後編『阿佐美屋サキの支払』
「もしかして、体で払っちゃうとか期待してる?」
「いえ、そういうのはちょっと……」
「またまたぁ、ホントは期待してるくせにぃ!」
そう言いつつ、サキ嬢はやたらと胸を押し付けてくる。ちなみにどういう偶然か、『阿佐美屋サキ』の制服もセーラー服だった。
どうしてこうなった?
腕に感じる大きなマシュマロから意識をそらせるように自問する。
女性の家に二人きりになるのはまずいだろうと、学校帰りを待ち伏せて公園に誘い出した。そこまでは間違ってなかったはずだ。
そこでサキ嬢はちょっと目を伏せ、友達に見られたくないから、ボートに乗って話そうと言い出した。そこでアヒルボートに乗りこみ、二人で公園の池の中央にまで移動した。もちろん、やましい気持ちはこれっぼっちもなかった。
そうしたらいきなりくっついてきたのだ……
「こんなチャンスめったにないよ? 現役女子高生のお誘いなんて」
思い切りミニにしているスカートの太ももを組み替える。その瞬間に目が吸い寄せられるのは仕方ないだろう。これはもう習性のようなものだから。
「こほん。わたしとしては支払いをしてもらえればいいだけで」
「だって今、お金ないもーん」
「ないの?」
「ないよー。てか、あるように見える?」
そう言って靴の片方を脱いでみせる。黒いハイソックスのつま先には小さな穴が開いて、赤いペディキュアがちらっと見えている。
「なさそうだね……」
「だからさ!」
「だからだよ。自分をそんなに安売りしちゃダメだよ」
「うわっ、来たよ、マジ説教!そういうの漫画だけかと思ってた!」
「悪かったね、でもね、真面目に言ってるんだよ」
「真面目そうだもんねぇ、でもそんなとこに惚れちゃうかもっ!」
なんて言いながらまた引っ付いてきて、ボートが盛大に揺れる。
「あのねぇ……」
ああ、まったく会話の主導権が握れない。握れる感じがしない。
「わかってるわよ。お金でしょ、仕方ないなぁ」
彼女はそう言ってスマホを取り出し、電話をかけ始めた。
『悪いけど、今月ピンチでさ、今すぐ払ってくれない? 助かるぅ! 今度おもっいきりサービスするからさ! 今? 凪浜公園の池のとこ。じゃ、頼むね!』
「はい、これで回収完了! おじさんよりアタシのほうが優秀じゃない?」
ニッと笑う顔はまだあどけなさを残した少女のものだ。
化粧なんかしなくても、そういう顔で笑ってるだけいいのに。
それからまた二人でボートを漕いで岸に戻る。
と、そこに学生服を着た学生が自転車で到着した。
きっちりと規定通りに着た学生服、七三に分けた髪と黒ぶち眼鏡。やたらと体つきが大きくて、真面目そうな少年だ。
「あの、サキさん、約束のお金持ってきました!」
「サンキュ!」
そう言ってササッとお金を数え、そのまま封筒ごとわたしによこした。
一応中を確認、ちゃんと今月分がきっちり入っている。
「助かったよぉ、並里君。今月はいっぱいサービスしちゃうからね」
サキ嬢は色気たっぷりに彼の耳元にささやく。それだけで少年の顔は真っ赤に茹で上がってしまった。まぁそういうものだ。男の子だもの、仕方ない。
「い、いえ、こちらこそ! 次回またよろしくお願いします!」
「まかせてよ、たっぷり延長サービスしちゃうから!」
「あ、あざーすっ!」
そういうが早いか、並里君は自転車にまたがりサっと走り去ってしまった。
「今の彼氏かい?」
「ちがうけど? それに彼氏からお金なんて取らないよ。ま、いないけどねぇ」
と、また腕につかまってくる。胸が思いっきり当たっているんだが、ワザとそうしているとしか思えない。
「どうやってお金稼いでいるか知らないけどさ、もっと自分を大事に……」
「かてきょー」
「え?」
「だから、かてーきょーし」
「家庭教師?」
「そ。こう見えてアタシ勉強得意なの。並里君には英語教えてるの。ところで、さっき何て言おうとしてたのかな?」
ニシシと笑いながらサキ嬢。そしてわたしはと言えば、なんだか恥ずかしくなって真っ赤になってしまった。
「いや、勉強を教えるのもいいけれど、もっと自分の勉強時間も大事にした方がいいよ、とかそんなことを……」
ごまかそうとして、なんだかふと嫌になった。
嘘をつくなんて彼女に対してフェアじゃない。
「……いや、ごめん。キミに失礼なことを言おうとしていた。本当にすみません」
そのまま頭を下げる。彼女からの怒りの言葉を待ったが、帰ってこない。
その沈黙に耐えられずに頭を上げると、彼女はにんまりと笑っていた。
「許してほしい?」
「それはもう」
「一つ条件があります」
「わたしにできることであれば」
「じゃ、彼氏になって」
「いや、それはさすがに」
「あなたってすごく誠実なのが分かった。そういう人、アタシの周りにはあんまりいなかったんだよね。だからさ、これは運命だってピンと来たわけ」
「わたしは特にピンとはこなかったけど……」
「ナメないほうがいいよ、ギャルの行動力はハンパじゃないんだから! さて、まずはあそこの店でクレープをおごってもらおうかな。お金持ってるのは知ってるんだ」
阿佐美屋サキはニシシとまた笑い、思い切り腕にしがみついてきたのだった。
このあと?
そりゃもう、これ以上ないくらい憂鬱を引きずって帰社しましたとも。
終わり
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