第18話 ゲームシステムを勉強しよう!

 数週間が経過した。

 俺は習慣となった素振りをしていた。

 すでに怪我は完治し、健康そのものになっていた。

 鍛練の調子もすこぶる良い。

 視界の端には、岩場に座っているロゼとエミリアさんの姿があった。

 ロゼは笑顔で手を振った後、隣のエミリアさんにジト目を送り、エミリアさんは余裕がある感じでひらひらと手を振り、ロゼを無視していた。

 俺は笑顔で二人に手を振り返すと、小さく嘆息した。

 崩れ森から帰ってきてから、ずっとこの調子だ。

 俺もそこまで鈍感じゃない。

 二人の気持ちに気づいている。

 そう、ロゼとエミリアさんは……。


「俺ともっと仲良くなりたいんだな!」


 いわば、主人公が登場人物の好感度を上げる作業と同じである。

 老若男女、落とせるキャラはすべて落とす、それがゲーマーの本能だ。

 ふふふ、二人もどうやらゲーマー魂を持っているらしい。

 『カオスソード』は超高難易度の死にゲーであり、ダークファンタジーのアクションRPGだ。

 しかし、登場人物は個性があり魅力的であり、それぞれのシナリオルートが存在する。

 好感度らしきものは選択肢で決まり、選択を間違えれば敵対したり、そのキャラが死んだりする。

 一部のプレイヤーからは【血生臭いギャルゲー】と呼ばれている。

 好感度を上げればアイテムを貰えたり、エンディングが変わったり、あるいは仲間になったりするのだ。

 俺も生粋のゲーマーだ。当然ながら可能な限り全員の好感度を上げて、クリアしたものだ。

 俺は一旦、腕を止めて深呼吸しながら額の汗を拭った。


「この世界で目覚めて、色々なことがわかってきたな」


 一旦、これまでのことを整理することにしよう。

 この世界は『カオスソード』の世界と酷似しているが、まったく同じなわけではない。

 当然、現実の世界なのでゲームの都合に合わせて物理法則を無視するようなことは起きえない。

 例えば進行不能マップは存在しないし、ステータス画面もない。

 レベルもないし、マップ画面も、マーカーも、ダメージ表記もないし、UI自体が存在しない。

 自分の操作は現実に即しており、ボタン一つでできるものではない。

 当然、大抵の物理法則も現実と同じだ。

 次に『カオスソード』に登場する人物に関してだが、どうやら存在するらしいことはわかった。

 ロゼとエミリアさんの二人しか証拠はないが、間違いないだろう。

 つまり、これから登場する人物も、俺が知っているタイミングで現れたり、あるいは別の場所で今この瞬間も生活をしているというわけだ。

 なんかエモいな。

 最も重要なのは主人公であるカーマインだ。

 彼はこの世界における冒険者、つまり魔物を討伐したり、危険な場所に足を踏み入れたり、様々な依頼をこなす何でも屋をやっている青年だ。

 今から五年後、カーマインは新人冒険者としてシース村からの魔物討伐依頼を受けてやってくる。

 チュートリアルは崩れ森で行われ、最奥の主を倒してクリアとなる。

 最初のステージなのにかなりの難関で、何百回も死んだことを思い出した。

 俺は僅かな休憩を終え、重りを乗せた背負子を担ぎ、スクワットを始めた。


「……ふっ、ふっ、ふっ!」


 さて、問題がいくつかある。

 一つは、この世界で死んだらどうなるかだ。

 ゲームであればセーブした場所からやり直しになるのだが、ここは現実だ。恐らく生き返ることはないだろう。

 主人公であるカーマインはもしかしたらそういう能力があるかもしれないが、モブである俺は間違いなく死ぬだろう。

 しかも敵は強く、まともに攻撃を受ければ一撃で殺される可能性が高い。

 ほぼ一撃死モードで、残機は一つという超高難易度ゲームをやらなければならないのだ。

