第4話 勘違いは加速する?

 素振り。

 それは剣術の基本中の基本であるということは、素人の俺にでもわかっていた。

 そこら辺で拾った太めの枝を剣に見立てて振る。


「十、十一! もう無理!」


 俺は十回程度の素振りで限界を迎えてしまい、木刀を落としてしまう。

 ぜいはあと息を荒げて、膝に手を乗せて体重をかけた。

 この身体は軟弱すぎる。いや、不健康すぎるのだ。

 普段、まともな食事をしていないのかすぐに疲れるし、筋力もまったくない。

 十歳とはいえ、さすがに体力がなさすぎる。

 その割に、ロゼをいじめる時には元気いっぱいだったのだが、どんだけロゼのこと好きだったんだよこいつ。

 俺は一旦休憩するも、すぐに鍛錬を再開した。

 五年もあると考えるか、五年しかないと考えるかは人によって違うだろう。

 俺は後者の考えだった。

 悠長にしている暇はないのだ。


「一、二! 三……ぐっ!」


 筋肉が悲鳴を上げているが無理やり木刀を振った。

 と。


「な、何してるの、リッドちゃん」


 天使のような声音が聞こえ、俺は思わず手を止めた。

 ロゼだ。

 おどおどとした様子で俺に近づいてくる。

 手にはバスケットを持っており、布で覆われていて中は見えない。

 ロゼは俺と目が合うと、なぜかすぐに目をそらした。

 昨日の一件が効いているのだろうか。

 それはそうだろう。

 嫌いだと思っている相手に、守るとか言われても「うわっ、キッモ」と思うのが当たり前だ。

 過去のリッドの所業を考えれば当然のこと。

 だからこそ俺はめげずに、ロゼに気持ちを伝え続けるしかないのだ。


「素振りだよ。剣の稽古」

「ど、どうして突然?」

「言ったろ。俺はロゼを守るって」

「ふぇっ!? え、あ、あれ本気で……?」

「もちろん本気だ。俺はロゼを守るくらいに強くならないといけない」


 五年後、俺たちは殺される運命にある。

 だが俺はそれを享受するつもりはない。

 必ず、ロゼを助けるとそう誓った。

 だが、ロゼに俺の思いは届かないだろう。

 過去の俺がロゼにした仕打ちは、彼女の気持ちを裏切る行為だったのだ。

 だから俺は真摯に、誠意をもって彼女に接する必要がある。

 俺は素振りを止めてロゼの前に立った。

 目を真っ直ぐに見つめ、真剣な表情を見せる。


「あ、え? え、と、あ、あの……」

「ロゼ」

「は、ひゃいっ!?」

「俺はロゼをこれから守り続ける」

「ま、まも!?」

「何があってもロゼを守る。俺はそのために強くなるつもりだ」

「え? え!?」


 俺はロゼの手をそっと握った。

 ロゼはびくんと体を震わせる。


「ロゼ……過去の俺は最低だった。だが俺は生まれ変わる。これから強くなる。どんな相手でも最後まで戦い、ロゼを守ると誓う。だから、どうか俺を信じて欲しい」

「あうう、ううっ、え、ええ、と、そ、そそそ、その」


 目をぐるぐると回しながらロゼはしどろもどろになっていた。

 白い肌は赤く染まり、身体は小刻みに震えていた。

 そうなっても仕方がない。

 相手は嫌われ者のリッド。

 どれだけ誠意のこもった言葉を発しても、態度を改めても、信じるに値しないはずだ。

 だがそれでも俺は伝えなければならない。


「大切なロゼを、俺は守りたいんだ」

「はひゃーーーーっ!?」


 ロゼが奇声を発し、頭が湯気が生まれた……気がした。

 どうやら気のせいだったらしいが、顔は沸騰しているのかと思うくらいに真っ赤だ。

 そんなに嫌なのだろうか。

 だが、すまないロゼ。

 俺が変わるため、この言葉や行動は必要なんだ。

 俺はロゼをじっと見つめる。

 ロゼは目を白黒させていたが、俺と目が合うと視線を逸らすことはなくなった。

 気のせいか瞳は濡れていた。いやむしろ目尻に涙が溜まっている。

