第5話 開店

 数日後、ようやくカールさんの宿屋が再オープンとなった。なんやかんやあったが、わりと早めに再開できてよかったと安堵する。ちなみに、お客に料理を提供するというプランはボツになった。単純に料理免許を持っているものがいなかったからである。本当に時間の無駄だった……。

 

 そして、カールさんは会計、マチレスは宿屋と泊まっている人達の用心棒、そして俺は掃除、部屋の案内係となった。昔から掃除好きだったし、ふだんから清潔にしておかないと伝染病等が広がるかもしれないし。

 それに、会計ができるほど硬貨について詳しくないし、マチレスのような強さは持ち合わせていないし。そんな感じで、まあ必然な気はする。いずれにせよ、新しい生活のスタートだ。気を引き締めていこう。

 俺は換気のために2階のベランダのドアをあける。少し外を眺めてみると、左側には港があり、船が沢山とまっている。やはり文明は元の世界のほうが進んでいるようで、とまっている船は帆船や手漕ぎボートのような物ばかりだ。

 そうだ、いつかあの港まで行って魚でも調達してこよう。競りみたいなものがあるかもしれない。

 

 俺がそんなことを考えていると、一階から入口のドアのベルがなり、カールさんの「いらっしゃいませ」という声が聞こえた。どうやらお客が来たらしい。

 さてと、今日も一日頑張りますか。俺は急いで下へと降りていった。 



**** 



「すみません、一泊泊めさせてほしいのですが」


 来たのは優しそうな中年の男性一人。背が俺やカールさんよりも高く、額の右側にバンソウコウをつけている。旅の途中なのかリュックサックをからっていた。見るからに沢山入っていて重そうだ。

 あ、こういう荷物って持った方がいいのかな?接客業はラーメン屋のバイトでしかやったことがないけど、とりあえず話しかけてみる。


「あー、荷物重そうですね。部屋まで運びましょうか?」


「本当かい?いや〜、ありがとう。こんなに親切な宿屋は初めてだ。それじゃ、重たいがお願いできるかい?」


「いえいえそんな。では、お預かりしますね」


 男性は肩からリュックサックを下ろし、それを俺に差し出してきた。

 俺はここまで喜ばれるのなら、どんなに重い荷物だろうが運んでやろうと意気込んで持ち―――


 重っっ!!なにこれ何キロ!?


 え、これって人がからっていい重さなの?

 腕もげるわ、骨折れるわ!よくリュックサックの底が抜けないな!


「それでは種族名とお名前、何泊滞在するかをこちらにご記入下さい。あと、用心棒依頼でしたらこちらに」


「両方選択なんてのはできますか?」


「構いませんよ」


 カールさんが受付の対応をしている。俺は男性が受付をしている間は近くの椅子においておくことにした。とてもずっとは持っておけない。

 ……置いた椅子の脚が折れないか不安だが。

 汗を拭い、ふ~と深い息を吐いていると。


「あー、巨人族の方なのですね。というと、この国には観光か何かで?」


「巨人族なのは母の方で、私は巨人族と人間族のハーフなんですがね。そうですね、この国は食べ物が美味しいと聞いて。あちこち食べて回っているんですよ」


 巨人族?え、この世界の宿屋に泊まりに来る人って人間だけじゃないの?!でも、巨人って人間より大きいから力は強いのかもしれないな……。だからこんなに重たい荷物もからえてたのか。この人もよく見たら筋肉質っぽいし。


「それで、用心棒依頼はどのようなご要件で?」


「あーそれが、来ている途中不良に絡まれまして。戦闘の腕は御粗末そうなのですが、そいつらの持っている武器が結構上等で……」


「なるほど、それでご利用なさるのですね。もしかしたらこの地域で頻繁に活動していると噂の『クオーラルズ』かもしれませんね……。では明日の朝、日が昇るまでの間護衛をつけます。名前の指定はできませんが、よろしいですか?」


