第17話 それなんてギャルゲ?

 それから数週間は傷の治療のために寝たきりの生活が続いた。

 沢山の人が見舞いに来てくれた。

 バイトマスター、常連客、酒場の客、ロゼのご両親、他の村人たち。

 全員が俺を心配してくれた。


「おまえは大したもんだ。まさか魔物を一人で倒しちまうなんてな! ただ無茶をしやがったことは許せねぇ。傷が治ったら、ゲンコツだ!」


 というバイトマスター談。


「リッド、エミリアちゃんを救ってくれてありがとよ! まさかおまえがあんなに強いとはな。かーっ、年甲斐もなく興奮しちまったぜ。本当によくやったな!」

「驚いちまったよ、思わずエールで乾杯しちまったくらいだ! あ? 主役がいないのに乾杯したのかって? うっせ! 俺たちゃエールが飲めりゃいいのよッ!!」

「まっ、無事でよかったぜ。エミリアちゃんがいなくなった! リッドもいない! って、村中大騒ぎだったからな! とにかく全員無事で何より。結局、エミリアちゃんは森に入り込んで、夜になっちまって帰れなくなったんだってな。そこまで追い詰めたのは俺たちだよな……謝んないと」


 という常連客三人。


「リッドくん、あなたは子供なの。一人で崩れ森に入るなんて無茶をしちゃダメじゃない! 無事だったからよかったものの! 大事なロゼちゃんを残して死ぬなんてしちゃダメよ! ロゼちゃんずっと心配してて、ずっと泣いてて、森に自分も行くって大変だったのよ!」

「まあ、僕は死んでくれた方が……んんっ! ごほんっ! いや、無事でよかった。ほんとだよ? ああ、しかし男として素晴らしいことをした。女性を助けるのは当然のことだ。そのまま死ねばよか……じゃなく、よく無事に戻ってきた。ママ、顔が怖いよ……と、とにかく、ロゼのためにも、今後は無茶はしないことだな!」


 というロゼのご両親。

 そしてロゼはというと。

 ずっと沈黙を保っている。

 一週間もの間、朝から晩まで俺の傍を離れない。

 俺の手をずっと握って、トイレに行く時も近くまで一緒に行き、帰りも一緒。

 ご飯の用意もしてくれるし、身の回りの世話もしてくれる。

 だけど俺から離れない。ずっと一緒にいるのだ。

 さすがに泊まるのはご両親に止められているらしく、不承不承と言った感じで帰宅する。

 だが早朝にまたやってきては、俺の世話を焼きつつ常に傍にいるのだ。

 会話はほぼない。

 だって俺が何を言っても。


「……ううっ、ぐすっ……ううっ」


 と泣き始めるのだ。

 唇を尖らせて必死で涙を堪えながらも、我慢できずに泣いてしまうという感じだ。

 最早、情緒が不安定である。

 恐らくというか間違いなく俺のせいなんだろうが。

 ご両親の話を聞くに、心配し過ぎた反動っぽい。

 しばらくはこのままいるしかなさそうだ。

 ふとした時に、俺はロゼの頭を撫でる。

 そうするとロゼの表情が穏やかになり、安心したように目を細める。

 まったく、ここまで懐いてくれたら、頑張った甲斐があったと思ってしまうじゃないか。

 まるで子供、まるでペット、まるで……。


「お邪魔するわね」


 ドンと勢いよく扉を開いたのはエミリアさんだった。

 ビクッと震えるロゼだったが、エミリアさんに振り向き、キッと睨んだ。

 優しく大人しいロゼには珍しい反応だが、この一週間、同じやり取りを繰り返している。

 そう。ロゼも毎日やってくるが、エミリアさんも毎日やってくるのだ。

 ロゼと違い、エミリアさんは仕事をしているので一両日中、ずっといるわけではないのだが。


「はい、お見舞い。おいしいわよ。わたしの手製だから」


 エミリアさんは袋に包んだ菓子をテーブルに置いた。

 毎日、違った種類の土産を持参する。

 ロゼは料理や家事をしてくれるが、エミリアさんは嗜好品を中心に持ってきてくれていた。


「リ、リッドはあたしが、お世話するからいらない!」

「寝たきりで娯楽がないんだから、土産はいるでしょ。可哀想じゃないリッドが。それに、子供のあなたができることも限られるでしょ。持ってくる料理もサンドイッチばかり。それ以外に作れないんでしょ? わたし、家事もできるから代わりにやるわよ」

