第12話 断章 決勝戦 第二局面より


「――はあぁっ!!! 」

 

 剣撃と鎚撃の応酬の末、振りかざした剣の鍔に、フランツベルク家の家紋が燦然と輝く。


 ランダルの鋭い息吹と共に、大上段から一気に振り下ろされた片手半剣バスタードソードを、目の前の青年は攻撃範囲外へと逃れるのではなく、あえて前へ踏み込んだ。


 最も力の伝わりにくい鍔元に潜り込み、やや斜め気味に掲げた左腕の円形のラウンド・シールドの鉄枠に、高速で振り下ろされる刀身を滑らせる。


 金属同士が強くこすれあい、刹那に消えていく橙色の火花が宙に飛び散るのと共に、聞く者の肌を俄かに粟立たせる類の甲高い音が闘技場コロシアムに響いた。

 

 力の方向を緩やかに変えられた片手半剣バスタードソードは、地面すれすれでその動きを止めた。


 その剣圧の凄まじさたるや、巻きあがった砂塵が真っ二つに分断されるほどだった。


「……まさか、今のを前に出て受けに来るなんてね。しかもあんなに上手く受け流すなんて」

 

 密着した状態から、二人は動かなかった。


 剣を振り下ろした状態から、ランダルは動かなかった。


 受け流しの過程でその身をひるがえし、今は背を向けた状態で密着しているアレンが、ランダルの手首あたりを、血管の浮き出たたくましい右腕で押さえつけていたからだ。


「ッチィ……なんて馬鹿力だよ。ったく、受け流すのと同時に二、三発入れてやるつもりだったってのに……こうやって、次の一手を抑えるだけで精いっぱいとはな」


 アレンも動かなかった。否、動けなかった。


 この至近距離でうかつに手を放せば、一瞬にしてその刃の餌食になることを理解していたからだ。


「――楽しいかい、 アレン? 」


 兜越しにではあるが、耳元でランダルはそう囁いた。


「ハッ、初めて他人ひとから耳元で囁かれんのが、まさかこんな状況だとはなぁ。鳥肌が立つぜ」


 半ば自棄になったように、アレンは笑った。


「……俺は怖いよ、ランダル。お前が怖くてたまらない……でも、もしかしたら、その半分くらいなら……楽しいのかもな? 」


「なぁ~んだ、たったの半分かぁ。僕はね、アレン、すっごく楽しいよ? 怖さの十倍くらいね。」


「ハハッ、そうかい。それじゃあ、とことんまで付き合ってやる……よ! 」

 

 言い終えると同時――否、言い終わるよりも若干早く、アレンはランダルの両の腕を押さえつけていた右腕を開放し、最短距離で肘鉄をその端正な顔へ叩き込もうとした。


 しかし飛んだ肘鉄の先に、もはやランダルの姿はなかった。


 押さえつけられていた腕が解放されたのと同時――これも否、込められていた力が緩み始めた段階で、ランダルは体を時計回りに回転させてアレンの斜め左に回り、その肘鉄をかわしていたのだ。


 さらに、回転を加えて威力を増した流麗かつ凄艶な横薙ぎの一閃が、アレンに襲い掛かった。


「――ッッッ!! 」


 大気を震わせるほどの、観客の大歓声と共に、アレンが装備していた古風な造りの兜が、闘技場コロシアムに舞った。


 ゆっくりと、きれいな弧を描いて……


 ――ガシャンッ!!!


 重い金属音を立てて、兜は地面に落ちた。

 必殺の剣撃をまともに受けたその左側面は、見るも無残にひしゃげていた。






 アレンは、生きていた。


 片膝をつき、急激に早まった心臓の鼓動を身体全体で感じ、わずかに息を震わせながら、アレンは自分の身代わりとなって果てた兜を見つめた。


「その方が、いくらか涼しいんじゃないかと思って。兜かぶってると、アレンがどんな顔してるか見えにくいし、ね? 」


「……あぁ、そうだな」


 アレンは顔を上げず、俯いたまま答えた。

 闘技場コロシアムに吹き込む風が、汗をかいたアレンの顔を優しく撫でるように吹き去っていく。


 俯いたアレンの汗でぬれた髪が、風に揺られてふわりと逆立った。


「ん、どうかした? もしかして、怒ってる? 」


「……いいや、やっぱ、前言撤回だ」


「? 」


「お前の事、めちゃくちゃ怖ぇよ。ランダル。楽しさの十倍くらいにな? 」


 俯いたまま、アレンはそう言い放った。


「……えぇ~? なんかさっきより多くなってない? 」


 そう言いながら、ランダルは掌の中でクルリと片手半剣バスタードソードを回すと、切っ先を相手に向けて構えた。


 ――刺突の構えだ。


 ふざけた口調とは明らかに異なり、その灰色の瞳には、冷たい光が踊っていた。


「僕は撤回しないよ? 本当に、君との勝負が楽しくてたまらないんだ。この先に待っている栄誉など、微塵も気にならないほどにね」


 アレンはゆっくりと立ち上がった。

 兜がなくなって、よく見えるようになったその顔を上げながら……


「心配すんな。とことんまで付き合ってやるってのは撤回してないだろ? どのみち、全部出し切らなけりゃ、勝てない勝負だしな」



 ランダルは見た。


 目の前の青年の、鋭い大きな犬歯を覗かせる、屈託のない笑顔を……


 その笑顔は、「剣聖」ではない、ただの「ランダル・フォン・フランツベルク」である自分を肯定し、無謀と知ってなお、その隣に立たんとするものが持つ笑み。


 三年前の彼ならばありえなかった、大志ある者のみが持つ笑顔であった。

 



 アレンは観客に手を振って、自身が無事であることを知らせていた。


 アレンのアピールに、観客はまたしても大きな盛り上がりを見せた。


 観客席を見まわしていたアレンの視線は、ある一点で止まった。そして、目を細め、何かを呟いた。


「え? 何? 」


「……い~や、なんでもない。さぁ、早いとこ再開しないと、またアレが鳴るぜ? 俺、あの音あんまし好きじゃないんだ」


 アレンは嫌な顔をしながら、クイッと親指で背後の大きな銅鑼を指した。


「フフッ……わかったよ。さぁ、再開しよう! アレン! 」


「あぁ、せいぜい後悔しないようにな! この勝負、もうそんなに長くないかもしれないぜ? 」




 ――あぁ、やっぱりこのまま、時が止まってしまえばいいのに。




 剣と鎚が交差しあう輪舞曲ロンドの再開と共に。


 年若き剣聖、ランダル・フォン・フランツベルクは、また、ふとそんなことを考えたのだった。




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