第15話 アレン 十五歳 転機③

 しばらくの間、歩調を合わせて歩く両者の間で沈黙が走っていた。


 煮え切らない思いを悶々と抱えたまま歩くアレンとは対照的に、ランダルは、自分から沈黙を破る気はさらさらないらしく、むしろアレンが物思いにふけるのを楽しんでいるかのように、ゆったりとした歩調で町への出口へと歩いていた。


「……質問に答えてくれるんじゃなかったのかい? 」


 ムスッとした表情でアレンは切り出した。


「やっと話しかけてきたね。怒ってもう口を利かないんじゃないかと思ってたけど? 」


 少しずつではあるが、アレンはこの、何もかもわかっていますよと言わんばかりの表情が嫌いになってきていた。


「怒ってるわけじゃないんだ。僕は君みたいに剣士じゃないから、目の前で何かが血を噴き出したり、死んだりすることに慣れてないんだよ。そんなこと、慣れたいとはとても思わないけど……さっきはちょっと感情的になっていたんだ。気に障ったなら謝るよ」


「へぇ、随分物わかりが良いんだね? それに、僕は何も気にしちゃいないよ。確かに君がさっき言った通り、他にもっと利口な手があったことは否定しない。ただね……」


 ランダルは足を止めて、一、二歩進んで同じく足を止めたアレンと向かい合った。


「剣を握ると、身体が動いてしまうんだ……剣が、血を求めているみたいにね? 」


 ――ゾクリと、背筋を薄ら寒い何かが駆けていくような気持ちの悪い感覚がアレンを襲った。


「……なぁ~んてね。実際は、君とオオカミとの間に割って入るタイミングが遅れてしまったんだ。君がすぐにでもやられそうなら、すぐに降りるつもりだったんだけど、結構動けるんだね、君」


「……」


 ――どうやら人をからかうのが好きなヤツらしい。にしても雰囲気が出すぎだ……


「降りてくるって言ったって、いったいどこから落ちてきたんだ? 僕が飛びつき損ねた一番低い枝でもかなりの高さがあった。もしかして、あの大きな木のてっぺんにいたのかい? 」


「あぁ、そうなるね」


「いつごろから見てたの? 」


「そうだなぁ、君が『た~し~か~、こ~の~あ~た~り~に~』って言いながら草を探していたあたりから、かな? 」


「ずっとじゃないか……ところで、なんだって木の上にいたんだい? 」


「あぁ、それなら、さっきの君の質問の答えにも繋がってくるはずだ」


 ランダルはそう言って、アレンを誘ってまたゆっくりと歩き出した。


「君はさっき、僕のことを知らないと言ったね。そして、僕は君のことを知っているみたいだ、と。半分当たりだよ。確かに君は僕のことを知らないだろう。でも、僕も詳しく君のことを知っているわけじゃないんだ」


「よく解らないけど……? 」


「一カ月前、聖都カノサリズに滞在していてね。そこで面白い託宣を受けたんだ」


「託宣? それに何か関係が? 」


 ランダルは頷いた。


「『汝の剣に縁ある処にて、一番高き木に登り、オオカミがもたらす幸運を待て』、託宣は僕にそう告げたんだ」


「オオカミがもたらす、幸運だって? 」


「あぁ、僕もまさか『幸運』が人だとは思ってなかったよ」


「そりゃあ誰だって思わないだろうさ。じゃあ、『やっと、逢えた』っていうのは……」


「君が来るまで、丸一日くらい待ったからね。結構疲れたよ」


「……」


 ――どうやら、少々変り者みたいだ。


「そ、それにしても、すごく強いんだね。その片手半剣バスタードソード、かなり重いだろう? 」


 アレンはランダルが背に負っている剣を指して言った。


「ありがとう。でも、そこまで重いものじゃないさ。ほら」


 そう言ってランダルは背から片手半剣バスタードソードを降ろし、アレンに放ってよこした。


 何とか受け止めたが、ランダル曰く、「そこまで重いものじゃない」剣は、一振りの鋼の塊としての重量感を十二分にアレンに感じさせた。


 鍔には、貴族の家紋らしきレリーフが刻まれているところからすると、彼個人の物ではないらしいことくらいは、鍛冶師見習いのアレンにも理解できた。


「ちょ、ちょっと! なんで投げるのさ! 剣士ならもっと剣を大事にしなくちゃだめだろ! ましてこの剣、家紋までついてるのに! 」


 アレンはランダルに片手半剣バスタードソードを突き返した。


「……あぁ、忘れてた。剣士にとって、剣はただの『道具』じゃないんだったな」


「……君、本当に剣士? 」


「どうだろう? 一応、剣聖っていう肩書はもらってるけどね? 」


「はぁ!? 剣聖!?だけど、僕と歳はそんなに変わらないってさっき……」


「ん? 歳は十六だよ。君も多分、そのくらいだろう? もっとも、その肩書きをもらったのは去年のことだけど」


 ――僕と一つしか違わない……本当に!?


