その三一 ヤツがいた

 スイカの苗がやられた。

 ヤツにだ。

 夕方、スイカの苗が急にしおれているのを見つけた。

 ――水切れか?

  そう思った。とりあえず、水をやることにした。

 本来、光合成を行わなくなる夜中に根が水に包まれているのはよくない。酸素不足になり、根腐れを起こす結果になりかねない。それだけに少々、迷ったのだが、そのしおれ方を見るに、翌朝までもつかどうかの方が心配だった。

 そこで、とにかく、控えめに水をやっておくことにした。

 そして、夜。

 ふと、思い出してスイカの苗を確かめた。

 しおれたまま。

 これはおかしい。水切れならとっくに回復しているはずだ。

 スイカの苗をつまんだ。持ちあげた。すると――。

 あっさりと土から抜けた。その根っ子はすっかり短くなっていた。

 この結果を見ればなにが起きたかはわかる。

 ヤツだ。

 カナブンだかコガネムシだかの幼虫。根っ子食い。

 ヤツが土のなかにいてスイカの根を食い散らしたのだ。

 すでに夜中。

 電気の明りなしにはなにも見えない。しかし、ベランダ菜園に照明などない。

 では、どうするか。

 迷ったが、根っ子食いの幼虫は夜だからと言って眠ったりはしないだろう。このまま朝まで放置しておけば残った根っ子まですべて食われかねない。

 と言うわけで、苗はいったん他のプランターにのけておいて懐中電灯片手にスコップで土を掘った。片手で土を照らしながら、もう一方の手で掘り返すのだ。なかなかに面倒くさい。それでも、土を掘り返すこと幾たびか。

 いた。

 電気の光のなかに根っ子食いの白い体が浮かびあがった。

 ――一匹だけか?

 プランターに卵を産みつけられ、根っ子食いが繁殖するなどいつものこと。しかし、その場合、ひとつのプランターに何十という根っ子食いがウヨウヨしている。掘るはしから見つかり、掘ってもほっても潜んでいる。

 ――忠告しておくが、虫ぎらいの女性は決して見てはいけない。白い体のイモムシが土のなかにウヨウヨいるその光景。一目見たらトラウマになる。

 しかし、今回はこの一匹だけ。とするとおそらく、プランターに卵を産みつけられたのではなく、購入したスイカ苗の根鉢に潜んでいたのだろう。

 そもそも、こいつらがプランターのなかで暴れまわっていればすぐにわかる。プランターに生えた草という草――いわゆる『雑草』も含めて――がすべて消え去り、黒々としたきれいな土になるからだ。

 今回はちがう。根っ子を食われていたのはスイカの苗だけで、他の植物は元気いっぱい。雑草も生えたまま。一緒に植えてあるナスタチュームはバンバン鮮やかな花を咲かせている。

 それからしてもやはり、根鉢に潜んでいたのだろう。よりによって根っ子食いの潜む苗に当たってしまったのは不運だったが仕方がない。

 生命を相手にしているのだ。こう言うこともある。

 とりあえず、根っ子食いの幼虫はニンジンを収穫したばかりで空になっているプランターに放り込んだ。

 根っ子食いとは言え、悪いことばかりではない。よけいな草の根を全部、食べて土をきれいにしてくれるし、糞は土を肥やしてくれる。実際、こいつらのいたあとのプランターは野菜の育ちが良い。次にニンジンの種を蒔くのは八月になってからなので、その頃にはすでに成虫になってどこかに飛んでいっているか、少なくともさなぎにはなっているはず。影響はない。

 それまでせいぜい雑草の根っ子を食べて、糞をして、土を良くしてもらおう。まあ、収穫後のプランターにさなぎになるまで食いつなげるだけの食糧があればの話だが。

 ちなみに、一度だけさなぎになった個体を見たことがあるが、これはなかなかに美しかった。さなぎの状態なら虫ぎらいの女性でもアクセサリーとして飾ることができるかも知れない。

 ともかく、問題はスイカの苗だ。役に立つとは言え、せっかく育てている苗の根っ子を食い荒らされればやはり、腹は立つ。当然だが。

 とは言え、まだ完全に根を食い尽くされたわけではない。いくらかは残っている。あの一匹だけで他に根っ子食いが潜んでいなければ、まだ回復できるだろう。根の再生に力を使う分、茎葉の成長は後れるだろうがそれはまあ、仕方がない。

 とにかく、根っ子食いをのぞいたあとのプランターに改めて植えておいた。

 本当に根っ子食いはあの一匹だけなのか。

 回復は出来るのか。

 回復したとしても実をつけるのは間に合うのか……。

 結果はすべて、神のみぞ知る。

                  完

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