第5話 優しくてかわいい綿貫さん。


 綿貫さんから悪態をつかれた後、俺は何故か御二方と一緒に食卓を囲んでいた。


「ぽぽちゃんはねぇ、素直じゃないから引くよりも押してあげないと難しいよー」

「なるほど……」

「なるほどじゃねーわ。勘違いだって言ってんだろ」


 身振り手振りを加えながら綿貫さんの説明をしてくる陸奥さん。どう反応すれば分からず、つい相槌を打ってしまう。


「コイツとはただのクラスメイト。それ以上でもそれ以下でもねーよ。隣の席だから他の男子よりは話すようになったってだけだ」

「えー? でもさっきいろいろあったって……」

「コイツには妄想癖があるんだよ」

「綿貫さん!?」

「あー……唯野くんも大変なんだねぇ……」

「陸奥さんまで! 違うから! 妄想癖とかないから! 綿貫さん、なにデタラメ並べてるの!?」

「さっきのやり返しだよ。ばーか」


 そう言って、可愛らしく舌を出す綿貫さん。顔がいいので、そんな些細な所作ですらつい見惚れてしまいそうになる。ワイルドな魅力とはこのことを言うのかもしれない。


「ん? なんだよ」

「な、なんでもない」


 見ていたことを誤魔化すように、鞄の中から弁当箱を取り出す。かつて「とあレコ」で一か月だけ限定販売された、痛弁当箱である。


「唯野くんのそのお弁当箱に書かれてるの、何のキャラ?」

「九条光莉です」

「くじょ……なんて?」

「『とあレコ』のヒロインです。触れた者を癒す『万能なる女神マリア』という能力を持っていて、主人公をいつもそばで支える存在なんです」

「?????」


 しまった。

 好きな作品について聞かれたから、つい早口で捲し立ててしまった。ど、どうする? 陸奥さんの顔を見てみろ。完全にドン引きされてるぞ……?


 俺の高校生活の終焉の気配を感じ取るが、そこに綿貫さんが助け舟を出してきた。


「ラノベだよ、ラノベ。ほら、あの表紙にキャラクターがデカデカと描かれてる小説あんだろ? あれだよあれ」

「あ、あの本か! ラノベって言うんだね、知らなかったー。ぽぽちゃん、詳しいねー?」

「……前に漫画と間違って買いそうになったから、また間違えないようにちょっと調べたんだよ」

「ふーん。そうなんだー」


 興味があるのかないのか、俺の弁当箱を見つめながら、陸奥さんは卵焼きをもっきゅもっきゅと食していく。


 まさか綿貫さんが俺を助けてくれるとは。同好の士の好でだろうか。あのまま言葉を垂れ流していたら、陸奥さんから本気でドン引きされてしまっていただろうし、本当に助かった。


 陸奥さんの目を盗み、lineで綿貫さんに感謝を伝える。

 数秒足らずで返信が来た。


『貸しイチな』


 思わず綿貫さんの方を見ると、彼女は俺にしか見えないように、悪戯っぽく舌を出した。



   ★★★



 満腹と寝不足のダブルパンチにより、午後の授業もほとんど集中できなかった。

 そうして迎えた放課後。脇目も振らずに家に帰って爆睡するのが定石なのだろうけど、俺はあえてそうしなかった。

 何故なら、これから大切な用事があるからである。


「『とあレコ』のコラボカフェに行かねば……!」


 コラボカフェというのは、アニメ作品などとコラボし、限定メニューなどをお出ししてくれるカフェのことだ。女性向け作品とコラボすることが多いんだけど、今回は俺の推し作品である「とあレコ」とコラボすることになっていた。


「ぽぽちゃーん。みんなでこれからカラオケ行くから、一緒にいこー」

「そんな大きな声出さなくても聞こえてるって」

「だって一緒に遊びたかったんだもーん」

「なんだよそれ」


 隣の席で荷物をまとめる綿貫さんに陸奥さんが駆け寄るのが見えた。その後を、クラスの中心グループに所属している男女数人が続くのまで確認する。


「お、カラオケ行くの? 俺たちも暇だぜ暇」

「カラオケもいいけどスタバに新商品出たらしいよ」

「マジ? じゃあスタバとカラオケ両方いく?」

「いいねー! ぽぽちゃんもそれでいいー?」

「うーん、私は……」


 あまりにもリア充っぽい会話が繰り広げられる。俺の口からは一生出てこないであろうワードの数々に胸やけを起こしそうだった。

 同じオタクだから忘れそうになるが、彼女はリア充寄りの人間だ。ぼっちな俺とは住む世界が違う。目の前の光景を見ていると、その事実を再認識してしまう。


(コラボカフェのこと、伝えた方がよかったかな……?)


 同じ作品を推す者として、彼女に推しの情報を伝えるべきか。ちょっとだけ悩んだけれど、彼女のプライベートを邪魔するのも悪いと思い、考えなかったことにした。


 教材を鞄に詰め込み、いざコラボカフェへ。廊下と階段を早歩きで越え、数分足らずで下駄箱へと辿り着く。

 あとは靴を履き替えて目的地まで走るだけ――といったところで、俺は後ろから呼び止められた。


「おい、なにをそんなに急いでんだよ」

「綿貫さん……?」


 そこには、さっきまで友達と仲良く談笑していたはずの綿貫さんが立っていた。俺は早歩きでここまで来たのにもう追いついたのか? それにしては息一つ乱れてないけど……これがリア充の底力というやつか。

 って、そんなことより。


「何でここに綿貫さんが? みんなでカラオケに行くんじゃなかったの?」

「んー……ちょっと悩んだけど、今回は断った」

「友達付き合いが大事じゃないの?」

「当たり前だろ。……でも、今回はもっと大事な用があるからな」


 そう言って。

 綿貫さんは俺にスマホの画面を見せつけてきた。

 そこには、「とあレコ」のコラボカフェの公式サイトが映し出されていた。


「これに行こうとしてたんだろ? 私もつれてけ」

「あ、知ってたんだ」

「当たり前だろ。何年『とあレコ』を推してると思ってんだ」

「それは知らないけど……でも、俺と一緒にいるところを誰かに見られたら、疑われるんじゃない?」

「あいつらが行くカラオケってカフェとは真逆のところにあるし、大丈夫だろ」

「それはそうかもしれないけど……」

「ンだよ」


 俺の煮え切らない態度が癇に障ったのか、綿貫さんは頬を膨らませ――そして縋り付くような目でこちらを見つめてきた。


「私と行きたくないってのか……?」


 そんなことない、と返事するのに一秒もかからなかった。

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