「へ、へぇ。貴族でそんなにすごい腕前なら、きっと望むものはなんだって手に入るんだろうな」


「……」


 アレンは意識を紛らわそうとカバンの中をまさぐった。


 先程オオカミの血を拭った磨き布、ゴドーのくれたダガー、そして、カトリーナのために採った薬草が、それぞれ手に当たった。


 ――こんなにも幸福に恵まれている人がいる一方で……罪もなく不幸を負った人がいる……


「……そうさ、きっと白の精霊様に愛されてるんだ。いくら空に向かって願いごとをしたって、叶えられないこともあるのに……っ! 」


 アレンは、その後に続くはずだった言葉をグッと飲み込んだ。白の精霊を愚弄するようなことを言ってはならない。


 むしろ、カトリーナがまだ生きていることに感謝すべきなのだ。


 アレン自身も、そんなことを言うつもりは露ほどもなかったはずだった。

 それも、会ったばかりの人に向かってなど……


「……いや、やっぱりなんでもない、気にしないで」


 アレンは何とかして話を変えるにあたって、適当な話題をランダルに提供することにした。


「そういえば、もうすぐ街道へ出るけど、ヘファイスの町には何か用事はないのかい? それとも、ここに来たのは託宣を実現させるためだけ? 」


 ちょっと強引過ぎただろうかと、アレンは少々心配した。


 だがランダルの表情は――ずっと同じ表情をしていて顔が固まってしまわないのだろうか、などとアレンが余計な心配をするほどの――微笑みを浮かべたままだった。


「いや、託宣は暇つぶしのおまけみたいなものなんだ。ヘファイスの町には用がある。だからこうして町へ続く道を君と歩いているんだ」


「そうなんだ。剣士だからやっぱり、武具関係の用事かい? 」


「あぁ、少々気が早いかもしれないけれど、三年後に備えて、色々と準備を始めた方が良いかと思ってね」


「い、今から三年後の準備って……三年後に何かあるのかい? 」


 ランダルはアレンのこの問いに、片方の眉を吊り上げてみせた。


 まるで、知らないことを小馬鹿にしたようなその態度に、アレンは少しイラッとしたが、表情には出さなかった。


「神聖帝国のシュタフヴァリア平定百年祭。白騎士の祭典と言えばわかるかな? 」


 まだアレンが微妙な表情をしていたので、ランダルは肩をすくめて説明を始めた。


「各地の武芸者が帝都ニーヴェルンゲンに集って、その腕を競い合う祭典のことさ。その日は白の精霊の力が、最も強く世界に降り注ぐと言われている。優勝者には、帝国最強の称号と栄誉。そして白の精霊の加護の下、願い事をなんでも一つ叶えてもらえるそうだ」


 アレンはひどい衝撃に駆られた。

 体内の五臓六腑が一気にとんぼ返りしたかのようだった。


 ――願い事がなんでも叶う……だって?


「但し、誰でも気軽に出られるものじゃない。コロシアムで戦えるのは、予選を勝ち抜いた八人の強者だけ。さらにそこを最後まで勝ち抜いた者が、大会の優勝者になるんだ。祭典の開催は、九十七年前から狂いなく時を刻んでいる、聖都カノサリズに安置してある、『白の歯車』が来るべき時を告げた時。つまり今から約三年後、っていうわけさ」

 

 説明が全くと言っていいほどに頭に入ってこなかった。


 正確に言うと、頭には情報が次々と記銘されていくのに、その意味を吟味することを頭が拒否していた。


「願い事がなんでも叶う」というその一言が、アレンの頭の中の大部分を占め、ただひたすらにグルグルと回っていた。


『願い事が何でも叶う』――もしかして、ちい姉さんの病気も……治せるのか?


