第2話 なんかヒロインが可愛いらしい

 『カオスソード』。

 全世界で5千万本の売り上げを誇る大ヒットアクションRPG。

 雑魚敵も強く、ちょっとしたミスで主人公が死ぬこともざらなほどの難易度をしている。

 舞台はイシュヴァという世界だ。

 簡単に言えば、中世の西洋のような世界観である。

 剣と魔術、魔物などが存在するファンタジー世界だ。

 新人冒険者である主人公カーマインには、世界を滅ぼさんとする【災厄】と戦うという宿命が待っている。

 非常にダークなファンタジーで、人が簡単に死んでいく凄惨なシナリオは、独特な魅力があり、多くのゲーマーを虜にした。

 俺もその一人だ。

 こんな魅力的で難しそうなゲームは他になかった。

 俺はすぐにどっぷりとはまり、ゲームプレイに勤しんだものだ。

 クリア回数は数百を超えるほど。

 俺にかかれば『カオスソード』をクリアするなんて赤子の手をひねるより簡単だ。

 ふっ、と笑う俺に向かい罵倒が飛んできた。


「失せろ! このクソガキがッッ! くっせぇんだよ! 俺の家に馬のクソ投げやがってよぉ!」

「食い逃げした代金を、いい加減返しやがれってんだよ!」

「ぺっ! 気持ち悪いガキが! おまえは村の恥だよ、恥! 馬に蹴られて死んじまいな!」


 なんという罵詈雑言。

 大人たちが一斉に俺を非難していた。

 おお、なんということだ。

 ただロゼと一緒に村に来ただけなのに、この仕打ちとは。

 おい、リッド。おまえマジで何やってんだよ。

 嫌われて当然だということはわかっている。

 十歳までの記憶を掘り起こすだけで、村人への悪行は数え切れなかった。

 窃盗、傷害、偽計業務妨害、器物破損、わいせつ罪と罪状は数え切れない。

 もちろん所詮は十歳の子供なので、ギリギリ子供だからと許せる範囲内ではある。

 だが人の家に馬の糞を投げたり、食い逃げしたり、女の子を追いかけまわしたり、スカートめくりをしたり、洗濯物を全部汚したり、嘘を吐いて困らせたり、落書きしたりともうやりたい放題だったようだ。

