厭世少年と幽霊少女

神在月

第1話 吹奏楽部の幽霊

 誰しもが自分自身の人生の主人公だ。と言う言葉はおそらく誰もがなんとなく聞いたことがある言葉だろう。


 それ自身はきっと正しく、そして美しいものだ。だが、はたしてこの言葉はそこで打ち止めしていいものだろうか?


 俺はそうは思わない。仮に全員が主人公だとしても、その善し悪しは千差万別。誰もが羨む英雄譚である人もいれば、フリーマーケットで売りに出しても売れ残る駄本のような人もいるだろう。


 そして、そんな駄本な我々は、ただその英雄譚を羨むことしかできないと・・・


「なるほどね、それは確かにそうかもしれないね。でも厭世的すぎる。もしかして人間失格でも読んだかい?」


 俺、紫月優しづきゆうの渾身の演説を、この長万部道流おしゃまんべみちるは厭世的と切り捨てた。そして、あろうことか他人からの影響かと尋ねてきた。俺は、腹が立ちそうになるのを抑えて答える。


「何を言う。これはれっきとした俺自身で考え得た人間という生き物の人生観の到達点だ」


「ふーん、まぁ、僕に言わせればそんなのはどうだって言いで終わる事に変わりはないけどね」


 これ以上コイツと会話してもつまらん。俺は帰るためにバックを手に取った。しかし、それを道流が止めに入る。


「待った待った、今日は優に話があって来たんだ」


「話だと?」


「そう、それもズバリ!放課後の吹奏楽部員の霊の話さ」


「興味がない、帰る」


 そう言って歩を進めようとした俺を、さらに道流が止めに入る。


「そう言うと思ったよ、けどね?この話にはきっと、文学的要素があるはずなんだ」


 文学?なるほど、それは非常に興味深い。俺は空かせていた腰を再び席に落ち着ける。


 それを見て、道流は安堵し話を続ける。


「やっと聞いてくれる気になったかい?」


「うるさい、サッサと話を始めろ」


「はいはい、まあゆっくり聞いてくれよ」


 うちの学校の吹奏楽部が木曜日休みなのは知っているかい?まぁ、知っててもいなくてもどっちでもいいけど、とにかく木曜日は休みなのさ。


 だから毎週木曜日の放課後は、音楽室の前は静かなはずなんだ。だけど先週、異変は訪れたんだ。


 ある木曜日、隣のクラスの子が音楽室の前を通り過ぎようとしたらピアノの音が聞こえたんだ。今日は木曜日だから音がするはずない。そう思ったけど、やはりその音楽室からはピアノの音がする。そこで少女は、恐る恐る中をのぞいてみたんだ。すると・・・


「髪の長い女の子が暗い教室の中で黙々とピアノを弾いていたんだ!」


 その道流の言葉に、俺は思わずため息をこぼしてしまった。


「そんなの、ただ髪の長い女子生徒が鍵を借りてピアノを弾いていただけだろ?」


 俺のその言葉に、道流は待ってましたとばかりに言葉を返す。


「ノンノン、話はそんな簡単じゃないのさ」


 その霊を見た女の子は、自分が見たものが霊か確かめるために職員室に行ったんだ。職員室に行って鍵があれば幽霊、無ければ誰かが鍵を借りたっ、てね。


 そして、その子は職員室に着いて担当の、つまり音楽の先生に鍵はあるかと尋ねたんだ。すると先生は・・・


『鍵・・・?鍵なら・・・』


 そこまで言うと先生は机の中を確認しようとしたんだ。そこで先生はハッとした表情を浮かべると、しどろもどろになりながら、その生徒に言ったんだ。


『鍵は誰にも貸していない・・・話はこれまでだ。帰ってくれ』


 そう、戸惑いながら答えたんだ。まるで何かに怯えるかのように・・・


「それ以降、音楽室には、音楽の挫折をきっかけに自殺した女の子の霊が出るって噂が出来たのさ」


 そこまで話すと教室に1人の人が訪れた。それは、脚立を持った用務員だった。


 きっとこの教室で作業があるのだろうと思い俺たちは荷物を持って席を立つ。そして、道流が俺に提案する。


「しょうがない、この続きは部室でしようか」


「・・・そうだな」


 そうして部室へ向かう途中、俺は1つ気になった事ができたため教室へと戻る。


「ちょっと、どこに行くのさ優」


「忘れ物だ、先に行っててくれ」


 ・・・・・・


「すまない、遅くなった」


「いいさいいさ、僕は無益な時間も嫌いじゃないからね」


 その道流の言葉を聞きながら、俺は席に座る。俺たちは我が校の文芸部の数少ないメンバーだ。昔はそこそこ大きな部活だったらしいが少子化の煽りを受け、規模が縮小していったらしい。


