第10話 ご挨拶よろしいでしょうかお父さん

 俺は緊張していた。

 テーブルについている四人。

 俺の前にはロゼのお父さん、その隣にお母さん。

 俺の隣にはロゼが座っており、全員、緊張している様子だ。

 お父さんは厳めしい顔つきで俺を睨み、隣のお母さんはおろおろとしており、ロゼは俺を上目遣いでちらちらと見てくる。

 心臓がバクバクいっている。

 それもそうだろう。

 友達のご両親に挨拶するのだから。

 気に入られなければ、もう二度とあの子と遊んじゃダメと言われるかもしれないのだ。


「ロゼさんと仲良くさせていただいております、リッドと申します」


 俺は慇懃な挨拶の後、即座に持参してきた土産をご両親の前に差し出した。

 流れるように頭を下げ、ささっと姿勢を整える。


「普段お世話になっておりますので、ささやかながらそのお返しに。よろしければどうぞ」


 ご両親は表情を変えずに、顔を見合わせた。

 俺の土産はそのまま放置される。

 悪童リッドの持参物など受け取らないということだろうか。

 ロゼに助言を貰って、用意したお菓子だ。

 わざわざバイトマスターに報酬を渡して作ってもらったんだけど無駄になってしまった。

 それも仕方がない。

 人に迷惑をかけ続けるような輩とは、友人になるなと思うのも当然だ。

 誠意をもって接するしかない。


「ごほん……! あー、君はロゼと、どういう関係だ?」


 お父さんがギロッと俺を睥睨する。

 なんという迫力だ。

 まるで自分の娘と結婚したいと挨拶をしに来た男に対する態度のようだった。

 だが俺はただ友達として挨拶に来ただけだ。

 それはロゼも話しているはずだし、勘違いするはずもない。

 そもそも俺たちはまだ十歳だし、そんな話になるわけがないんだけど。

 俺は一呼吸置いた。

 本音を話せばいい。

 真っすぐ、俺の気持ちをぶつければきっとわかってもらえる。

 俺はそう信じ、口を開いた。


「ロゼさんは俺にとって大切な存在です」


 お父さんは勢いよく立ち上がり、お母さんは口に手を当てて「そんな」と呟いていた。

 隣のロゼは俯いてもじもじしている。


「なんだとっ、貴様ッ!! もう一度言ってみろッッ!」

「ロゼさんは俺にとって大切な存在です!」

「その言葉、二度と口にするんじゃぁないッッ!!」


 もう一度言えと言ったのはそっちなのにとは思ったが、俺は閉口した。

 お父さんは激高し、息を荒げ、鬼の形相を浮かべていた。

 俺のような人間には、娘と友達でいてほしくないのだろう。

 大切な娘を傷つけるかもしれないのだ。

 俺がお父さんの立場だったらきっと同じ心情だっただろう。


「パ、パパ落ち着いて、ね?」

「ママ……くっ!?」


 お母さんが優しく諫めると、お父さんは何とか感情を抑えてくれた。

 再び椅子に座り、貧乏ゆすりを始める。

 もう、なんていうか、すんごい嫌われているな、俺。


「あ、あの、そ、それでなぜ挨拶に来たのかしら?」

「それは」

「言っておくわね。私たちはあなたとロゼが仲良くするのを快く思っていないわ。その理由はわかるでしょう?」

「……過去の自分の行動を考えれば当然のことだと思います」


 悪童リッド。

 奴の所業は悪辣の一言に尽きる。

 村の人たちの優しさに甘え、やりたい放題だった。

 子供だからと寛大に受け取ってもらってはいるが、村を追放されてもおかしくないほどだったと記憶している。


「そう。だから私たちもロゼと関わってほしくないと思っているの。それを前提に考えて欲しい。あなたは何をしに来たの?」


 お母さんは毅然とした態度だった。

 甘い顔をせず、冷静に、子供ではなく人間として接してくれているように思えた。

 それは俺への優しさではなく、ロゼに見せる親としての姿勢だったのだろう。

 生半可な気持ちでは許さないと言っているようだった。

