第3話 食えない奴
「最近、高校生を狙った金銭問題が深刻になってるみたいですよ?」
俺は今、教室で道標と2人でいる。いや、1と1であったものを奴が合流して2になったのだ。
「ところで、そのプリントは今日提出のものですよね?もう放課後ですよ?」
「適当に突っ込んで家から持ってきたらクシャクシャになったんだ。だからこうして書き直しているんだ」
「そうなんですね、それは大変ですね」
そのまま互いに無言の時間が流れた後、道標が口を開いた。
「そういえば、うちの部活は学校祭で何らかの活動はするんですか?」
道流の奴、説明してないのか・・・俺はペンを走らせながら答える。
「するぞ、と言っても小さな文集を出す程度だがな」
その答えに、道標は普段よりも明るいトーンで答える。
「文集!いいですね、何だか青春の香りがしてきます」
・・・なんじゃそりゃ
「だが文集を作るのは楽じゃないぞ?部員全員がそれぞれ詩とエッセイ、短編小説を書かないといけないからな」
「なるほど、それは何とも達成のし甲斐がありますね!」
「お前、すごいな」
そこで不意に教室の扉が開いた。そして、俺はそこにいた人間に思わずため息が漏れてしまった。
「やあ紫月君、やっぱりここにいたか」
そう言いながら近づいてくる女を横目に、道標が俺に尋ねる。
「この人、どなたですか?」
「こいつは、
「その通り、私は2年風紀委員の物部紬だ。よろしく頼むよ、道標舞香君」
そう言って物部は道標に手を差し出す。それに応えて手を差し出そうとする道標に、俺は1つ忠告する。
「気をつけろ、そいつはエゴのために他人を利用する善人ぶった狂人だ」
その言葉に道標の手が止まった。そして物部が笑みをこぼしながら話し始める。
「狂人、ねえ。好き勝手言ってくれるじゃないか。だけど何度も言っている筈だ、私がエゴのために利用するのはただ1人」
「紫月君、君だけだっ・・・て」
そのジトッとした、山林の夜のような真っ黒い物部の瞳を見つめながら俺は答える。
「そうかよ、で?俺に何の用だよ?俺は今見ての通り忙しい」
「大丈夫さ、書きながら聞いてくれれば良い。今現在風紀委員の間で問題になっていることについてね・・・」
我が校の購買は非常に需要が高く、人気商品が多くあるのは知っているだろう?故に売り上げも大層なことになっているらしい、しかし
「今月、購買の売り上げとレジの金額が大きく合わなかったらしいんだ」
俺が聞く半分書く半分でいると、そこで道標が疑問を呈する。
「それは・・・単なるミスでは無いのですか?」
しかし、道標のこの問いを、物部は一蹴した。
「そんな簡単な話なら問題になどなっていないさ。まあ最後まで聞いてくれ道標舞香君」
我々はまず、購買部の人間である若林さん。よくレジに立っている若い男と歳を召した女性がいるだろう?その男の方に原因に心当たりはあるか尋ねたのさ。そしたら、
『理由は分からない。だが日に数千円ずつずれている』
と、いうことらしい。
「なのでそれ以降、我々は学校の清浄化のために謎を追っているのさ」
そう言うと物部は俺に尋ねる。
「どうだい?何か分かりそうかい?」
「物部、俺は神じゃ無いんだ。それだけの情報で分かるわけがない」
すると物部はニヤリと笑って答える。
「それもそうだな、それではこれから我々が得た情報を教えよう」
「調べてみると意外なことに利用者数が最近減ってきているらしいんだ。というのも行列を避けるために部活に所属している上級生数名で下級生1人をパシリをさせているそうだ」
なるほど、ここで俺はダメ元で1つの案を投じる。
「じゃあ、そのパシられた下級生が会計の時にちょろまかしてるんじゃないのか?」
しかし、それはすぐに物部によって否定される。
「それは無いさ、そんなことしたら教員から大目玉さ。事実、それが原因で学校を辞めている生徒もいるからね」
そうか・・・
「ダメだ、これだけの情報ではどうしようもない。お手上げだ」
