第3話 ミッション形式ってやつ

 俺の家は掘っ立て小屋のようだった。

 ベッドもなく、クローゼットも棚もテーブルも椅子も、かまどもない。

 汚い家に使い古された毛布が一枚あるだけで、天井から吊るされた野菜と干し肉、それに部屋の端には大きな瓶があるだけだった。

 リッドは相当に貧相な生活をしているらしい。

 両親はおらず天涯孤独で、食べるものにも困っているようだ。

 性格がひん曲がるのもちょっとわかる気がする。

 まあ、だからといってロゼや村人たちへの所業を許すべきだとは思わないが。

 さて。

 まず、やることを明確にすることから始めよう。

 シース村が滅ぼされるまで、恐らくあと五年ほどだ。

 それまでに村が滅ぼされないように万全の準備をする必要がある。

 なぜなら、最序盤で起こる魔物の軍勢襲撃イベントでは【カーマインは負けるから】だ。

 多勢に無勢でカーマインは敗退を余儀なくされ、ロゼの誘導により唯一生き残るのだ。

 その結果、シース村は滅ぼされ、ロゼも最後の最後で殺される。

 シナリオの詳細はひとまず置いておこう。

 とにかく、俺の目標を定める必要がある。


 【一つ。ロゼ、そして村の連中を助けること】

 【二つ。カーマインを死なせないこと】

 【三つ。イベントまでにあらゆる準備をすること】


 この三つだ。

 まず一つ目のロゼ、そして村の連中を助けることに関して。

 優先順位はロゼ、俺、そして村の連中の順にするとしよう。

 これは僅かな迷いもなく、俺の中で決まった。

 俺は思わず、苦笑する。


「どんだけロゼのこと好きだったんだよ」


 自分の命よりも真っ先にロゼを助けようと思ったのは、俺自身の感情もあるだろうが、恐らく俺の身体、つまりリッドの気持ちが大きいように思えた。

 俺には日本での記憶もある程度残っているし、家族や恋人、友人もいたはずだ。

 自分の命が惜しいという気持ちも、もちろんある。

 だが俺もリッドも、ロゼを助けるためなら自分の命を投げ打ってもいいと迷いなく決められた。

 リッドの記憶が混ざった俺の記憶でも、ロゼのことを大事に思っているのだろう。

 そしておそらくは俺も、ゲームの中のキャラクターでしかなかったロゼに、自分でも驚くほどの感情移入をしていたらしい。

 不思議な感覚だが、悪い気分ではなかった。


 次に二つ目の【カーマインを死なせないこと】に関して。

 これは単純に、カーマインが生きていないと魔物の軍勢に対抗できないからだ。

 カーマインには主人公らしく、魔物の軍勢に対抗できる力がある。

 だが彼自身はまだ脆弱だ。

 ゆえに最終的には逃げるしかないのだが、カーマインの力は大きな助けとなる。

 だからカーマインを可能な限り生かす必要があるというわけだ。

 それにカーマインは『カオスソード』の主人公だ。

 カーマインが死ねば、世界は滅んでしまう。

 主人公補正でコンテニュー出来るかもしれないけど、希望的観測はなしにしよう。

 とにかくカーマインが死ねば村を救うことはできなくなるだろうし、俺たちも最終的に死んでしまう。

 それに、ゲームのシナリオ通りに進めなければ、俺の知っているシナリオが変わるかもしれない。

 シナリオが変われば、敵の動きも変わるかもしれないのだ。

 だから可能な限り【本編と同じ流れでシナリオを進める必要がある】。


 そして三つ目の【イベントまでにあらゆる準備をすること】に関して。

 かなり曖昧な項目だが、やるべきことが多すぎてまとめた。

 まずは俺自身の鍛錬だ。

 当然、魔物と戦うのだから、俺自身が強くなければならない。

 そのために剣術の鍛錬と、魔術などの訓練、戦いの知識や経験、技術は必要不可欠だ。

 それに関しては色々と考えているので割愛する。


 そして次に重要なのは、周りの俺に対する評価だ。

 今の俺に対する評価は最低レベル。この状態で魔物たちが現れた時に、俺が指示したり戦ったりしてもまともな連携は取れないだろう。

 信頼は得ておくに限る。

 ロゼに関してもそうだ。

 彼女はシース村イベントの要になるし、何より多少なりとも信頼関係を築かないと助けられるものも助けられない。

 彼女の信頼を得るのは最優先事項だ。

 極めつけは魔物の軍勢に対しての戦略と戦術だ。

 これに関しては俺の知識を総動員し、下準備を重ねるしかない。

 何百、何千と繰り返して【シース村戦】はプレイしているため、あらゆる情報は脳にインプットされている。

 だが、だからこそ簡単ではない。

 死にゲーの名は伊達ではないのだ。

 情報があっても、クリアできるとは限らない。

 もしもゲームならば、何度もやり直しができる。

 だがこれは現実。

 一度っきりのぶっつけ本番。

 失敗したら俺もロゼも村人も死ぬ。

 五年かけて、準備するしかないのだ。


 ちなみに、村人全員を村から退避させるのはまず無理だ。

 魔物の軍勢がやってくるなんて言っても、よほどの信頼関係があっても信じてくれないだろうし、仮に信じてくれても簡単に引っ越せるはずがない。

 現代日本と違い、この世界の人間にとって転居するというのは死と隣り合わせだ。

 新天地で生きていける保証はなく、移動する際の危険性も非常に高い。

 村人たちが村を出るのは、目の前に危険が押し寄せて逃げるしかない状態になってから、ということになるだろう。

 俺一人で逃げるのならばできるだろう。

 だが俺の目的は俺が死なないことだけじゃない。

 ロゼや村人を守るという目的がある。

 赤の他人であれば、例え知っているゲームの登場人物でも、命を懸けて守ろうとは思わなかったかもしれない。

 だが俺にはリッドの記憶がある。

 ロゼとの時間があるのだ。

 だから俺は逃げられないし、逃げるつもりもなかった。

 ま、ゲーマーとして高難易度ゲームを投げだすなんてことしたくもないしな。

 つまり、この村を守るのは必須ということだ。

 大勢の村人を守りつつ、魔物の軍勢を倒す。

 しかも死にゲーの魔物は、一体一体が尋常ではないほどに強い。

 雑魚敵一体を相手にしても、油断したら殺されるくらいだ。

 しかも俺はただのモブで、主人公のように恵まれた能力はないだろう。

 つまり、だ。


「すべてを完璧に……油断なくやるしかない」


 明日からリッドは生まれ変わる。

 そして俺自身も。

 このゲームをクリアするため、すべてを捧げるのだ。

 さあ、始めよう。

 ゲームスタートだ。

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