 わかっている。

 俺も本気だ。

 本気でロゼを守りたいと思っている。


「俺はロゼを守りたいんです。ずっと俺を助けてくれたロゼのために、これからは俺の人生をかけて守りたい。そのために強くなりたいとそう思っています」

「村での仕事っぷりや、日々の研鑽については聞いているわ。頑張っているようね。過去のあなたとは別人のようだと、みんな口々に言っているわ」

「あ、ありがとうございます」

「けれどね、それとこれとは話は別。あなたが変わろうとしているからと言って、簡単に娘との仲を許すことなんてできない。あなたたちは子供だし、それに頼りないし、不安定。言っている意味はわかるわよね?」


 俺たちは子供だ。

 だからすぐに考えを変える。

 俺がやっていることは一過性のものですぐに飽きて、また元に戻る可能性もある。

 きっとお母さんが心配しているのはそのことだろう。

 過去のことが重く俺にのしかかる。


「今までの俺の過ちが、不安にさせているってことですね」

「……え? い、いえ、まあ、うーん、それもあるのかしら? け、けれどその前に十歳なのに結婚は」

「申し訳ありませんでした!!」


 俺はお母さんの言葉が終わる前に、溢れんばかりの気持ちを抑えきれず頭を下げた。

 なんて馬鹿な考えだったのだ。

 俺は甘かった、変わってなかったのだ。

 頑張って誠意を見せればいつか受け入れてもらえると思うなんて。

 馬鹿だ。俺は大馬鹿者だ!

 罪の償いは相手に委ねるもの。

 それなのに頑張って償えば、報いれば認めてもらえると思うなんて。

 押し付けるのではない。

 相手に懇願するのだ。

 言葉を尽くさず、ただ姿勢を見せればいいなど、思い上がりのもいい加減にしろ。

 相手に伝える努力を怠った自分に嫌気がさした。

 俺はその場に立ち上がり、必死で叫んだ。


「俺の覚悟が足りませんでした! これからお二人に認めてもらえるように死ぬ気で頑張ります。もしも許されなくても、俺は一生をかけて、お二人に、そしてロゼさんに認めてもらえるように努力し続けますッッ!!」


 お母さんは真剣な表情で、お父さんは厳めしいながらも俺を真っ直ぐ見つめてくれた。


「お父さん、今すぐとは言いません。どうか俺の姿を見ていてください。俺は必ず、お父さんの期待も思いも裏切りません」

「……お父さんと呼ぶな」


 お父さんは悔しそうに、そう呟いた。


「お母さん、俺には覚悟が足りませんでした。今後の俺の人生、すべてをかけて皆さんに認めてもらうように尽力します。今ではなく、いつか、その日が来たら、娘さんとの仲を認めてください!」


 今ではなく、いつか俺の気持ちが届くように。

 その日が来るまで、みんなに俺の成長を見てもらうしかない。

 ああ、そうだ。

 俺はロゼと友達になるために、頑張り続けなければならない。

 そうしてようやく、俺はロゼと対等な立場になれる。

 そして村の人たちとの信頼関係が築けるのだ。

 俺は負けない。

 俺は諦めない。

 ロゼと友達になることを!


「お父さん」


 ロゼのお母さんは、優しい声音でお父さんの肩に手を乗せた。


「認めましょう、二人の仲を」

「ううっ……うあああっ!!」


 俺はぎょっとしてしまう。

 お父さんは号泣していた。

 え? そ、そんなに俺がロゼと友達になるのが嫌なのか!?

 そこまで追い詰めていたなんて、悪童リッドはどこまでクズだったんだ。

 俺は猛省することしかできなかった。


「リッドくん」

「は、はい」

「ロゼをお願いね」

「はい! ……え? い、いいんですか!?」

「ええ。あそこまで本気を見せられたら何も言えないわ。それに娘を見たらわかるもの。あなたは心から大切な人なんだって」


 ふと隣のロゼを見ると、たまに見せる蕩けたような表情で俺を見ていた。

 ……熱でもあるのだろうか?

