第5話 バイトマスターって所詮はバイトなのよね

「おねがいしゃっす!」


 俺は村のど真ん中、通りの中心で土下座していた。

 行き交う村人たちが何事かと見てくるが、そんなことはどうでもいい。

 額を地面にぐりぐりとこすりつけ、懇願する。


「店を手伝わせてくれだとぉ!? ふっざけんな! この食い逃げ野郎が! 先に金返せ、金をよぉっ!!」


 激高しているのは、俺が過去に食い逃げをしてしまった店の主。

 つまり酒場の店主である。

 頭は綺麗な更地で、顔には立派な髭が生えている、五十代くらいの男性だ。

 体つきはがっちりしていて職人っぽい見た目をしているが、生業は飲食店である。


「おねがいしゃっす! 真面目に働きまっす! 働いた分でお金も返します! 今までのことは本当にすみませんでした! どうか許してください!」

「けっ! 謝罪しながら頼みごとするとは、面の皮が厚い奴だ! 食い逃げするようなガキが真面目に働くわきゃねぇだろうがよぉっ!」


 ド正論である。

 俺は子供という肩書きでギリギリ許されているだけの犯罪者である。

 もう完全に俺が悪い。

 むしろ殺されてもおかしくないことをしているのに、何とか許されている。

 村の人たちは寛容で、優しすぎると本人の俺でさえ思うくらいだ。


「まぁた悪童がなんかやらかしたんか?」

「店主さんも可哀想に……あんなクソガキ袋叩きにしちまえばいいもんを」


 ひそひそと話す通行人。

 だが俺に怒りも苛立ちも憎しみもなかった。

 むしろ当たり前のことなのだ。

 俺の記憶にあるリッドは、嫌われて当然なガキだった。


「おねがいしゃっす! 俺はお金がありません! 子供なので働き口もありません! ですから働かせてください! 食い逃げ代もお返しします!」


 俺は地面とキスしそうな勢いで近づいているので、店主の顔は見えない。

 だが逡巡している気配はあった。

 沈黙の時間が数秒過ぎ、そして小さな嘆息が落ちてきた。


「……信用できねぇな。てめぇはガキだからで許される範囲を超えちまってる。仕事ってのはな、最低限の信頼がなけりゃできねぇ。みんな命がけで働いて、必死こいて努力してんだよ。てめぇはガキだからって、やりたい放題して、その思いを踏みにじった。わかるか?」

「……はい。取り返しのつかないことをしたと反省しています」


 本当に心から反省していた。

 リッドは俺じゃない。

 だが今の俺はリッドだ。

 悪事を働いたのは俺じゃないが、周りから見れば俺なのだ。

 だから、俺のせいじゃないなんて微塵も思わなかった。

 リッドの身体に転生したせいで、そういう風に思ったのかもしれないけど。

 再びの沈黙の後、今度は大きな嘆息が落ちてきた。


「最初の一か月はタダ働きだ。その分で食い逃げ代は許してやる。食事はなし。週に三回、朝から夕方まで働いてもらう。仕事は厳しいぞ。適当やったらクビだ。甘えたり、生意気な態度をとってもクビだ。どうだ? これでもやるか?」

「やります!」


 即答だった。

 俺はがばっと顔を上げて、店主の顔を真っ直ぐに見た。

 店主は俺の行動に若干驚いたようで、ちょっと後ずさりしていた。


「ほ、ほんとにやんのか? ガキだからって容赦はしねぇぞ。こき使うつもりだぜ。甘えは許さねぇし、チャンスは一回だけだ」

「ええ、もちろん。わかっています。おねがいしゃっす! 絶対に逃げません! 頑張ります!」


 俺は再び土下座する。

 勢いよく地面に頭突きしたせいで、額がひりひりする。

 だがありがたい気持ちで一杯だった。

 なんせ、仕事をすれば借金を返せて信頼も勝ち取れて、そして自分を鍛えることだってできる。

 酒場の仕事はかなり大変だ。

 重いものだって持つだろうし、体力や判断能力も必要だろう。

 しかも酒場は情報が集まる場所。

 幼いリッドでは知りえないことも知ることができるかもしれない。

 俺は『カオスソード』にかなり詳しいという自負があるが、それは表面的な情報でしかない。

 実際にゲームの世界に住むのと、ゲームとして公表された情報を知るのとでは、情報量は雲泥の差がある。

 つまり酒場の仕事は、俺に足りないものを補ってくれるのだ。

 こんなにありがたいことはない。

 もちろん、店主さんや村の人たちに申し訳ない気持ちも多分にあるので、その贖罪の意味もある。

 ただ、リッドがやらかした悪行を俺自身がしでかしたという自覚は強くないため、父親が息子のやらかしに責任を感じているという感覚に近いのだが。

 これはこれで中々にダメージが大きいものだ。


「ちっ、まあいい。そこまで言うなら見てやる。だがな、さっき言ったことを忘れんじゃねぇぞ!?」

「はい! 喜んでぇっ!」


 俺は若い頃に飲食店でバイトをしていた経験を思い出し、思わず叫んだ。

 だが店主さんには伝わらなかったようで、明らかに戸惑っている。

 おかしいな。

 俺のバイト先じゃ頭がおかしいレベルで、店員は喜び続けていたのだが。

 グルメサイトに、笑顔が気持ち悪いって言われるくらいだったのに。

 気持悪いくらい笑う方がいいって、なぜか褒められてたな本部に。


「よ、よろこ……? と、とにかく手ぇ抜くなよ! わかったらついてこい。って、てめぇ、名前なんだっけか? クソガキ」

「クソモ……あ、いえ、リッドです!」

「そうか、クソ……リッド。オレの名前はバイトだ。今後はバイトさん、あるいはマスターって呼べよ」

「はい! バイトマスター」


 なんだ、このしっくり来る感じは。

 バイトマスターは何か言いたげだったが、後頭部を掻くと嘆息した。


「……まあ、いいか。行くぞ」


 バイトマスターは何度も嘆息しながら酒場へと向かった。

 俺はワクワクしながらついていく。

 社会貢献は自己肯定の最たるものだ。

 仕事ができるって素晴らしい!

 頑張ってみんなに認められるぞ!

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