起きるのだが……今、言っても混乱させるだけだろう。

 それに。

 もう話す時間はない。

 空の一部が黒で塗りつぶされている。

 俺はそれに一早く気づいていた。


「な、なんだあれ!?」


 誰かが言った。

 すると村中の人間が空を見上げた。

 黒い点が徐々に大きくなる。

 数ミリが数センチに見え、そして一瞬で視界を覆った。

 巨大な足だ。

 漆黒の人間の足。

 足首から先。皮膚が所々剥げている。

 内部は空洞で、生々しさはない。

 だが、同時に現実感も薄かった。

 あれこそが【災厄の足】であることを、俺だけが知っていた。

 世界を穢す存在。

 カオスソードのボスであり、災厄そのもの。

 俺が倒すべき存在だ。

 空から降る巨大な足は、崩れ森に落ちていく。

 著しい地鳴りが響くと、俺たちはバランスを崩した。


「きゃああっ!」


 誰かの悲鳴が聞こえる。

 グラグラと揺れる地面に振り払われないように、俺は姿勢を低くする。

 転びそうになるロゼとエミリアさんを支えながら、崩れ森に鎮座するそれを見上げた。

 全長50メートルを超えるほどの巨大な足が、そこにはあった。

 そこから溢れる黒い霧が徐々に範囲を広げている。

 地震は収まり、ロゼとエミリアさん、カーマインは呆気に取られていた。


「魔物なの……?」

「あんな巨大な魔物なんて聞いたことがないわ」

「な、なんだあの足は……」


 異常な事態を前にすると人は思考を停止する。

 わなわなと震え、ただ見ることしかできなくなる。

 だが、現実はそれを許さない。


「た、大量の魔物が出てきたぞ!」


 警備をしていたロンが叫んだ。

 巨大な足を指さしながら狼狽えていた。

 俺たちは急ぎ防壁を上った。

 そして見た。

 崩れ森から溢れる、魔物の大軍を。

 災厄の足から生まれ出ずる穢れた存在たちを。

 数にして数百。

 それがぞろぞろとシース村へと向かって来ていた。


「うそ……」


 絶望がエミリアさんを襲った。

 いつも気丈だった彼女が、希望を失っていた。

 ロゼも小刻みに震えつつ俺の腕を掴んでいた。

 終末の時を思わせる光景。

 俺はそれを知っている。

 これは。

 カオスソードのオープニングで何度も見たムービーシーンだからだ。

 シース村を取り巻く環境は違えど、災厄の時は同じだった。

 ロゼやエミリアさんには悪いとも思った。

 けど俺は二人と違う思いを抱いていた。

 五年という準備期間を経ての本番。

 ワクワクするという気持ち。

 そして死ぬかもしれないというスリル。

 過剰なほどの高揚感が俺を満たしていく。

 難易度はナイトメア。

 条件はノーコンテニュー、ノーセーブ、登場人物を誰も死なせてはならない。

 武器は五年で培ったすべてと、転生前に得たゲームの知識と技術、そして経験。

 超高難易度の縛りプレイ。

 ゾクゾクするな。

 ゲーマー冥利に尽きる展開だ。

 ひりつく感覚に、全身に鳥肌が立った。

 大量の魔物を前に誰もが絶望していた。

 だが俺だけは。

 俺一人だけは。

 ただ、屈折した笑みを浮かべていた。

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