第2話 大人気の一冊

 昨日の幽霊事件の一件から数日経ち、我が文芸部に小さな変化が訪れた。それは・・・


「私、最近思うんですよ、コーヒーはブラックで飲むものじゃないって」


「確かに、良く『この苦味がー』とか『このブラックの香りがー』って良く言われるけど、正直砂糖の1杯や2杯で変わるとは思わないね」


 幽霊の正体であるところの道標舞香が、この文芸部に所属したということだ。


 だが、ただ入ってきただけなら俺はとやかく言わない。だがこの道標という女、清楚な見た目とは裏腹にお喋りがこの上なく好きなのだ。その影響は勿論俺にまで・・・


「優さんはどう思いますか!?」


 ほらきた、言ってればこれだ。俺は答える。


「俺はそもそもコーヒーが苦手だ。砂糖の有無に関わらずな」


「えっ!じゃあ普段ゆっくりしたい時は何を飲んでいらっしゃるんですか?」


「何だっていいだろ、そもそもゆっくりしたいのにカフェインたっぷりの飲み物飲むやつの気が俺は知れない」


 俺のこの言葉に、道標は頬を少し膨らませて答える。


「むう、優さん!今のはコーヒー党の人間として聞き捨てなりません!」


 あわやディベート開始というところで道流が止めに入る。


「まあまあ、2人とも落ち着きなよ。そんなの人の好み、千差万別ってことで良いじゃないか、舞香さんも席に座りな」


 その言葉に冷静さを取り戻したのか、道標は席に座り一つ息を吐いて俺に言う。


「そもそも、コーヒーが飲めない文学部なんて風情がないと思います」


「なっ!それこそ人のかっ・・・」


 俺がそこまで言いかけると、道標は何か思い出したのか大きな声を上げる。


「あっ!そうでした!」


「文学で思い出しました、私最近とある謎に苛まれているんです」


 謎という単語に興味を惹かれたのか、道流が道標に尋ねる。


「へえ、それは一体どんな謎なんだい?教えてよ」


「はい、分かりました」


 これは、今現在も図書室で私が遭遇していることなんですが、私、最近とあるシリーズ物の小説にハマってまして、図書室でそれを1巻から借りて読んでいたんです。ですが・・・


「その本の5巻がいつまで経っても借りる事ができないんです」


「だってさ、優」


 突然の指名に驚きながらも俺は答える。


「俺は特に手伝わないぞ、そんな義理は俺に無いからな」


「そんなことありません!」


 道標は、そう鼻息荒く立ち上がると、俺の目を見て言った。


「この謎には文学的要素があるはずです!」


 俺はそう言う道標の見たものを離さない目の輝きに少し見入ってしまったが、すぐに道流を睨みつける。こんな言葉を教えるのは道流を持って他にいないからだ。


 しかし、道流は飄々と言った。


「でも、興味深いとは思わないかい?」


 俺は無言で目線を外し、椅子に深く掛け直す。


 それを肯定と受け取った道流は道標に尋ねる。


「それは、大体いつ頃から気づいたの?」


「そうですね、大体3週間ほど前ですかね」


 確かうちの学校の図書室の貸出期限は2週間だったはずだ。誰かが忘れでもしない限りは一度は図書室にその本が帰ってきているはずだ。


 俺は念のため道標に尋ねる。


「誰かが借りっぱなしにしてるとかではないのか?」


「いえ、図書委員のお方に話は聞いてみたのですが、1人が独占してるのではなく矢継ぎ早に別の人が借りているそうです」


 なるほど、これは思っていたより厄介な謎だ・・・


「ちなみにその本はなんてタイトルなんだ?」


「えっと、[瑠璃色金魚の空]という作品です」


 その名前に道流が反応する。


「瑠璃空ってやつだね、確か映像化したんだっけ?」


「いえ、確かこれからだった筈です」


 その言葉に、道流が首を傾げながら答える。


「そうだったっけ?まあ、どっちでもいいけどね」


 実に勝手なことだ。


 俺はとりあえず、1つの可能性を提示する。


「もしかしたら、その映像化のせいで人気が集中して借りれないんじゃないか?」


 俺のこの推察を、道流はすぐさま否定した。


「ありえないよ、仮に映像化で人気が高まっていたとしたら借りられるのは1巻からで5巻に人気が過剰に集ることは無いと思うよ」


 確かに、それもそうだ・・・


 俺が次の考えを思案している間、道流が自身の考えを発表する。


「僕の考えとしてはね、この本が何かしらの秘密のやり取りに使われてると思うんだ。だとしたらこういう中途半端なものが多く借りられる理由にもなる」


 俺は一瞬なるほどと思ったが、それは舞香によって否定された。


「だとしたらもっと地味な長い間借りられてなさそうな本が選ばれるべきです。こんな映像化もされるような人気作では私のようにハマった人が存在を勘付いてしまうかもしれません」