「……どうしたんだい? 」


「へ? あ、あぁ、なるほど。君が一月前にカノサリズに行ったのは、おかしな託宣を聞きに行くためだけじゃなくて……」


 ランダルは微笑んだ。


「その通り。来るべき時がいつか、この目で確かめておきたかったんだ」


 アレンは、生まれてこの方経験したことがないほどに、外の世界に対する強い関心が沸々と湧き上がってくるのを感じていた。


 手練れの猛者たちが――目の前のこの青年も含めて――互いに死力を尽くし、覇を競う祭典。


 そしてその果てに手にする、英雄の特権ともいうべき特典。


 アレンは、自分がこの機会に恵まれていないことも、機会を掴むことができないことも理解していたつもりであった。


 それでも、仮に自分がその機会を勝ち取ることができたならと、想像を膨らませずにはいられなかった。


「……出たいかい? 」


「ッ!! な、何を……」


 もしかして、考えていることがまた顔に出てしまっていたのだろうか?


 狼狽している時点で、叶いもしない幻想を見ていることは明白なのかもしれないが……


「そ、そりゃあ、願い事が何でも叶うなんて聞いたら、考えちゃうよね、ハハハ」


 お茶を濁すような形で流すことにしたアレンであったが、「出たいか」ということが改めて言葉として耳から入ってくると、アレンの胸中は穏やかではなかった。


「君は出るんだろう? 剣聖ともなれば、優勝は決まったようなものなんじゃないか? 何か叶えたい願い事があるのかい? 」


「……」


 ランダルは答えなかった。


 おもむろにその灰色の瞳に光が消え、彼の周囲の時間のみがそのまま止まってしまったような感覚が、隣にいたアレンを襲った。


 ――何か、悪いことを聞いてしまっただろうか?


 軽く謝って、話を戻そうと思ったアレンだったが、あれこれと思案している間に町へと続く街道まで出てきていたことに気付いた。


 森に入る前には高く上っていた太陽も、西の方に沈み始めており、早朝はにぎわっている露店街の通りは、明日に備えて店をたたんでいるものが多く、夕暮れ時の寂しさをそこはかとなく感じさせた。


「あ、あの……もう夕方だけど、泊まるところとかに当てはあるのかい? 」


「……いや、適当に宿でも探してみようかと思っていたんだ。武具に関しては別段急いでいるわけじゃないから、のんびり探してみようかと思ってるよ」


 ランダルは普通に質問に応じた。

 もう機嫌は直っているようだった。


「そっか。なら、家に来ないか? 家に泊まれば、明日は僕が町を案内できると思うし。なんだかんだ言っても君が僕をオオカミから助けてくれたことに変わりはないんだし、きちんとしたお礼もまだできてなかった。もちろん、君さえよければ、だけど? 」


 ランダルは幾分和らいだ様子で微笑んだ。


「ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えるとするよ」


 二人はどこか懐かしい感じのする、黄昏時の町の中へと入って行った。



 …………

 ……

 …



 商店の通りに差し掛かると、勢いよく道具屋のドアが開いた。


 あまりにも乱暴に開いたため、扉の蝶番がものの見事にぶち壊れてしまったのを二人は目の当たりにした。一瞬の後、二人にむかって突っ込んできた。


 前にいたランダルはこともなげにそのをひらりと躱し、後ろにいたため反応の遅れたアレンは、首辺りに思い切り飛び込んできたそのを真正面から受け止めた。


 視界が明るめの色をした赤毛の髪に塞がれたことで、アレンは飛び込んできたものが大体見当がついた。


「ア~レ~ン~!! やっと帰ってきた~!! 朝も一人で行っちゃったしいつもの時間になっても帰ってこないしちいお姉ちゃんは大変だってルーお姉ちゃんから聞いたしも~~~!! どこ行ってたのよ心配してたんだから!! 」


「……カッティ。取りあえず落ち着こう。色々と後が怖い」


 ポンポンと弾みをつけて目の前の頭を撫でながら、アレンは溜息をついた。


 微笑みながら小首をかしげているランダルに身振り手振りで「耳を塞げ」と指示をする。


 そうして二人してしっかりと耳を塞いだところで、その塞いだ手の壁すら難なく打ち破ってくるほどの大声が、暗くなっていく通りに響いた。


「こぉんのバカ娘!! ま~たドアを壊したのかい!? それにこんな時間に大声出して! 近所迷惑なのがわかんないのこの子は! って、あらおかえり、遅かったのね、アレン? 」