 おお、神よ。なんでこんな奴に転生させたのですか。

 せめてもっとまっとうな村人にしてくれればよかったのに。


「とにかく二度と近づくんじゃねぇぞ、クソガキが!」


 クソという単語で、俺は何かを閃いてしまった。

 いやいやまさかね。そんなはずはないよね。


「ロゼちゃん、こんな奴と付き合ったらダメだって」

「ほら、さっさと家に帰んな。君みたいないい子がこんなクソに付き合っちゃダメだよ」

「おまえマジで許さねぇからな。代金払えよ! じゃねぇと、二度と店に入れねぇからな!」


 言うだけ言ったら少しは溜飲が下がったのか、村人たちは立ち去っていった。

 俺から少し離れた場所から動向を見守っていたロゼが、おどおどしながらも近づいてくる。


「あ、あのリッドちゃん……大丈夫?」


 散々、やりたい放題されているというのに心配するとはなんと良い娘なのだろうか。

 俺は感涙する自分を何とか抑えつけた。


「ああ、大丈夫。まあ、自業自得だからな」

「そ、そう……」


 肯定も否定もできないロゼは、俺の様子をちらちらと窺っていた。

 まあ、以前の俺とは別人のように見えるだろうからな。

 さっきも母親を連れてきて、俺のことを「頭がおかしい」「どうかしちゃった」と言い続けていたし。

 結局、俺のことはどうでもいいと思ったロゼの母親が、忙しいからと言って家に帰ってしまったが。

 最後に、あんな子と付き合うのはやめなさいって言ったでしょ、と言い放って。

 うーん、しかしあそこまで言われているのに、ロゼが俺に付き合ってくれているのはなぜだろうか。


「な、なに?」

「いや、なんで俺に付き合ってくれてるのかなと思って。俺のこと嫌いじゃないのか?」


 困惑しつつもロゼは小ぶりな唇を動かした。


「え……? き、嫌い……だけど……だってリッドちゃんいじわるなんだもん」


 嫌いなんだ。

 そしてそれを言うんだ。

 意外に素直に気持ちを言う性格なのだろうか。

 ゲームだとあんまりロゼの描写がなかったからな。

 可愛かったのは覚えているけど。

 十歳のロゼも可愛い。

 さすがに俺はロリコンじゃないから、この可愛いは子供に対しての可愛いだが。

 しかし、嫌いと言われても俺はあまりショックじゃなかった。

 リッドは俺だが、別人のようにも思えるからだろうか。


「あ、ご、ごご、ごめんなさい。お、怒った……?」

「ああ、いや。別に怒ってないし、謝らなくてもいい。そう思って当然だろうからな」

「……や、やっぱりリッドちゃん、変。いつもと違うもん」


 おどおどしているが、明確に俺を訝しんでいるロゼ。

 だが俺に動揺はない。

 やましいことは何もないし、仮に俺がリッドと別人だと気づかれても大した問題はない。

 だが敢えてリッドではないと言う必要もない。色々と面倒だしな。

 とにかく堂々としていればいいのだ。


「言ったろ、俺は変わったんだ。そう、生まれ変わったのさ」


 当然、ロゼは怪訝そうにしているが仕方がない。


「で、なんで付き合ってくれてるんだ?」

「……だ、だって」


 ロゼは言いにくそうにしている。


「だって?」

「だって……ひ、一人でかわいそうだし。お、お父さんも、お母さんもいなくて寂しいと思って」

「だから嫌いでも一緒にいてくれたのか?」

「う、うん」


 なにこの天使。

 嫌いなのに、かわいそうだから、寂しそうだから一緒にいてくれたのか?

