第11話 エミリアさんってどんな人ですか?

 俺が記憶を思い出してから半年が経過した。


「二百! 二百一!」


 俺はいつも通り素振りをしている。

 ただし使っている剣は、木刀からロゼのお父さんから貰った真剣に替わっている。

 最近ではただの素振りでは物足らなくなり、手足に手製の重りをつけるようになった。

 俺のスケジュールは大体決まっている。

 朝の鍛錬を終え、昼食を食べ、昼からまた鍛練をする。

 大体二日に一回、酒場での仕事が夕方まであるので、その時間は鍛錬ができないが、仕事終わりに数時間の鍛錬を行うようにしている。

 素振り、実戦を想定した稽古、スクワットや腕立てなどの筋トレ、体力をつけるために重りを背負って走る、という四種類の鍛練を行っている。

 俺は無心で剣を振り続けた。

 やがて限界が来るも、最後の力を振り絞り、剣を振り下ろした。


「千! ふぅっ、ふぅっ……!」


 息を荒げつつ、剣を鞘に戻す。

 手足は震えているが、どことなく爽快感が身体を駆け巡る。


「お、お疲れ様、リッド」


 離れた場所で見ていたロゼが、タオル片手にトトッと走ってきた。

 小動物のような愛らしさを振りまく、俺の友人。

 心配そうにしながら、ロゼは俺にタオルを手渡してくれる。


「ああ、ありがとう」

「す、すごいね。リッド。本当に毎日、たっくさん練習するんだもん……」

「これくらいしないとダメだからな。当たり前さ」

「あ、あたしを、ま、守るため、なんだよね」


 ロゼはもじもじとしながら、上目遣いをしてくる。

 庇護欲をそそられた俺は、大きく頷く。


「そうだよ。そのために鍛えてるんだ」


 もちろん村の人も守るつもりだが、最優先はロゼだ。

 彼女はシース村戦イベントのキーパーソンだからな、うん。


「そ、そっか。えへへ、そ、そっかぁ」


 にへらと笑いつつ、何やら左右の指をくねくね動かしているロゼ。

 よくはわからないが、楽しそうだ。

 鍛練を始めて半年。

 筋力も体力もついてきたし、剣を扱うために必要な身体や筋肉の動きも把握済みだ。

 基礎能力はそろそろ身に着いたと思っていいだろう。

 だが実戦経験や技術、知識が圧倒的に足りない。

 そこを補うための案は考えているが、まだ時期ではない。

 もう少し、鍛錬だけの日々が続きそうだな。

 ロゼと親しくなり、来たる日に向けて信頼関係を築くという目的は達成できた。

 加えて、村人たちとの関係も比較的良好だ。

 それは村が魔物に襲われる時に、村人たちと連携をする必要があるために行ったことだ。

 仮に悪童リッドのまま十五歳になってしまえば、魔物と対峙する時、俺は誰とも協力できないだろうし、俺の言うことを誰も信じてはくれないだろう。

 だからこそ五年後のメイデーまでに俺は信頼関係を構築しようと画策しているのだ。

 そして鍛練も継続し、今のところは予想以上の結果を出している。

 むしろ十歳の身体でここまで動けるのかと驚嘆しているくらいだ。

 もしかしたら『カオスソード』内の人物は、身体能力が高めなのかもしれない。

 ゲームのモブも結構戦えたり、動きが良かったりした気がする。

 ただ敵が強すぎてすぐに殺されるんだけども。


 すべてが順調に思える中、一つだけ気になることがある。

 エミリアさんのことだ。

 彼女の俺に対する評価は、地に落ちたまま変わらない。

 むしろ悪化しているのではないかと思うことさえある。

 過去の俺がよほどひどいことをしたのかもしれない。

 記憶を掘り起こすと、エミリアさんの背後に忍び寄り、臀部を触ったり、胸に飛びついたり、時には着替えを覗こうとしたりと、主にエロ方面でやりたい放題だったようだ。

 うん、これはブチ切れていい。許さなくてもしょうがない。

 村の人たちには全員、頭を下げて回っている。

 悪童リッドのやった所業が許されるかはわからないが、謝罪の姿勢と誠意を見せることは最も大切なことだからだ。

 その甲斐あって、多くの村人たちは俺への評価を改めてくれた。

 ロゼやバイトマスター、酒場の常連客もそうだ。

 村人全員ではないが、認めてくれている人も増えている。

 だがエミリアさんはまったく態度を軟化させてくれない。

 むしろ硬化だ。もうカッチカチだ。


「はぁ、どうしたもんかな」

「どうしたの、リッド?」


 思わず嘆息すると、ロゼが俺の顔を覗き込んできた。

 大きなロゼの瞳に、俺の陰気な顔が映っている。

 しかし本当に可愛いなこの子は。

 思わずロゼの頭をなでなでしてしまっていた。


「あっ……んっ、リ、リッド……は、恥ずかしいよぉ」

「あ! ご、ごめん」


 あまりの庇護パワーに、俺は無意識の内にロゼを愛でたくなってしまっていたらしい。

 咄嗟に手を引くと、ロゼは唇を尖らせながら自分の頭を触っていた。


「そ、そんなにいきなり離れなくてもいいのに」


 いや、どっちだよ。

 この小悪魔が。

 俺は内心を表に出さず、苦笑した。


「そ、その、何か悩み事? あ、あたしが聞くよ」


 ロゼにしては珍しく積極的だ。

 彼女は自分の意思をはっきりと表に出すことは少ない。

 もじもじしたり、遠回しに言うことが多い。

 だが、最近ではよく自分の意思を口や態度に出すことが多くなっている。

 ご両親に挨拶してから、鍛練にずっと付き合ってくれているし、朝から夜まで付きっきりだ。

 忙しいだろうから無理しなくていいと言っても、大丈夫といいながら、ちょっと不機嫌になるのだ。

 最近は用事がないのだろうか。

 それはそれとして、ロゼに聞いてみるのもありかもしれない。

 女同士、わかることもあるだろうし、エミリアさんが頑なな理由が他にあるかもしれない。


「実は酒場のエミリアさんが、俺を嫌っているみたいなんだ」

「うん、そうみたいだね」


 なぜか笑顔のロゼ。

 おい、そこは心配そうにするところだろ。なんで笑う?