「そっか・・・確かにそれもそうだね」


 そして、教室には道流と道標のうーむと唸る声だけが響いていた。その中で俺は考える。


 シリーズの小説、多くの人が借りる途中の巻、あと一歩、あと一歩踏み込める分の情報があれば・・・


 すると不意に道流が口を開く。


「やっぱり瑠璃空、もう映像化されてたはずなんだよなあ」


「いえ、絶対これからです!」


 映像化、2人の意見の矛盾・・・そうか、だとしたら・・・


「どうかなさいました?」


 気づくと道標の顔が目の前にあった。俺は思わず目を逸らし答える。


「いや、何でもない」


「そうですか?急に目を伏せたので何かあったのかと・・・」


 その言葉に道流はハハーンと分かったような反応をして俺に尋ねる。


「もしかして優、謎が解けたのかい?」


「ああ、一つの可能性を得た」


 その言葉に道標は目を輝かせて言った。


「ホントですか!ぜひお聞かせください!」


 俺は道標を落ち着かせるためにも1つ咳払いし、そして話を始める。


「まず初めに全体から話すと、今回問題になっている本はシリーズ物の5作目で中々の人気作。そして、誰か1人が借りパクしているという訳でもない」


 2人は相槌代わりに首を縦に振る。俺は構わず話を続ける。


「じゃあ一体何故、この本が過剰な人気を誇っているのか。それは・・・」


「この作品が映像化されるからだ」


 俺のこの言葉に舞香が反論する。


「それは最初に否定されたはずです!」


「そうだ、だかそれはあくまで1巻の中身から始まったらの話だ」


「と、言いますと?」


「要するに今度映像化されるのは5巻中身だけ、つまりだということだ」


 ここまで話し合えると、道流が納得した表情とトーンで言った。


「なるほど、だから僕と舞香さんで意見が合わなかったんだね」


「ああ、恐らくお前が考えてることで正解だ」


「えっと、つまりどういう事ですか?」


 そう道標の疑問を投げかけてきたのを、道流が答える。


「僕と舞香さん、それぞれ映像化と言って指していたものが違ったんだよ。舞香さんが瑠璃空について調べたのは最近だろ?」


「え、ええ。その通りです・・・」


「やっぱりね、僕は逆に調べたのが2年くらい前でそこそこ昔なんだ。だから最新の映画化を知らなかった。逆に舞香さんは調べたのが最近だったから昔のドラマ化のことを知らなかった。だから情報が噛み合わなかったんだ」


 すると道標は、納得したのか普段よりも小さいトーンでなるほどと呟いた。


 そして俺は最後にさらに情報を補完する。


「しかも、劇場版なら一度その作品を見た層がメインになるだろうから1巻をもう既に読んでいて該当箇所だけ読もうとする。結果、その巻だけが人気になったって訳だ」


 そこまで言い終えると、俺は手元にあるペットボトルの紅茶を一口飲んだ。


「そう、ですね・・・確かにそれなら納得できます。流石ですね、優さん」


「そんな買い被るほどの物じゃない、そもそも正しいと決まった訳じゃないしな」


「だとしてもここまで出来るなんてすごいですよ!」


 その屈託のない表情に俺は思わずため息が漏れてしまった。


「いいか道標、推理ってのは筋さえ通ればどうとでもなるものなんだ。だからその気と時間さえなればお前だって出来るはずだ」


「そうなんですか?そうでしたら私、頑張りますね」


「ぜひそうしてくれれば俺も楽になる」


 その日はそのまま解散となった。後日、近所の映画館には[劇場版 瑠璃色金魚と空]のポスターが貼られていた・・・

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