「ハハ……ただいま、おばさん」


 しっかりと塞いでいて尚、耳がキーンと鳴るのを感じながら、弱弱しくアレンは夫人に微笑んだ。


 怒りの矛先を向けられていた当の「バカ娘」は、アレンに抱き着いたまま、耳も塞いでいないのに夫人の大声の叱責に耐え抜いていたようだった。


「……カッティ? どうし……」


 アレンはここで初めて、カッティが小さく震えていることに気付いた。


 首に回した腕は緩むことはなく、逆にアレンの首を絞めるほどに強くなった。


「んぐぁっ。ちょ、放し……」


「心配、したんだから」

 

 聞こえてきたのは、とてもか細く弱弱しい声だった。


 鼻声なところをみると――正確には、鼻声なところを「聞くと」、だろうか――どうやら泣いているらしい。


「ルーお姉ちゃんが、アレンが薬草を採りに行ったかもしれないって。きこりのおじさんが、最近よくオオカミを見るって言ってたから……アレン、小さいとき、わたしを庇ってオオカミにひどく噛まれたことあったでしょ? なんか急に思い出しちゃって、すごく不安だったの。ホントに、ホントに良かった……」


 最後は完全に泣き出してしまった。


 実際のところを言うと、今しがたカッティが述べた小さいときの話というのは、割と美化されたものだった。

 当時、オオカミは最初からアレンを狙っており、カッティには目もくれていなかったのである。


 しかしながら、この状況でそんなことを言い出せるはずもないアレンは今や、びえーんびえーんと声を出して泣いている幼馴染の頭を撫でてやることしかできなかった。


 凄い剣幕で出てきた夫人でさえ、溜息をつきながら腕を組むしかなかった。


「おばさん、蝶番は明日僕が直すよ。壊れちゃったのは僕のせいでもあるんだし。」

 

 首を傾げてカッティの陰から顔をだし、夫人と顔を合わせてアレンは申し出た。


「悪いねぇアレン。んもう、ほらカッティ! いつまでアレンにしがみついてんの? 無事に帰ってきたんだから、そんなに泣かなくてもいいでしょ? 」


 幾分語気を穏やかにして、夫人はカッティを諭した。


 グズグズと鼻をすすりながらも、ようやくカッティは首に回していた腕を放し、トン、と石畳の地面に降り立った。

 足が地面に着くまでのこの間、カッティはアレンの首に抱き着いたまま、足は地面を離れブラブラしていたのであった。

 ずっとぶら下がっていたカッティも凄いかもしれないが、それをずっと首で支えていたアレンの方が特筆すべきかもしれない……


「心配してくれてありがとう、カッティ。薬草はちゃんと採ってきたし、危ないこともなかったよ」


 アレンは目の前の幼馴染の頬に手をかざして、涙の筋を人差し指の側面で拭った。

 アレンの柔らかい笑みにつられて、カッティにもようやく笑顔が戻った。


「まぁ実際は、オオカミには襲われてたんだけどね? 」


「「!? 」」


 ここで初めて、カッティと夫人はランダルの存在に気付いたようであった。

 もっとも、カッティの関心はもっぱら、彼の言った言葉の方に向いていたようであった。


「アレン!? ホントに襲われたの? 今、危ないことなかったって言ったよね? 無事だったの? ケガとかしなかった? 」


「え……いやぁ……そのぉ……」


「あらアレン、その人は? ここらじゃ見ない顔だけど」

 

 夫人が助け船を出してくれたおかげで、アレンは幼馴染からの質問攻めから解放されて内心ホッとした。


「あぁ、その人はランダル・フォン・フランツベルク。オオカミに襲われてたところを助けてもらったんだ。ヘファイスには武具を見に来たみたいなんだけど、もう遅いし、お礼も兼ねて、今日は家に泊まってもらうことにしたんだ」


「――フォン・フランツベルク? 」

 