「半年前の俺は最低な人間だった。だから嫌われて当然だと思うんだけどな」

「そんなことないよ!」


 ロゼがずいっと顔を近づけてくる。

 俺は勢いに負けて、少しのけ反った。


「そ、そうか?」

「そうだよ! 確かに前のリッドはキモかったし、ウザかったし、最低で、本当に最低で、本当の本当に最低だったけど」


 リッドのことマジで嫌いだったんだな、ロゼ。


「でも今のリッドはそうじゃないもん! すっごく頑張ってるし、そ、その素敵だし、か、格好いいし! お仕事も頑張ってるし、一生懸命だし! だから、嫌ってる方がおかしいよ!」


 ロゼは興奮したようにまくしたてていたがすぐに我に返ったように、はっとした顔をして俺から離れた。


「あ、あたしは、そ、そう思う」

「そ、そう言ってくれるのは嬉しいけど、まあ、過去の俺がしたことはやっぱり許せないって人もいるだろうからな……ただ、なんというか、エミリアさんが俺を嫌いな理由は他にあるんじゃないかとも思ってさ」


 ロゼや他の村人たちの態度が変わったことを考えると、少しくらいは俺を評価してもよさそうな気がするのだ。

 だがエミリアさんの態度は良くなるどころか悪くなる一方だ。

 もちろん、周りが俺を評価し始めたことが気に入らないから、頑なになっているという線もある。

 だが少し違和感がある気がするのだ。

 他に理由があるのではないかと俺は踏んでいるのだが。


「うーん、あたしエミリアさんのことあんまり知らないんだけど。確か五年くらい前に村にやってきて、それから暮らしてるみたい」

「え? エミリアさんってシース村出身じゃないのか?」

「うん、そだよ。外の村で生まれたけど、十歳くらいの時にシース村に来たんだって。それから酒場で働いてるんだって聞いたけど」


 外の村の人だったのか。

 その割に、村に馴染んでいるな。

 それだけ彼女が努力したということなのだろうか。


「家族は?」

「いないみたい。一人で来たんだって」

「一人で? 十歳の子供が……?」


 子供が一人で別の村に来る理由か。

 まともな理由は浮かばなかった。

 両親がいないか、あるいは何かしらの問題があり村を追い出されたか、逃げ出して来たか、あるいは村そのものがなくなっているか。

 とにかく子供がたった一人で別の村に移住するのは余程の理由があるはずだ。

 そしてどれほど苦労したかも想像に難くない。

 そこら辺にエミリアさんの考えのヒントがありそうだ。


「……エミリアさんと仲良くなりたいの?」

「え? ああ、まあな。村の人とは可能な限り仲良くなった方がいいだろ」

「ふーーん、ふーーーーーーーん!」


 ロゼはあからさまに頬を膨らませた。

 まるでリスだ。愛らしい。

 ふむ、これはもしかして嫉妬か?

 自分の友達が別の誰かの話をしていると、なんとなくしてしまうあれか。

 シース村には子供が少ない。当然、同年代の友人はあまりいない。

 別の友達に自分の友達が取られるかもしれないと考えてもおかしくはないだろう。

 ふふふ、なんて愛い奴だ。

 俺はロゼの頭をやんわりと撫でた。


「ロゼとはもっともっと仲良くなりたいって思ってるけどな」

「ふぇっ!? も、もも、もっと!?」

「ああ、もっと。深い仲になりたいって思ってる」


 そう。友人を超えた、幼馴染であり、親友である。そんな関係にだ。

 ロゼはわたわたと慌てだし、目をぐるぐると回し始めた。

 ふえぇ、ふえぇとクレーンゲームの機械音みたいな声を出し続けている。


「ふ、ふふ、深い仲……ダ、ダメだよぉ、あ、あたしたちまだ十歳なんだよぉ……で、でもリッドがどうしてもっていうなら、あ、あたし。で、でもお母さんにダメって言われたし。でもでも、だ、大好きな人が望むなら、ってあたし、な、なんてふしだらなことを……で、でも興味もあるかなぁ、なんて」


 なんか知らんが一人芝居が始まった。

 面白い子だなロゼは。

 とにかくエミリアさんの好感度を上げないとな。

 このままだとエミリアさんが村人を裏切ることになりかねない。

 もちろん俺の方でも彼女が子供を人質に取られないように対処するつもりだが、当の本人が協力的でなければそれも困難になる。

 俺の言葉をある程度は信用してもらえるくらいには仲良くなる必要がある。

 まだ四年と半年の猶予がある。

 だがエミリアさんとの仲を深めるためだけに時間を費やすわけにもいかない。

 どうにか仲良くならないと。

 俺は必ず、エミリアさんを落としてみせる!

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