第4話 最終確認
次の日の朝。俺は予想よりも早く起きたので、店の最終確認を始めた。
元々今日はそのつもりだったが、自分で店をあらかじめ見て回る方がいいだろう。
まずは1階。会計、暖炉、トイレ、カールさんの部屋に厨房と盛り沢山。だがどうやら1階には客に貸す部屋はないらしい。続いて2階。昨日涼むために出たベランダに、客に貸し出すことができる部屋が2つある。その他には学校にあるようなちょっとした掃除用具入れがある。中には雑巾とほうきが二つずつ。掃除用具は買わないでよさそうだ。
他の所も隅々まで見てみたが壊れている部分は特になく、修理の必要はなさそうだ。それだけでも手間が省けてラッキーだな。これなら本当にすぐ宿屋としてオープンできそうだ。あと、確認することがあるとするならば……。
「あ、おはようございます」
貸部屋に寝ていたマチレスが俺の足音に気付いて出てきたようだ。
「おお、マチレス。おはよう。昨日はその……、ありがとな」
まだ少し眠そうなその顔に、俺は改めて昨日の礼を言う。
「ああ、いいですよ別に。弱音を吐きたくなるときくらい、誰だってありますよ。気にしないでください」
「おお、そうか。もしマチレスになにか悩みができたときは俺が聞くよ。いつでも言ってくれ」
俺がそう言うとマチレスはコクコクと頷き、
「そういえば、ここで何をしていたのですか?」
「ん、ああちょっと早く起きたから開店の前に確認でもしておこうと思って。よければこの後にでも手伝ってくれないか?」
「がってん承知の助です」
返事の癖強っ。素直にハイと言えないのかこいつは。いやまあ、人それぞれ個性があるのはいいことなんだけども…………。
髪をといてくるので下で待っておいてくださいとマチレスは言い残し、部屋に戻っていく。
その時、マチレスが首につけている銀のチョーカーのようなものが太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。そういえば聞きそびれたけど、結局あれって何なんだろう………。
その背中を見送ったあとに、俺は階段を降りて1階へと戻っていったのだった。
****
「よーし、じゃあ第1回お料理選考会を行いまーす」
「わー」
「よろしくお願いします」
……挨拶バラバラだなぁ。なんだよマチレス、棒読みの「わー」って。めっちゃやる気なさげじゃん………。盛り下がるなぁ。
すっかり日が昇り小腹がすくころ、俺達はお客に提供する料理の選考会を開くことになった。部屋の確認と掃除が終わったところで、俺はカールさんに泊まる客に料理を提供してみてはどうかと提案したのだ。ここにある厨房はそう汚くもなく劣化もしてなさそうなので、せっかくなら使おうと考えた。
そこで朝早くに俺とカールさんで材料の買い出しに行った。食物等は元の世界とそう変わらず、普通に買い物ができた。その間にマチレスには持っているメイド服に着替えといてくれと言っておいたのだが………。
「思ってたのと違う」
「何がですか」
「その格好がです」
いや、メイド服なのはメイド服なんだけども…………。
「なんで大正時代のメイド服なんだ」
――――そう、マチレスが着ているのは上が紫の着物のようなものと、下には赤紫の色をした袴。更に腰にはエプロンを巻いている。これはまさしく大正のメイド服。なにこいつ、タイムスリップでもしてここに来たの?
まあとにかく置いといて。いや、なんとなくはわかってたよ?会った時から袴も着てたし。でもなあ。当人は指摘されているところが何のことか分からずきょとんとしている。そーでしょうね、ずっとそれで仕事してきたんだろうからね。いや似合うけども、この洋風な街並みでは目立つのよ。
…………あ、でもその方がお客が物珍しさに店に入ってくる?
………。
「いいか、もうそれで」
金欠だし。
「いいかって何ですか、いいかって。どこが悪いのか言ってくださ」
「はーい、それでは次に行きまーす」
俺は無理やり先に進める。
「マチレス、お前料理って作れるか?」
「……ええまあ、それなりには」
「じゃあさ、ここにある材料で何か作ってくれ」
「え。あ、はい」
マチレスはそう言い、材料をもって厨房へと入っていった。どんなものができるのか楽しみだ。ちなみに俺も少しは料理ができる。
今年やっと進路を料理専門の学校に決めたところだったのだが、あんなことが起きて………。
あー………、辛い~。
そんなことを考えながら数十分後。厨房のほうからいい香りが漂ってきた。
お、完成するの早いな。
「できました」
と自信満々にマチレスが持ってきたのは、
「おー、うまそう!ちょっと味見してもいいか」
マチレスがうなずいたので、俺はさっそく一口食べる。
「おーっ!めちゃめちゃおいしい、魚の煮加減が丁度いい!」
続いてカールさんも口にする。
「おおっ………、これはうまい。今までに食べたことのない味だ!」
どうやらカールさんもお気に召したらしい。
俺達に称賛されてマチレスはまんざらでもなささそうな顔をしている。ふむ、この安い材料でこれだけうまいならけっこう売れそうだな。さすがメイド。手始めにこの店の看板メニューにでもするか。あ、パンと一緒に食べてもおいしいかも。
「よし、売れるレパートリーが増えたな」
「いや~この料理をまねできる人なんていますかね」
「いや~、誰もいないだろ~」
ははっと俺が笑うとマチレスは、
「えっ、じゃあだれが作るんですか?」
と言った。
………………?
「いや、お前だろ」
「え、私は料理できませんよ」
…………………?
「え、普通に上手いよ。そんな評価を下げなくてもいいんじゃ」
「そうじゃなくて、業務上です」
…………へ?
「私は家事レベルの星5のうち4しかないじゃないですか」
「おん」
「その欠けた1つの星が料理なんですよ」
………噓だろ?
「え、こんなに上手いのに?」
「いやあ、なんか前の主人のときに料理出そうと思ってたんですけど、気付いたらなんか食べちゃってて。料理免許剝奪されたんですよ」
「食べたって、お前が?」
「はい、気付いたら。記憶ないんですけどね」
ああ、こいつって若年性アルツハイマーだったんだな。可哀想に。
………じゃなくって!!
「噓だろまじかよなんてこった!先に言ってくれよ!」
「いや、今日のお昼を作るものだと」
「人の話はちゃんと聞こうな!?というか、この際だから言わせてもらうけど」
「なんでしょう」
「お前さ、前普通にメイドとして働いてたんだろ?じゃあ金がないのって給料全部銀行的なところに振り込まれてあるからじゃないのか?」
「………確かに」
………アホーー!!
その後俺達は街の中央銀行に行き、マチレスの全財産を確認した。
その額はなんと約3600万フリーデン。そしてそのお金を使って、俺達スタッフの宿舎を作りたいとマチレスが言ったのはまた別の話。
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