 十歳の子がそこまで考えて優しくできるとは。

 いや、大人でもこんな優しい人はいない。

 自分を優先し、関わる人を選び、同情心から優しくするなんてこともしない。

 大人の世界は子供の世界とは違い、利己的な社会であることを俺は知っている。

 ロゼは子供だ。だから純粋に優しいのかもしれない。

 しかし子供だから誰もが優しいわけではないし、誰かを慮ることができるわけでもない。

 彼女は心から優しいのだろう。

 少なくとも俺の記憶にある通りのことをロゼにしていたとしたら、嫌われるどころか、憎まれても仕方がない。

 それなのに、傍にいてくれている。

 彼女はリッドにとって、唯一の救いだったのかもしれない。

 だったらもっと優しくしろと思うのだが、リッドくんは素直になれない性格だったらしい。

 ならば少しでもリッドの気持ちを伝えてやろうじゃないか。

 俺も同じ思いだからな。


「ロゼ」

「な、なに……?」


 びくっと怯えるロゼに、俺は苦笑しながら近づいた。


「ありがとう。一緒にいてくれて」

「え? あ、え?」


 ロゼは驚き、目を白黒させて俺を見ていた。

 白い肌が僅かに朱色に染まる。


「ロゼがいてくれたから俺はさびしくなかった。感謝してるんだ。俺はロゼを大切に思ってる。今までいじわるして悪かった」

「え? え? な、なに? リッドちゃん? ど、どうしちゃったの?」


 戸惑いとは違う感情がロゼに生まれていく。

 それは動揺なのか、はたまた別のものなのか。

 俺には判然としない。 

 だがロゼの顔は徐々に紅潮していく。


「ずっと俺を助けてくれていたんだな。これからは俺が頑張るから。だから見ていてくれ。何があっても俺がロゼを守るから」

「リ、リリリ、リッドちゃん?」


 俺はロゼに近づき、細く小さい彼女の手をそっと握った。

 まっすぐ見つめ、ロゼへ真剣な思いを伝えようとする。

 ロゼは過剰なほどに狼狽し、目を泳がせ、そして顔を真っ赤にした。

 俺はただただ信じて欲しい一心でロゼの宝石のような瞳を見続けた。


「ロゼ、俺は」

「あ、ああ、あ、あた、あた、あたし……きゅぅっ」

「お、おい!?」


 ロゼはどもりにどもった後、後ろに倒れそうになる。

 俺は慌ててロゼの身体を抱きとめた。

 ぐいっと顔を引き寄せ、覗き込むと視線が絡む。


「あ、危ないな。大丈夫か、ロゼ!」

「あ、あたし、ちょ、ちょっと用事を思い出しちゃったッッ!」


 ロゼは勢いよく俺から顔を逸らすと、走り去ってしまった。

 一体、どうしてしまったというのだろうか。


「うーん、やっぱり嫌いな相手からの言葉にしては、距離が近すぎたか……もっと慎重にすべきだったか? いや、ロゼは俺がクソガキだと思っているはず。だったら、もっと誠意をもって、真剣に伝え続ける方がいいな」


 うんうんと頷きながら俺は自分の行動が正しいと信じていた。

 さっきのはロゼが驚いただけだろう。

 今後は、もっと態度と言葉で示していこう。

 大切な幼馴染であり友達なのだ。

 今までのぞんざいな扱いを考えれば、大事な人なのだと伝えていくことが肝要だ。

 そして再び、俺の脳裏によぎった言葉があった。

 さっきもそうだったが、このクソという言葉に俺は違和感を覚えたのだ。

 うーむ、正直かなり聞き心地の悪い言葉だ。

 だがスルーするべきではないと俺の本能が言っていた。


 もやもやとした気持ちのまま、俺は村の通りを歩いた。

 シース村は数十の家屋があるだけで、店は宿屋と酒場と雑貨屋と食材屋が数件あるだけだ。

 かなり寂れた村と言っていいだろう。

 冒険者ギルドもなく、旅人もほとんど訪れない僻地の村。

 ちなみに冒険者とは魔物を倒したり、危険な場所へ代わりに行って素材を採取してきてくれたり、護衛してくれたりする、いわば荒事などを担う何でも屋だ。

 ギルドは、冒険者へのバックアップや依頼斡旋等を行う互助会だ。

 まあ、大抵のゲームや小説であるから、大抵の人は知っているだろうけど。

 通りを歩きながら思考していた俺の視界に、ふと何かが映った。

 雑貨屋の窓だった。

 窓が外の風景を映し出していることに気づき、ふと自分の顔を見ていないことを思い出した。

 記憶には自分の顔はなかった。

 リッドには鏡を見る習慣がなかったせいだろうか。

 俺は雑貨屋の窓に近づくと自分の顔を見た。

 そこにいたのは。


「ク、クソモブ!?」


 そう、間違いなく『カオスソード』のシース村のクソモブだった。

 かなり幼いが間違いない。

 茶色のくせっ毛に卑屈そうな顔に、似合わない泣きぼくろがある。

 こんな顔立ちはあいつしかいない。

 そう、クソモブだ。

 シース村に到着したカーマインに一々突っかかってくる、十五歳くらいの少年がいた。

 そいつは初対面でカーマインを侮辱し、馬鹿にし、何かにつけて邪魔をしてくる最低なクソ野郎だった。

 今、思えばロゼのことが好きだったリッドが、カーマインに難癖をつけていたのだろうと想像はできる。

 しかも名前はなく『少年』という扱いだった。

 こいつはシナリオにあまり絡んで来ず、登場シーンは数分程度だった。

 だがその所業があまりにウザすぎて、クソモブと呼ばれることになったのだ。

 俺もこいつに腹を立てたことを覚えている。

 村が滅んだ時、こいつが死んだことは喜ばしいことだと思ったくらいだ。

 ロゼは助けたかったけども。

 よりにもよってクソモブに転生するとは。

 ああ、なんてこった。

 そりゃあのウザさだ、村人たちにも嫌われるだろうよ。

 俺は嘆息した。それはそれは長い嘆息だった。

 前途多難だな、という思いを吐き出すしかなかったのだ。

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