 いいだろ全然。下手なボディガード雇うより、飯奢っただけで一生ついてきますっていう極強いやつのほうが断然いいよ。

 というか、金貨を狙って襲ってきた、マチレスが撃退した時のあいつら、もしかしたらその『クオーラルズ』って連中なのかも……。


 そんなことを考えていると、玄関のベルの音がする。またお客だろうかと思って振り返ると、宿屋の玄関前で警備をしていたはずの大正のメイド服を身にまとったマチレスがひょこっと顔だけ覗き込んできた。


「どうした?」


 俺が声をかけると、カールさんと巨人族のハーフという男性もマチレスに気付いて振り返る。

 マチレスは小声で俺に質問をしてきた。外は賑わっていて聞こえづらいが、なんとか聞き取ることに成功する。


「あの、その方ってもうこの宿屋に泊まる手続きをし終わっていますか」


「えっ、うん、まあ。お前が入ってくるほんの数秒前くらいには」


「あっ、分かりました。じゃあその方は護衛対象ということですね。では早速仕事に取り掛かります」


 そう言ってマチレスはまた外に戻っていった。


 …………?え、どゆこと?シゴトニトリカカル??


 そう思っていた矢先。


「うわーーっ!」


 宿屋の前から声が聞こえてきた。男性の声だ、まさか仕事って……!

 俺が急いで外に飛び出すと。


「なっ…!?アニキ、しっかりしてください!」


 またどこかで見たことのある光景。ガタイのいい男がマチレスにやられたのか気絶していた。そいつらの服装はこないだ金貨を盗みに来て失敗していた奴と同じだった。あと3人組。ここまでの条件は一致しているが、顔を見るとこの間の人物ではなかった。

 たまたまそこを通りかかった近所に住んでいる人達は、3人組とマチレスを交互に見ながらザワザワとしている。


「いっ、一撃でアニキがのびてやがるっす!クソッ、テメェどうしてくれるんすか!今宿屋にいるやつの金奪って『クオーラルズ』の皆でスイーツパーティをするっていうアニキの計画が台無しじゃないっすか!」


 なにその可愛らしい計画。顔ゴツいのに甘いもの好きとかギャップ萌えが凄い。

 でも分かる、美味しいもんな甘いもの。


「俺はねり飴とかシュークリームとかが好きだぞ」


「っ!?何だお前いきなり話しかけんな、ビックリするわ!……まあ?シュークリームは俺もアニキも好きっすけど?」


「お前なに甘いもの議論始めてんだ!?アニキが気絶してるんだ、この状況をを切り抜ける案を思いつけよ!」


 なんか不良の二人が漫才を始めてしまった。というか、シュークリームってこの世界にもあるんだ。伝わらないかもとか内心思ってたから嬉しいなぁ。……じゃなくって!そうだ、甘いものよりもこの状況だ。


「そうかお前ら、宿屋に泊まりに来た客を狙っているんだな!?」


「来たときからずっとそう言っとるわ!中にターゲットが入ったから、出すようにそこのねーちゃんに頼んだら中を覗き込んで暫くした後、いきなり棒で殴られてアニキがやられちまったんだ!」


 だから木の破片らしきものが散らばっているのか。……この間だと似たような感じだなぁ、めんどくさい。とにかく。


「マチレス、こいつら宿屋に入ってきた人を狙っている奴で間違いないか?」


「シュークリーム、ねり飴……!」


「……聞いてるか?」


「はっ!私としたことが、甘いものに心を奪われていました。そうです、間違いありません!ずっとあの男性の背後から追ってきていたので気になってはいたんです」


「そういうことは早めに俺かカールさんに言おうね!?」


 すると、二人がアニキとか呼んでいる人を担ぐ。


「今回のことは見逃してやる。しかし、今日のことで大アニキが黙っちゃいねぇぞ。覚えておけよ!」


 そんなお決まりの捨て台詞を吐いて何処かへ行ってしまった。



 ………本当に面倒なことになったなぁ〜。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る