その五九 ついに……この時が来た!

 ついに……ついに、この時が来た!

 苦節数年。耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び……ただ、ひたすらにこの時がくることを待ち望んで。

 しかし――。

 しかし、ついに、その苦労は報われたのだ!

 待ちつづけたそのときがついにやってきた!

 ポポーの実がついた!

 ついに、ついたのだ!

 昨年までは花は咲けども実はつかず。咲いた花のすべてが実をつけることなくポトリポトリと空しく落ちていく。その姿を見る悔しさ。実のない葉っぱばかりの木を見るそのさびしさよ。

 そして、今年も次からつぎへと花が落ちた。実をつけることなく、ポトリポトリと落ちていった。

 しかし!

 最後に残ったふたつの花が実をつけたのだ!

 「たったふたつ?」

 などと言うなかれ、だ。

 たったふたつであろうとも、去年までまったくのゼロだったのだから無限の増加率である。なによりもこれで、

 おれはまちがっていなかった!

 という確信がもてた。

 いままでにも何度か書いているが、ポポーの花は雄しべより先に雌しべが成熟する。雄しべが成熟して花粉を出すようになる頃には雌しべはすでに老化し、受粉能力を失っているという特性がある。

 そのため、人工授粉は欠かせない。先に咲いた花をちぎって、その花粉を新しい花の雌しべにつける。そうやって、受粉してきた。しかし……それで実はつかなかった。

 やり方がまちがっているのか。

 このやり方では受粉できないのか。

 そんな悩みに打ちひしがれる日々。しかし、今年はついにそのやり方で実がついた。まだ豆粒ほどの大きさでしかないが、毎日、少しずつ大きくなっている。太っている。

 そう。やり方自体はまちがっていなかった。

 ただ、タイミングやらなにやらがうまく行かなかっただけ。あるいは、木がまだ若いので実をつけるだけの力がなかったのかも知れない。

 とにかく、このやり方で今年、実がついた以上、来年からも同じやり方で実がつくはず。来年以降、木が成長し、充実するにともない、花の数も増えるはず。花の数が増えれば当然、受粉する花も増える。今年の二花ははじまりに過ぎない。これが来年、再来年、それ以降、さらなる果実をもたらしてくれる呼び水となるのだ。それに――。

 ポポーはひとつの花に複数の実をつける。最後に残ったふたつの花はいずれもふたつの実をつけいる。つまり、このまま順調に成熟していけば四つの実が収穫できるわけだ。

 ……まあ、それもきちんと育てばの話なのだが。

 前述の通り、四つの実の大きさはまだ豆粒程度。毎日、たしかに大きくなっているとはいえ、その成長速度は微々たるもの。果たして、ちゃんとした大きさにまで育つのか。

 というか、そもそもの話、ポポーの実がどれぐらい大きくなるものか私は知らない。なにぶん、現物を見たことはないし、写真だけでは大きさまではつかめないからなあ。

 とは言え、『ふたつに割って中身をスプーンですくって食べる』というのだから、それなりの大きさにまでは育つはず。しかし――。

 この豆粒みたいな実が本当にそこまで育ってくれるのか?

 『最大でそこまで育つ』は『必ずそこまで育つ』という意味ではないからなあ。栄養や日照の不足で大きく育つはずの実が小さいまま終わる……なんて言うことは植物の世界では普通にあるわけだし。

 ……不安である。

 とは言え、受粉したことは受粉したのだ。あとは私よりも神さまの領域だ。このまましっかり育ち、嵐によって落ちたり、虫やら鳥やら獣やらに食われたりせず、立派な実がついてくれることを神さまに祈るだけだ。


 神さま「日頃、信仰もしていないくせに都合のいいときだけ頼るな!」

 おれ「そんなケチくさい神なら祈らんぞ!」

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