その五七 人はその花を『カタバミ』と呼んだ

 花が咲いている。

 小さい花だ。

 黄色い花だ。

 ハート型の小さな葉が三つ、円形に並んだなかに、黄色くて小さい花がいっぱいに咲いている。

 この花は日が出ているときにしか開かない。曇りの日、雨の日にはこの花は開かない。日が暮れれば自然と閉じる。そして、翌朝、再び開く。

 人はこの花を『カタバミ』と呼んだ。

 またの名を黄金こがねぐさ

 カタバミの葉には大量のシュウ酸が含まれており、金属を磨くとピカピカになる。だから、黄金こがねぐさ

 そしてまた、カタバミで鏡を磨くと、鏡のなかに想い人の顔が表われるという。

 カタバミの花言葉は『輝く心』。

 時は春。恋の季節。カタバミの導く想いはいくつ、叶うのだろうか。


 と言うわけで、カタバミである。

 今年はカタバミの勢いがすごい。どのプランターにも生い茂って、多くの花を咲かせている。

 もともと、我が家のベランダ菜園はカタバミこそが支配勢力だったのだ。それが、ここ最近は新興勢力のハコベに押されて数を少なくしていた。それが今年は一気に勢力を盛り返した。

 どのプランターにもハコベと共に顔を出し、お互いに盛大に茎葉を伸ばしては勢力争いを演じている。おかげで、土なんてまったく見えない。茎葉の緑で覆われている。

 こんもり繁ったその小さなジャングルのなかに、シソやパセリ、ナスタチュームといった栽培植物がチョコンと顔を覗かせている。マメな園芸家なら『栽培植物の邪魔になる!』と、カタバミを引っこ抜くのだろうが、私は基本、無精なのでそんなことはしない。放ったらかしである。

 ……どうせ、カタバミもハコベと同じで後からあとから生えてくるからいくら引っこ抜いても切りがないし。

 夏野菜は別に苗を作っておいてから植えつけるので草が茂っていてもとくに問題はないし、地面を覆うことで日差しを遮り、土を乾燥から守ってくれる。土のなかの多くの生き物たちの住み処となり、食糧となり、また、枯れれば肥料となって土を肥やしてくれるから退治する理由もない。

 自然のサイクルに任せ、その結果として得られた作物を収穫する。

 私のベランダ菜園はそんなものだ。

 そのなかでハコベとカタバミの勢力争い、果たしてどちらが勝つか。

 見物である。

 ……まあ、私としては食用になってくれる分、ハコベが勝ってくれた方がありがたいわけだが。

 ところで――。

 カタバミが勢力を衰えさせていた間、見かけなくなっていたものがいる。

 シジミチョウの幼虫である。

 前述のようにカタバミの葉には大量のシュウ酸が含まれている。そのため、通常ならば虫に食われるとはない。しかし、シジミチョウの幼虫は別。シジミチョウの幼虫はカタバミこそが食草なのだ。

 かつて、ハコベたちが我が物顔で生い茂る前、カタバミ王朝華やかなりし頃にはときおり、シジミチョウの幼虫を見かけたものだ。シジミチョウの幼虫は『イモムシ』というにはめずらしく、平べったい草鞋わらじのような姿をしているのですぐにわかる。

 この平たいイモムシが表われるとカタバミはたちまち葉を食い尽くされ、茎だけの骸骨みたいな姿をさらす。

 その姿を最近は見ていない。

 どこにでも生えるカタバミを食草とするために都市化をまった苦にしないはずのシジミチョウでさえ、いなくなってしまったのか。それとも、単にカタバミの勢力が衰えていたためによってこなかっただけなのか。

 カタバミが勢力を盛り返そうとしているいま再び、シジミチョウの幼虫は表われるのだろうか。

 表われてほしい。

 シジミチョウの幼虫がカタバミを食い尽くしてくれば、私がなにもしなくても野菜たちの邪魔がいなくなるし……。

 シジミチョウ、カムバッ~ク!

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