 とろんと蕩けたような表情。

 間違いない。

 ロゼは……俺が嫌いすぎて、もう思考が停止してしまっている。

 ここまで嫌われているとは思わなかった。

 まさか泣かせてしまうなんて。

 ロゼは徐々に目を細めていった。

 俺はそんなロゼから手を離した。


「ごめんな、ロゼ。嫌いな相手からこんなこと言われても困るよな」

「……あ、え? え?」


 ロゼが狼狽しながら目をパチパチと動かす。

 さすがにいきなり距離を詰めすぎた。

 彼女にとって俺は好感度がマイナスに振り切った、最低最悪のクズ野郎でキモオタクソモブに外ならない。

 これ以上は、ロゼの心証を害するだろう。


「俺、ロゼに認めてもらうために頑張るから。好かれるように努力するから」

「あ、あたし、リッドちゃんのこと……そ、そこまで嫌いじゃなくて……その、あ、あの時は、お、思わず言っちゃっただけで……」

「気を使わなくていいんだ!」


 俺は、制止を促すためにロゼに向けてバッと手を伸ばした。

 なんて優しい娘なんだ。

 だがその優しさは俺たちの関係を再構築するためには障害になる。

 心から信頼し合う、そんな関係になるためには、今は正直でいないといけないのだ。


「見ていてくれ。これからの俺を」

「あ、う、うん……み、見てるよ」


 ロゼはなぜか怪訝そうにしながら、こくこくと頷いてくれた。

 今はこれで十分だ。

 ロゼの信頼を得るのはこれからなのだから。

 ありがとうロゼ。

 俺、頑張るよ。


「……あの、こ、これ」


 ロゼは俺にバスケットを渡してきた。

 中にはサンドイッチと干し肉や野菜が入っていた。

 記憶の中で、ロゼはたまにリッドに差し入れを持ってきてくれていた。

 ロゼの家はそれほど裕福ではないが、食事には困っていなかったらしく、ロゼが親に頼んで持ってきてくれていたのだ。

 なんていい娘なのか。

 それなのに過去のリッドは素直になれず、好きな娘をいじめる体たらく。

 馬鹿が! この馬鹿モブが!

 過去の過ちを埋めるには、素直に気持ちを伝えることが重要だ。

 俺は満面の笑みを浮かべた。

 そして言い放った。


「いつもありがとう! 本当に優しいな、君は! 俺はロゼが大好きだ!」


 ぼっ、という音がロゼから聞こえた。

 うん? なんだ? 何かが発火でもしたか?

 ロゼの顔は真っ赤。もはやトマトのごとく赤い。


「あ、あう、ううぅっ! よ、よよ、用事があるからぁぁぁっっ!」


 ロゼが叫びながら走り去っていく。

 圧倒的な速さ。素晴らしい俊敏性だ。

 用事があるのにわざわざ嫌いな俺のところに来て、しかも食料をわけてくれるなんて。

 ああ、ロゼ。君は本当にいい奴だ。

 俺はロゼが大好きだった。

 ゲームのキャラクターとして。


「ロゼっていいキャラだよな。うん」


 リッドはロゼのことを異性として好きだったようだが、俺にとってロゼはゲームのキャラであり、幼馴染でしかない。

 というかさ、十歳の女の子を恋愛対象と見られるわけがないしな。

 ま、ロゼには嫌われているみたいだし、これから仲良くなって、信頼関係を築けばいいさ。

 幼馴染、あるいは友達として。


「しかし、ロゼは忙しいんだな。いつも用事があるみたいだし」


 俺はロゼの優しさを再確認しながら、素振りを再開した。

 日々の積み重ねが大事なのだ。

 ゲームも同じ。失敗しても、苦しくても、何度も何度も繰り返すことで成長するのだから。

 もちろん反省と復習が必要だけどな。


「まずは素振り一万回を目指すぞ!」


 俺は目標に向かい、素振りを続けた。

 その日の素振りの最高回数は十五回だった。

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