その六一 一万年のロマンを込めて

 今年はなかなか面白い果菜が手に入った。

 『スウィートジュエリー』なる品種名の食用ホオズキである。

 そう。丸い実が袋を被っている、あのホオズキだ。我が家のベランダ菜園のスウィートジュエリーもしっかり、その実に袋をかぶせている。

 ホームセンターで小さなポット苗を売っていたので、試しに買ってきて、ベランダ菜園に仲間入りさせてみた。

 食用ホオズキはトマトと同じナス科であり言わば、遠い親戚筋。日本では『ホオズキを食べる』というのはあまり馴染みがないかと思うが――日本では『ホオズキ』と言えばむしろ、玩具という印象ではなかろうか。私も子どもの頃にホオズキの実で遊んだような気がしなくもないし、手元の辞書にも『実は子どもの玩具になる』とある――メキシコでは盛んに食べられているそうだ。

 『トマトが野菜になった日』(橘みのり 草思社)という本によれば、メキシコの市場ではトマトの横に必ず食用ホオズキもどっさりと売られているそうである。メキシコ先住民の言葉であるナワ語の『トマトゥル』には、我々の言うトマトと食用ホオズキの両方の意味があるそうだ。しかも、食用ホオズキの方がずっと古くから栽培され、食べられてきたらしい。

 その歴史は紀元前七千年、実に九〇〇〇年前までさかのぼる。

 なぜ、それがわかるかと言うと、いまでも現地の人々が食用ホオズキをすりつぶし、サルサにするための道具『モヘカテ』とそっくり同じ道具がその頃の地層から発見されているからだと言う。

 そのような道具が使われるようになるまでには当然、すでに長い間、食用にされてきた歴史があるはずなので、メキシコにおける食用ホオズキの歴史はそれこそ一万年か、それ以上にもなるだろう。

 一万年。

 そんな昔からメキシコで食べられてきた植物がいま、はるかな海を越えて地球の反対側である日本に届き、我が家のベランダ菜園で育っている。

 ロマンである。

 なんとも悠久のロマンを感じる出来事ではないか。

 では、その悠久のロマンを感じながらスウィートジュエリーを食べてみよう。

 トマトの親戚とは言っても、トマトのように房状に実がつくわけではない。節ごとにひとつの花が咲く。節ごとに欠かさず花が咲くのは品種改良の結果なのだろうが、ラベルには『大きく育てば一株で一〇〇個以上』の実が収穫できるとある。大きさの限られたプランターでは、そこまで大きくなるとは思えないが、いまのこの調子でも結構な数が採れそうである。

 実は若いうちは袋ともども緑色。若い実にはなにやら表面に濃淡があり、まだら模様のようなものが見えている。成長するとその模様は消え、ツルツルとしたなめらかな球体になる。

 熟すと袋も実も黄色くなる。これぐらいの実をちょっとつまむと、ポロッと簡単に実がとれる。これが、食べ頃の合図と言うことだろう。もっとも、ラベルには『熟す前に実が落ちてもほとんどの場合、追熟して食べられるようになる』とあるが。

 ともかく、熟した実を収穫し、皮をむく。皮をむいたその姿は形といい、大きさといい、まったくもって黄色いミニトマトそのもの。なにも言わずに出してみれば一〇〇人が一〇〇人、黄色いミニトマトだと思うだろう。

 一万年の歴史に思いを馳せつつ、黄色い実を口へと運ぶ。

 ……うまい。

 コクと甘味のあるミニトマトと言ったところ。やはり、親戚筋だけあって『トマト』と言われても違和感のない味わいだ。『甘い』と言っても果物のようなくどさはないし。

 店では完全にフルーツ扱いで売っていたので、その点は心配だったのだが、この味なら野菜として日々の食事のなかに取り入れられる。

 これは、本当にありがたい。なにしろ、昨今の暑さのせいで夏場にはトマトの実が全然つかなくなり事実上、栽培できなくなってしまった状況。産まれる前からのトマト好き(大袈裟でもなんでもない。私の母は私が体内にいる間、いつもなら別に食べたくもないトマトが食べたくて仕方なかったそうである。腹のなかの私がトマトを欲していたのだ)としては、なんとも悲しい事態になっていたのだが、これならトマトのかわりにすることもできる。

 問題はこれからの季節、酷暑の真夏にもきちんと実をつけてくれるかどうかなのだが……それさえできれば本当に、トマトのかわりとして大々的に栽培できる。

 ラベルには『畑ではこぼれ種でよく増える』とあるし、実をいくつかあちこちのプランターに放り出しておこう。そこから芽を出し、育ってくれるかも知れない(今年はキュウリとトマトが勝手に生えてきて、元気に育っている)。

 いまから、来年が楽しみである。

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