第6話 からかい上手の綿貫さん。
「おー、結構並んでんなー」
隣で綿貫さんが手で庇を作りながら、間延びした声でそう言った。
何か言葉を返すべきなんだろうけど、今の俺にその余裕はない。
何故なら、女子と二人で出かけるなんて初めてだから。
前世でどれだけの徳を積めばこんな状況が爆誕するんだろう。俺みたいなぼっちオタクが綿貫さんと二人でコラボカフェに行くことができるなんて。前世のことなんて一ミリも覚えていないけれど、感謝ぐらいはしておかねば。
「ありがとう前世の誰かさんこの幸せを噛み締めます……」
「ブツクサ何言ってんだよ」
「前世に感謝してた」
「本当に何言ってんの???」
綿貫さんに首を傾げられてしまった。
これ以上訳の分からないことを言って幻滅されたくはないので、俺は別のものに意識を向けることにした。
「そ、それにしても、綿貫さんもこういうの興味あるとは思わなかったよ」
「これでも結構イベントとかにも行ったりすんのよ。声優のライブとかね。ま、クラスの奴らにバレたくないから一人で行くし、基本的には変装してるけど」
「眼鏡かけたりとかな」綿貫さんはそう言いながら、眼鏡をかけるフリを見せてくる。
「俺は近場でやってるのにしか行ったことないから、ライブってどういうものなのか全然想像できないや」
「へー意外。唯野はガンガン参加してるイメージだったわ」
「ガチャにバイト代を全額入れたりしちゃうから、基本的にお金がないんだよね。あはは……」
我ながら情けない理由だと思う。
だけど、悔いなどは一切ない。これもまた俺なりのオタ活だから。
「ふうん。じゃ、今度一緒に行こうよ。私が奢ってやるからさ」
「いやいやいや! 奢らせるのは流石に悪いよ!」
「私がオタクだってこと隠してくれてるから、そのお礼ってことで」
「まだ一日二日しか経ってないんだから、それを理由に奢ってもらうのは流石に悪いって」
「ンだよ。バラすつもりなの?」
「そうは言ってないでしょうよ!」
「あはは。冗談だって。唯野がそういうことしない人間だってのは、なんか分かってきたし」
からかわれたのか。こういうノリに慣れていないから、めちゃくちゃ焦ってしまったじゃないか。
動揺が顔に出ていたのか、綿貫さんはニヤニヤ笑顔をこちらに向けてくる。
「じゃ、私の秘密を一か月守ってくれたら、ライブ奢ってやるよ。今までありがとうこれからもよろしく、の意味も込めてさ」
「普通に自分のお金で行くからいいって」
「ふうん。男のプライドってやつ?」
「そんな感じ。一緒に行けるのは嬉しいけど、奢るってなると話は別だよ」
「……私と一緒に行けるのは嬉しいんだ?(ニヤニヤ)」
「こ、言葉の挙げ足を取らないでいただきたいッ!」
「あはは。ごめんごめん。緊張してる唯野をいじるの、面白くって」
「女子と二人で出かけたことなんてないんだからしょうがないだろ……」
「だと思った。唯野、あんまりモテなさそうだし」
「ガハッ!」
「顔はいいと思うんだけどねー。髪型とか、服装とか。もうちょっとこだわんないと女子は見向きもしないんじゃね?」
「ゴハァッ!」
「あはは! やっぱ唯野リアクション面白いわ」
満身創痍の俺を指さしながらケラケラと笑う綿貫さん。
完全にペースを握られてしまっている。女子とまともに話したことがほとんどないから、ここからどうすれば逆転できるのかすら分からない。こんなことなら、もっとリアルの女性との会話を経験しておくべきだった。
「お、次は私たちの番っぽいな――って、なに泣いてんの?」
「自分の人生経験の薄さが情けなくて……」
「ふうん」
俺の言葉に何を思ったのか、綿貫さんはニヤニヤしたまま俺の耳元に唇を近づけ――
「——今日の初めては、私がもらってやるよ」
「っ!?」
「あはは。顔真っ赤ー」
「も、もう! からかわないでってば……」
「ごめんごめん。ほら、店員さんに呼ばれてるから、早く行こーぜ」
そう言うと、綿貫さんは俺の手を握り、店内に向かって歩き始めた。
女子と手を繋ぐのも初めてなんだけど……またからかわれるのも癪なので、とりあえず黙っておくことにしよう。
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