 対して俺の武器はゲームの知識と経験のみ。

 ノーダメージクリアをしたことはあるが、あくまでゲームの話だ。

 現実に即したこの世界で、そんなことが可能なのだろうか。いや、可能にする。そのために俺は鍛錬を積み、村人の信頼を得たのだから。

 しかし俺はただのモブだ。主人公ではない。だからカーマインを手助けすることが主な目標となるだろう。

 主人公であるカーマインでなければ、恐らくこの世界を統べる【災厄】を倒せはしないからだ。王たる器を持つ彼でなければ。

 ……シナリオに関してのネタバレはやめておこう。


 とにかくカーマインを手助けするためには、俺自身が強くなる必要があるし、事前に準備する必要がある。

 そのために鍛錬を続けて、信頼を勝ち取ったのだ。

 だが鍛練を続けていても限界はある。

 剣術は一人でやるものではないのだ。

 師事し、鍛錬を重ね、実戦を通して強くなるものだと思う。

 崩れ森での一戦は俺に大きな経験値を与えてくれたが、毎回、あれほど危険な目に合うのはリスクが高すぎる。

 ここはゲームじゃない。現実なのだ。

 それに霊気兵一体にあれほど手こずったら、複数体を相手にしたら絶対に勝てないだろう。


「そう言えば『カオスソード』でも、複数相手にしたら一瞬で殺されたりしたな……」


 数的不利な状態では、勝率はガクンと下がるものだ。

 それを覆すにはただ鍛えるだけでは圧倒的に足りない。

 足りないものは、経験、技術、知識か。


「五百ぅっ! はっ、はっ……」


 スクワットを終えると背負子を下ろした。

 足が痙攣しているが、吐き気はあまりなく、心地いい疲労感が全身を支配していた。

 さてどうやって不足分を補うべきか。


「……そう言えば」


 ふと思い出し、俺はエミリアさんのもとへ向かう。

 ロゼがタオルを持ってきてくれたので笑顔で受け取った。


「ありがとう、ロゼ」

「う、うん! おつかれさま、リッド」


 恥ずかしそうに顔を伏せながら、もじもじしているロゼの頭を撫でる。

 ロゼは気持ちよさそうに目を細めた。

 うん、可愛いな。本当に。


「エミリアさん、ちょっと聞きたいんですが」

「ん? どうかしたの?」

「霊気兵と戦っている時、エミリアさんは【ローリング】のことを知ってましたよね? 詳しく教えて欲しいんですが」

「詳しくって……あんたの方が詳しいんじゃないの? 【技巧(ぎこう)】を自分で使ったんだし」


 エミリアさんの言葉に驚愕する。

 技巧。

 それは『カオスソード』における、いわば必殺技のようなものだ。

 体力やスキルゲージを消費して繰り出す技である。

 強力な連続技や、中には衝撃波のようなものを生み出す技巧もある。

 火や水などを生み出す不可思議な現象を起こす魔術とは違い、どちらかと言えば身体能力の延長線上にある技というイメージだ。

 だがおかしい。

 ローリングはカーマインや他の敵キャラが元々使える基本操作だ。

 技巧ではなかったはずだが。


「技巧ってことは……ローリングは誰でも使えるわけじゃないんですか?」

「普通の人は使えないわよ。ローリングなんて使える人、中々いないんじゃない? 冒険者や傭兵、他の職業の人もそうだと思うけど」


 つまり完全に技巧の一つとして数えられているわけか。

 考えてみればローリングするだけで敵の攻撃を完全に回避できるって、チート級の技だもんな。

 『カオスソード』のゲーム性を考えれば必要不可欠な能力なんだけど、現実世界だと考えれば技巧扱いになって当然か。

 ゲームと現実の兼ね合いの結果そうなったのだろうか。

 あるいはこの世界の現実がゲームとして創り出されたのだろうか。

 そもそもゲーム世界に転生って、なんなんだ!?

 ああ、考えれば考えるだけわけがわからない。

 ……まっ、いっか!