「い、いらないもん! あ、あたしもやろうと思えば、他の料理作れるもん!」

「そ。まあ、子供と争うつもりはないけど。あーあー、ここ汚れてるじゃない、まったく」


 エミリアさんが、汚れた床をホウキででささっと掃除した。

 ロゼは頑張ってくれているが、まだ子供で気配りはそこまでできないし、技術も拙い。

 一生懸命なのは嬉しいし、俺に不満はないが、エミリアさんからすれば足りないところが多いのだろうか。

 酒場でずっと働いている分、目端が利くし、料理、掃除、洗濯などの家事はすべてできるらしい。

 俺の世界の言葉で言えば、エミリアさんはギャルっぽいのだが、家庭的なギャルなのだろう。

 ふむ、日本では一定の需要があるキャラだ。

 まさか未亡人である二十一歳のエミリアさんが、若い頃はギャルっぽかったとは。

 これは一部のプレイヤーは歓喜するかもしれない。

 ロゼは相当にお冠だが。

 ほっぺたをリスのように膨らませ、ぷるぷると震えている。


「リッド、調子はどう? 怪我は?」

「あ、ああ、はい。かなりいいですね。みんなが助けてくれるので、助かってます」

「そ。何かあったら遠慮なく言いなさい。なんでもしてあげるから」

「な、なんでも……ですか」

「うん。なんでも。リッドはわたしの命の恩人だから。なんでもするのが当たり前じゃない?」


 ぐいっと顔を寄せてくるエミリアさん。

 胸元が開いている服装なので、前かがみになると豊満な部分が強調される。

 ふむ、これはエロい。いや、どエロいな。

 ゲーム中でスチル絵として出てきたら、思わずスクショしてしまいそうなくらいのエロさだ。

 十六歳にしてすでにかなりの色香を漂わせている。

 あと五年後、未亡人になった彼女は、さらに過剰なほどの色気を見せつけるのだ。

 すでにその片鱗はあったというわけか。

 俺は思わずエミリアさんの胸元を凝視していた自分に気づき、慌てて視線を逸らした。


「ふふ、別に見てもいいのに」


 それなんてギャルゲ?

 おかしいな。ここは超高難易度の死にゲーの世界なはず。

 いつの間に恋愛シミュレーションゲームの世界に入っていたんだ?

 そんなことを考えていると、ロゼが俺たちを引きはがそうとした。

 だが小柄で非力なロゼでは俺たちの身体を動かすことができない。


「んんんっ! んーーっ! は、離れてぇーーっ! んんんっ!」


 俺とエミリアさんは顔を見合わせる。

 俺は苦笑を浮かべ、エミリアさんは嘆息すると、お互いに離れた。

 力を込めていたロゼだったが、抵抗がなくなった反動で転びそうになる。

 たたらを踏むも何とかバランスを整え、ふーっと安堵の息を吐くと、ビシッとエミリアさんを指さした。


「リッドに近づかないで! わ、悪い虫!」

「悪い虫?」

「お、お母さんが、大事な人に近づく女はそう呼ぶって言ってたの!」


 お母さん何を娘に教えてるんですか。

 それともお父さんに悪い虫がついた経験がおありで?


「リッドは恩人だから、できるだけ望みに応えたかっただけよ」

「じゃ、じゃあ? リッドちゃんのこと好きなわけじゃないの?」

「嫌いじゃないわね。今は」


 え? 嫌いじゃないのか?

 とりあえず過去の悪行は許してもらったけど、嫌われていると思っていた。

 いや、考えれば嫌いな相手のために毎日お見舞いに来ないか。

 うーん、でも助けてもらった恩義があるから、嫌いでも見舞うということもあり得るよな。

 まあ、嫌いじゃないって言ってくれたのだから、嫌いじゃないか。

 なんて意味のない思考を俺は巡らせ続けた。


「それで? あんたはどうなのよ。ロゼちゃん? リッドのことが好きなの?」

「あ、あたしはリッドのこと……す、すす、す、すす」


 スカートの裾をぎゅっと握り、恥ずかしそうにしているロゼ。

 最後の言葉は出せなかった。


「よ、よよ、用事を思い出したからぁーーーッ!!」


 聞き慣れた言葉を残し、ロゼは走り去ってしまった。


「あはははっ! かーわいい!」


 けらけらと笑うエミリアさんに、俺はジト目を送る。


「あいつ素直で真面目なんで、あんまりいじめないでやってくださいよ」

「ごめんごめん、わかってるんだけどさ、あんまり可愛いからついね」

「まあ……気持ちはわかりますけど」


 過去のリッドも同じ気持ちだったんだろうか。

 あいつはやり過ぎていたが。

 しかし、結局ロゼを困らせるために嘘を吐いたってことか。

 嫌いじゃない、というのは冗談だったのだろう。

 ま、そりゃそうだ。

 俺もエミリアさんに好かれるとは思っていない。

 だけどそれでいい。過去の悪行を許してくれるだけで万々歳だ。

 五年後、エミリアさんが不幸にならないように。

 そのために少しでも俺を信頼してもらい、そしてエミリアさんの動向を見守るのだ。

 きっと悲しい未来は防げる。そう信じて。

 と、それはそれとして。

 さすがにちょっとやりすぎな気はする。

 まだ信頼感はないし、絆も薄い。だが少し釘をさしておくべきだろう。


「あんまり冗談はやめてくださいね。俺は子供ですけど、男って単純なんで本気にしますよ」

「……冗談、ね。そう見えるわよね。都合が良すぎるもの」


 自嘲気味に笑うエミリアさんを、俺は訝しがる。

 エミリアさんは俺に背を向けた。


「わたし、冗談嫌いなのよ。あんたのことは許した。わたしのことも許してくれた。だったらここからでしょ? わたしたちの関係は」

「俺は仲良くしたいと思ってますよ」

「わたしもそう思ってるわよ。年の差とか気にしないし。それに多分もう……」


 エミリアさんは胸に手を当てていた。

 一体、彼女が何を考えているのか俺には判然としなかった。

 けれどエミリアさんは振り返ってこう言ったのだ。


「こう見えてわたし一途だから。覚悟してよねっ!」


 綺麗な笑顔を咲かせ、ニコッと笑ったその顔を、俺は一生忘れないだろう。

 眩しいほどの美しい姿。

 これもきっと、ゲームだったら一枚絵になっていただろう。

 仮にエミリアさんのルートがあったとしたら、エンディングの最後のイラストとして飾られていたはずだ。

 それほどまでにエミリアさんの姿は魅力的だった。

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