 夫人の言葉の端には、何か思うところがあるかのような響きが感じられたが、そんな雰囲気は次の瞬間にはきれいさっぱりなくなっていた。


「まぁ、それはそれは。ありがとうございました、ランダルさん」


 夫人のいきなりの豹変に、アレンはおろか一人娘のカッティでさえも目を丸くして驚いた。


「いえいえ、お気になさらずに。僕の方も彼と出会えてよかったと思っているんです」


 ランダルは柔らかな微笑みを浮かべて夫人の言葉を受け取った。


「……あ~、それじゃあ、おばさん。暗くなってきたし、そろそろ帰るよ」


「あぁ、そうだね。きっとみんな心配してるよ、早く帰ってやんな。……カッティ! 」


「ッ! はいっ! 」


 名前を呼ばれた一人娘はビクッとして気をつけの姿勢を取った。


「これからアンタにはお説教だよ。どんな理由があったって、店のドアぶっ壊していいなんてことはないんだからね! 」


「ひゃぁ……アレン~」


 ウルウルした目で懇願するような視線を送る幼馴染を、アレンはバツの悪そうな顔で見つめた。


「……おばさん、あんまり厳しく言わないでやってね? 」


「はぁ、まったくこの子は。何かあったらアレンに泣きつくんだから。わかったよ。ほら! アレンは早く帰った帰った! 」


「うん、それじゃあ、明日の朝また来るから! 」


 道具屋を後にした二人は、アレンの家に向かって松明の灯った石畳の道を歩いた。


「何でややこしくなるようなこと言ったのさ? 」


「ちょっと面白くてね。あの子の反応がもうちょっと見たくなったんだ」


 まったく悪びれる様子もなく、ランダルはさらりと言った。


 あまり深く考えずにランダルを家に招いたアレンであったが、今になってほんの少しではあるが、「後悔」の二文字が脳裏をよぎっていた。


 少し歩いて、二人は家にたどり着いた。

 アレンが先頭に立って玄関のドアを開け、ランダルを招き入れた。


「アレン、遅かったじゃない。わざわざカッティが家に来て色々聞いてきたわよ? って……誰? 」


 最初に出迎えたのはルーシーだった。


「まぁ、アレン、遅かったのね。心配してたのよ? ……あら? そちらはどなた? 」


 次にエキドナが……


「おう、遅かったなアレン。薬草採りに行くなとは言わんが、あんまり遅く……って誰だ? 」


 最後にホーストが出迎えてくれた。見事に三人とも反応が同じなところを見ると、いかにも親子、といったところだ。

 ただいま、この人はランダル・フォン・フランツベルク。危ないところを助けてもらったんだ」


「初めまして」


 ランダルは胸に手を当てて丁寧に挨拶をした。


「フランツベルク……? 」


 アレンは、ホーストとエキドナがチラリと目配せするのを見た。

 また、だ。道具屋の夫人と同じ反応を見て、アレンはそう思った。


「泊まるところのあてがないみたいだったから、今夜は家に泊まってもらおうかと思うんだけど、母さん、大丈夫? 」


「あらあら、そうだったの。そういうことなら大丈夫よ? 空いている部屋は残念ながらないけれど、ランダルさん? アレンと一緒の部屋でも構いませんか? 」


「えぇ、ありがとうございます」


「ふうむ、よし! 玄関で立ち話もなんだ。二人とも、メシもまだだろう? さぁ、入った入った! 」


 ホーストはランダルの背中を叩いて部屋の中に招き入れた。


 エキドナが食事の支度をしに調理場へと入っていく中、玄関先にはアレンとルーシーが残った。


 家にたどり着いた安心感で、アレンが思わず溜息をこぼしたのを、ルーシーは目ざとく見ていた。


「……なんかあった? 」


「……わかる? 」


「あら、決まってるじゃない」


 ルーシーは手を伸ばしてアレンの頭のてっぺん辺りをさすった。


「でもあんまり色々悩みすぎてると、そのうち禿げるわよ? 」


「……心配してくれてるの? からかってるの? 」


「あら、決まってるじゃない」


 ルーシーはそう言って部屋に入っていき、結局どっちなのかについての言及はなしだった。


 姉の姿が見えなくなってから、アレンもそれとなく頭のてっぺん辺りを気にしながら、部屋に向かい、テーブルに着いた。

 


 …………

 ……

 …



 エキドナが用意してくれた暖かな料理は、長い一日の締めくくりを飾るのにふさわしく、アレンの心を安らかな気持ちで満たしてくれた。


 ランダルも常に微笑みを絶やさずにホーストのくだらない冗談に――貴族の人間相手に堂々と話をする父に、アレンは少し感心していた――耳を傾けていた。


 食事が終わり、後片づけを終えたエキドナがテーブルに戻ってくるのを待ってから、ホーストは改めて口を開いた。


「よし、食事も終わったところで、アレン、答えてもらうぞ? 」


 家族全員――二階で寝ているカトリーナを除く――と他一名がテーブルに着いたのを見計らって、アレンはランダルの補足を交えながら家族に事の一部始終を説明した。


「ま~たオオカミに襲われたの? ほんっとに不思議よね、アンタって」


 まず初めに口を開いたのはルーシーだった。


「本当ねぇ。でも、ケガがなくてよかったわ。ランダルさんに感謝しないとね? 」


「いやぁ、まさかよりにもよって、お前がフランツベルクの御曹司に助けられるとはなぁ。偶然にしちゃあ、中々面白いじゃあないか。あ、いや、こりゃ失礼」


 ホーストは頭をポリポリ掻きながら、ランダルに向かって非礼を詫びた。


 ランダルはクスクス笑ってホーストを見ていたが、何かを思い出したように口を開いた。


「ご主人。先程、道具屋の夫人にお会いしたんですが、彼女も、そしておそらくあなたも、奥様も、どうやら僕を――いや、フランツベルク家の人間の誰かをご存じのように思うのですが、違いますか? 」