 ワクワクするし、楽しいし、ドキドキするし、やりがいあるし!

 ゲーマー冥利に尽きるんだから、余計なことは考えないでいいよな!

 俺は納得するように何度も頷く。

 その様子をエミリアさんとロゼが同じように首を傾げて見ていた。

 とにかくローリングはかなり有効な武器になりそうだ。


「あれ? まさか【受け流し】や【パリィ】も技巧ですか?」

「ええ、そのはずだけど」


 オーマイガ。

 なんてことだ。基本技術のほとんどが技巧扱いなのか。

 ということは多用は禁物かもしれない。技巧は体力かスキルゲージを消費するものだ。

 無限に使えると考えない方がいいかもな。

 スタミナも現実通りに動けば減って、回復するには時間がかかるし。

 ふむ、考えることが多くなってきたがやることは変わらない。

 技巧は自分で編み出すのではなく、どこかで巻物(スクロール)を手に入れて覚えるか、誰かに教えてもらうしかない。

 じゃあ、なんでローリングとかが使えたのかと言われれば、答えようがないけど。

 まあ、初期設定の時点で技巧を持っていたと考えるしかない。

 とにかく今後を考えれば新しく技巧を覚える必要がある。

 だがシース村にはまともに戦える人はおらず、技巧持ちはいないだろう。

 とすると、やはり待つしかないか。

 あの人を。


 鍛練は続けているし、村人の信頼を勝ち取った。

 お金も少しずつ溜めているし、生活も改善しつつある。

 身体も健康になったし、筋肉もかなりついてきた。

 今やれることは他にない。

 一年と半年後、つまり俺が十二歳になるまで待つしかないらしい。

 俺の記憶が正しければ、きっとあの人と会えるはずだ。

 油断せずに、毎日を過ごそう。


「ありがとうございます。色々とわかりました」

「そ。何かあったらなんでも聞いてね。リッドのためなら全部答えるから」

「ええ、ありがとうございます。本当に心強いです」


 俺は淀みなく笑う。

 心からの笑顔だった。

 エミリアさんは一瞬だけ俺の目を凝視し、頬杖を突きつつ顔を逸らした。


「……あ、あんまりじっと見ないでよ」


 隣でぷくっと頬を膨らませるロゼ。


「あ、あたしの方が役に立ってるもん! リ、リッドはあたしを守るために強くなろうとしてるんだし! だ、だからエミリアさんは関係ないんだから、来なくてもいいんだよ!?」

「あら、そうなの? だったらわたしも関係あるわね。だって命がけで守ってもらっちゃったんだから。カッコよかったわよ、リッド」

「んぐぐっ! ぬぐぐっ! あ、あたしの方がリッドと一緒にいる時間が長いもん!」

「そうね。時間では勝てないわ。だけどわたしはあなたより大人。だから色々なこと知っているし、色んなことをしてあげられるけど? エッチなこととか」

「エッチ!? へ、へへ、変態! エッチなことはダメだってお母さんが言ってたもん!」

「あら、好きな人が求めるならエッチなこともしてあげないと。やっぱりおこちゃまには無理かぁ」

「で、できるもん! ロ、ロゼだって、リ、リッドが望めば、な、なな、なんだってできるんだもん!」


 エミリアさんは明らかにロゼをからかっている。

 ニヤッと笑いながら肩をすくめる彼女は、年相応に見えた。

 大人っぽく見えたり、少女のようにわがままに見えたりする。

 彼女の過去がそうさせるのかもしれない。

 ロゼはロゼで年相応だが、やや箱入り娘かもしれない。

 だがそれがロゼの魅力でもあると思う。

 二人とも優しい。

 本当にありがたい。

 二人とも俺のことを応援してくれているのだ。

 なんか仲良くなっているし。

 これはこれでいい関係かもしれない、多分だけど。

 俺は二人に感謝しつつ、再び鍛練に戻るのだった。

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