 とにかくよくわからないが、ロゼと友達でいることは認めてくれたらしい。

 俺はほっと胸をなでおろした。


「けれどまだ二人とも若いんだから、すぐはダメよ。ちゃんと大人になってからね」


 なんだと……!?

 友達になるのを認めてくれたんじゃなかったのか?

 そうか。

 つまりさっき話していた、子供ゆえの不安定さや無責任さから来る言葉だと思われていたのか。

 一先ずは認めるが、今後の行動によっては許さないということか。

 仮友達というわけだな。なるほど。


「わかりました。では大人になったあかつきには正式に認めてくださるということですね?」

「そうね。だから十八歳までは我慢してね。この地域の成人は少し遅めだけど……だから、その、ア、アレは我慢できるわね……? それまではアレ……ふ、不誠実な行為をしたら、絶対に私たちは認めないわ。わかるわね?」

「はい。絶対に不誠実なことはしません。ロゼさんやお二人を裏切ることは決してしません!」


 言われるまでもなく俺は絶対に裏切らないし、ロゼを守り抜くと俺は決意している。

 不誠実な行為なんてするはずがないのだ。


「ふふふ、まったく迷わないのね。だったら安心ね。若い男の子は、その……アレだから」


 よくわからないが、すぐに心境の変化があるということかもしれない。

 確かにそうだ。

 だが俺は違う。俺はこの死にゲーをクリアするという目標を諦めるつもりはない。

 当然、ロゼや村人を守ることが最優先だが。

 ロゼはさっきまでと同じ表情、同じ姿勢で俺を見上げていた。

 表情が蕩けている、とろんとろんだ。

 お父さんは号泣し、お母さんは諦めたように笑い、ロゼはとろとろだった。

 よくわからないが、どうやら上手くいったようだ。

 お父さんは泣きながら足元から何かを取り出した。

 それを俺に向かい差し出してくる。

 剣だ。


「こ、ここ、これで、ロゼを……愛しい娘を、守れッッ! 傷一つつけることは許さんからなぁあぁっッッ!!」


 お父さんの手は震えていた。

 その気持ちを受けとめながら、俺は丁重に剣を受け取った。


「はい。必ず、ロゼさんを守ります。幸せにします。お父さん!!」

「う、うわああああ! なんだぁこいつぅぅぅっ! まっすぐ見つめてくるよぉぉっ!! こいつの決意がうざいんだよぉっ!! お父さんやめろよおおぉぉっ!! ママァーーっ!!」


 お父さんはお母さんの胸に飛び込み、噴水のごとき涙を溢れさせた。

 よしよしとやんわりと撫でてあげているお母さんはまるで女神のようだった。

 これで剣を手に入れた。

 ロゼや村の人を守る力を手に入れたのだ。

 だがまだ安心はできない。

 俺は弱い。これからもっと強くならなくてはならない。

 ロゼとの仲も認めてもらった。

 これからはロゼと友達だと胸を張って言えるだろう。

 ロゼが俺の袖をくいくいと引っ張った。


「こ、ここ、これから、よ、よろしくお願いします、リッド」

「うん、こちらこそよろしく頼むよ。ロゼ」


 俺たちのやり取りを見て、さらにお父さんは号泣した。

 やれやれ、ここは一発、お父さんを安心させるとしますか。


「大丈夫。俺が娘さんをきっと守りますからね、お父さん! 悪い虫は俺が退治しますんで」


 それが友達の役目ってもんだ。

 幼馴染が幸せになる障害は、すべて俺が排除してやる。


「守れなかったんだよぉーーーっ!! この悪い虫がよぉぉぉーーッッ!!」


 お父さんはさらに泣いてしまった。

 うーむ、また何か選択を間違ったのだろうか。

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