「で?謎はもう解けたのかい?」


「随分な賭けに出たな、まだ俺は何も言っていないぞ」


 すると道流は、不敵に微笑んで言った。


「だって、わざわざ優が帰宅じゃなくて話の延長に賛同したんだ。こんなの、今に話に考えがあるとしか思えないね」


 知った口を・・・だが事実である。俺には1つ考え得るものがあった。だが念押しの情報が足りない。俺は道流に尋ねる。


「なあ、道流。お前って確か音楽選択だったよな?」


「うん、そうだよ」


「そうか、じゃあ音楽の先生がどんな先生か教えてくれないか?」


 その言葉に、道流は怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐに話し始める。


「そうだなぁ、至って普通の先生だよ。でも、おっちょこちょいで授業が止まったり、余計な話で授業が進まないのが、たまにきずかな」


「そうか・・・」


 であれば、この真実が最も合理的か。


「参考になったかい?」


「ああ、とりあえず1つの答えを得た」


「本当かい!?じゃあぜひ聞かせてくれよ」


 その道流の言葉に、俺は1つ咳払いをして話を始める。


「まず結論からだ。幽霊の正体はただ女子生徒だ」


「ほう、それにしては違和感が多い気がするけれど、説明願えるかな?」


「ああ、まずは暗い教室の中、という点だが、これは眩しいか暗いかの2択の末、暗いを選んだんだろう」


「2択?どういう事だい?」


「先週の水曜日、蛍光灯の取り替えが行われたんだ。そのせいで前までよりも明るくなったのをその少女は眩しいと感じ、電気を消した」


「ちょっと待った!そもそも何で取り替えが行われたなんて分かるんだい?」


「さっき、教室に脚立を持った用務員が入ってきただろ?教室で脚立を使う時なんて天井に用がある時に決まってる」


「事実、俺が用務員に聞くとそいつは俺の予想通り、先週の水曜日に音楽室の蛍光灯の取り替えをしたと言っていた」


その言葉を受けてなお、道流は反論する。


「けど、教室の電気を消してたら真っ暗で手元が見えないじゃないか」


「お前、冷静になって考えてみろよ。廊下からピアノが見えたってことは、それだけの光量がそこに届いてたってことだ」


 その発言に道流はハッとした表情を浮かべたが、すぐに次の反論に入る。


「じゃ、じゃああの先生の動揺は何なのさ?」


「それはだな、その先生が鍵を貸していることを忘れていたからさ」


「?つまりどういうことだい?」


「つまりだな・・・」


 音楽の先生はとある女子生徒に鍵を貸し出した。そして、その時その女子生徒は、自分が鍵を借りたことは秘密にしてくれと頼んだのさ


 そして、暫くして、別の女子生徒が職員室に来て音楽室の鍵はあるかと尋ねた。


「しかし、そこで悲劇は起こった」


 先生は鍵を貸しているのを忘れていたんだ。そして、机を少し開け、鍵が無いのを見て思い出したんだ。鍵を貸し出していたことと、その事を内密にしないといけない事を・・・


「だからその真実を隠すために、しどろもどろになって、あんな事を言ったってところだ」


 そこまで述べると、道流は少し唸ったあと、納得したように言った。


「なるほどね、あの先生ならそうなるのも仕方がない。悔しいけど、多分その通りだろうね」


 俺は満足して帰ろうとする。しかし、それもまた、道流が止める。


「待って、じゃあ何でその女の子は借りた事を秘密にしたんだい?」


「それはこの情報だけじゃ分からない。だが今言えるのは、その方が真実として都合が良いという事だ」


 すると道流は、ニヤリと笑って言った。


「じゃあ、今日は珍しく吹部が休みだ。幽霊に直接聞いてみようじゃないか」


「・・・は?」


 ・・・・・・


 そうして、俺と道流は音楽室の前にやってきた。


「本当にピアノの音が聞こえるんだな」


「そうだね、じゃあ優、お先にどうぞ」


「何で俺が!」


「きっと僕よりも気になっているからさ」


 その言葉に俺は何も言い返せなかった。この扉の先の真実に、俺はある種の好奇心を抱いていたからだ。


「分かった、それじゃあ入るぞ」


 そう言うと、俺は思い切って扉を開け電気をつける。すると、1人の女生徒が驚いた顔をしてコチラを見ていた。


「だ、誰ですかっ!?って・・・紫月さんに長万部さん?」


 不意に苗字を呼ばれびっくりしている俺を他所に道流はその生徒と話を始める。


「舞香さんじゃないか!なあんだ、幽霊って舞香さんだったのか」


「誰だそいつは?」


 すると、道流はやれやれと首を振って話し始める。


「優、知らないのかい?同じクラスの道標みちしるべ舞香まいかさんだよ」


「すまん、全く覚えてない」


 俺はそう言ってその女生徒を改めて確認する。背は女子にしては高く、髪は惚れ惚れしてしまうほど美しい黒の長髪。顔のパーツはかなり整っている。


「ところで、何で鍵を借りた事を誰にも言わないよう先生に言ってたんだい?」


「な、何でその事を知ってるんですか!?」


「それは、あくまで優の考察だけど、反応を見るにそれで正しいみたいだね」


「そう、だったんですね。これは一本取られてしまいました」


すると舞香は、少し気恥ずかしそうに話し始めた。


「えっと、言わないようにしてもらった理由と致しましては、その、誰にも見られたくなかったから・・・です」


 そんな事だろうなと思い、俺は道標の方を見た。そして目が合うと向こうは優しく微笑んできた。


 目が合い微笑む彼女に俺は、この先の自分の人生の波乱と充実を予感していた・・・

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