 アレンも気になっていたことだった。

 フランツベルク家とは、何かヘファイスに馴染みのある貴族なのだろうか。


 そうでななければ、ホーストたちと何の関係があるのだろうか。ホーストはエキドナと顔を見合わせ、目を細めてニヤッと笑った。


「ほぉ、よく見てたもんだなぁ。とてもアレンにゃ真似できない芸当だ」


「僕だって気付いてたさ」


 少しムッとしたアレンが口をはさんだ。ルーシーがクスッと笑ったのをチラリと見て、ホーストは先を続けた。


「いや、何か隠すことがあるわけでも何でもない。ただ、お前さんの親父さんとちいっとばかし縁があるだけさ」


「父をご存じなのですか? 」


 ホーストはいかにも、「興が乗ってきた」と言わんばかりに頷いた。


「あぁ~懐かしいなぁオイ! 確かあれは……」


「さぁさぁ、ランダルさん。お風呂でもいかがですか? よろしければこれからお湯を沸かしますよ? 」


「おいおい! そりゃないだろう母さん! 」


 ホーストが口上を述べる前に、エキドナがその独特のふわふわとした笑顔で、容赦なく夫の――間違いなくこれから長くなるであろう――思い出話を強制終了させた。


 ランダルが微笑んだままアレンに小首をかしげてきたので、アレンは肩をすくめ風呂場までランダルを案内するために立ち上がった。


「あぁ、そうだ。父さん」


「あん? 」


 アレンは同じく立ち上がったランダルに目配せをして先を促した。


「あぁ、質問がもう一つありました。ヘファイスには、実はある人の紹介で、ある鍛冶師を訪ねてきたのです。父の剣を作った鍛冶師の方だと聞いているのですが」


「ってことらしいんだ。父さん、誰か思い当たる人はいない? 」


「父親の剣……ねぇ」


 ホーストは席を立ち、食事の際に壁に立てかけられたランダルの片手半剣バスタードソードを手に取り、職人らしく目を細めて丹念に眺め始めた。


 持ち主であるランダルに断りもなく剣を鞘から抜き、ランプの光に反射する鋼の輝きを見つめる。


 そしていったい何がおかしいのやら、時折クックッと笑い声を漏らしながら眺めているので、傍から見れば確実に怪しい人物である。


 部屋全体の空気が微妙な感じになってしまったので、アレンはエキドナとルーシーに目で助けを求めたが、二人とも困ったような笑みを浮かべ、「どうしようもないでしょう? 」と言わんばかりに肩をすくめるだけだった。


「……もしかしたら、何か書状みたいなものをもらっているんじゃないか? あれば見せてくれ」


 ホーストは剣を眺めながら出し抜けにそう言い、ランダルは懐から羊皮紙を取り出し、ホーストに渡した。


 蝋で封印された手紙の裏表を見たホーストは、おもむろに手紙の封を解いて手紙を読み始めた。


「ちょ、父さん! 何やってんの!? 」


 アレンは狼狽して父親とランダルを交互に見て言った。

 ホーストは質問には答えず、せわしなく目玉を動かしながら手紙を読み進め、読み終えると同時にニヤッと笑った。


「明日は楽しくなりそうだな。ランダル・フォン・フランツベルク。貴殿のご依頼、このホースト、確かに受け賜わった! 」


「「え? 」」


 アレンとランダルが、同時に声を出した。


「その剣打ったの、父さんだったの? 」


「へぇ、まさか君のお父さんがホーストさんだったなんてね。ふふっ、これはいよいよ本当に『幸運』なのかも」


「ハッハッハ! だから言ったろう? この二人が出会うなんて、偶然にしちゃあ中々面白いことだってな」


 顔を見合わせる二人に向かって悪戯好きな子供のような笑顔を見せ、ホーストは会話を締めくくったのだった。


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