すると物部は眉を寄せ、困ったように言った。
「それは大変だ、私の名誉が逃げてしまうじゃないか。うーん、じゃあせめてこの情報も聞いてから判断してくれないか?」
「一応、聞いておいてやる」
「だが大した情報じゃないさ。今月は老婆のレジに並ぶ人が多くなっているらしいのさ」
「そうか・・・」
合わない金額・・・減った利用者数・・・人気な老婆のレジ・・・となると後は・・・
「物部、パシッてる部が何部か分かるか?」
「パシッている部かい?確か野球部とラグビー部、あとはバスケ部だったかな」
「そうか、分かった」
やはりそうか・・・だとしたら・・・
「優さん、分かったんですか?」
「ああ、って何でお前が分かるんだよ道標」
「だって優さん、この前分かった時と同じことしてたので・・・」
何という失態・・・っ!だが俺は開き直って答える。
「ああ、1つの可能性を得た」
その言葉に物部が反応する。
「ほう、聞かせてもらおうじゃないか」
「ああ・・・」
俺はそう言って1つ咳払いをすると話を始める。
「まず結論として、この問題はパシられた下級生と老婆によって起きている」
「それは面白い考えだが、証拠はあるのかい?」
「無い、だがその蓋然性を引き上げる要素はある」
まず前提として下級生と上級生には圧倒的な立場の差がある。満足に金も出して貰えなかったんだろう、その下級生はお金が尽きてしまった。そこでそいつはある行動に出た。
「それは、偽札を使うことだ」
そのあまりにも突飛な意見に、道標が食いつく。
「それは、少し突然すぎませんか?」
「まあな、だがそう考えると後の考えに整合性がつく」
ある日、そいつは金銭問題を起こしている親元のグループの1人に近づき偽札を手に入れた。そしてそいつをバレにくい老婆に使った。そしてその時はバレなかった、しかし後になって問題は起きた。
「老婆が偽札に気づいたんだ」
だが老婆は使った生徒の今後を考え、偽札をレジから引き抜いた・・・
「これが俺が提示するズレの可能性だ」
「なるほど、だが何故偽札を使ったのがその下級生だと断言できるんだい?」
「それは、日のズレが数千円だからだ」
俺がそう言うと道標が追うように尋ねる。
「どういうことですか?」
「冷静になって考えてみろ、購買一回で使う値段なんて一般生徒はパンと菓子で600円が相場ってところだろ?それに対して1,000円の偽札を使って、それを引き抜いてもせいぜい誤差は数百円だ」
「だが運動部、特に野球部やラグビー部なんかは違う。恐ろしい量を食べる。故に値段は跳ね上がり、使う札は10,000円札になる。するとそれを引き抜くと誤差は数千円になる」
そこまで言い終えると、俺はプリントの最後の文字を書き終える。
「なるほど、つまり犯人は上級生のパシリをされている運動部の下級生。の可能性が高いということになるね」
「そうだと思うが、他に言わない方がいいだろう」
その言葉に物部は首を傾げ尋ねる。
「それは何故だい?」
「もしこの事が本当ならその生徒はもれなく退学、もしくはそれに準ずる罰を受ける。それはその生徒を守ろうとしたその老婆にとってあまりにも残酷な仕打ちだ」
俺がそう言うと、奴はいつになくジトッとした目つきで言った。
「それがどうかしたのかい?その購買部の老婆の努力や下級生の後先みたいなのは、私に関係ないだろう?」
そう言いながら物部は席を立ち退出する。そして教室を出る直前、彼女は笑顔で言った。
「それに私は、風紀委員だからね」
奴が退出して少しして、道標が口を開いた。
「何だか、とても底知れない恐怖のある人でした・・・」
「それで正しい、今後会ったら近づくなよ」
「・・・気をつけます」
後日、購買閉鎖と偽札流通の警告のプリントが配られ、市から物部へ感謝状が渡された。
厭世少年と幽霊少女 神在月 @kamiarizuki10
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