第3話 心情


「にゅわぁ〜、おいひ〜」  


 夕食用にカールさんが買っておいてくれたパンを頬張りながらマチレスは言った。


「確かにおいしいけど、さっきあんなことがあったのによくそんな切り替えて食えるな………」


「人生何事も、切り替えて適応していくのが長生きのコツなのですよ。そういえば、店主さん戻ってこないですね」


「あ~……、やっぱり届け出って時間かかるんじゃないか?それか夕方だから道が混雑してるとか。先に食べてって言われたから、遅くなることわかってたのかもしれない」


 なるほどですねと言って、マチレスはまたパンを頬張る。


 ………いやあ、ただの食いしん坊の娘だと思ったんだが。まさか大の大人を圧倒するほどの強さだったとは。そりゃあ有名人になるか。


「………マチレス、さんはさ」


「さん付けはやめてくださいよ、気持ち悪い。普通にマチレスでいいです」


「気持ち悪いって………、まあそれでいいならいいけど………」


 さっきの戦闘が凄すぎて、若干ビビってる俺に対してあっさりと返すマチレス。ま、本人がいいならいいか………。


「マチレスはさ、どうして今日この街にいたんだ?」


「あ~……、ソレ聞きます?」


「嫌なら言わなくてもいいんだけど。ただ」


 そう。俺は出逢った頃から気になっていた。


「なんでそんなに強いのに、誰からも雇われてないのかなーってさ。いや、普通に考えたら。そんなに強かったらみんな喉から手が出るほど雇いたくなるし、仕事にも困らないから金欠にもならないだろ?本当に素朴な疑問」


「………食べながらなので、少し長くなっても?」


「ああ、全然いいぜ」


 そこからマチレスはゆっくりと話し始めた。

 何故ゆっくりなのかというと、本当にパンを食べながらだからだ。話す隙がないほどパンを食べまくる。ビックリするほどとにかくマイペース。一度パンを置きはしたが3秒程経った後、また食べ始めた。食欲には抗えなかったらしい。

 核心を突いたかとか個人的に思ったが、緊張感のかけらもないなぁ………。


「私が何で有名人なのかはおいといて、雇われ先がない件についてですけど」


「おおーこいつ、サラッと重要なところをとばしやがったぞ~」


「まあまあ、おいといて」


 正直一番聞きたかったところをとばしたマチレス。だけど、嫌なら話さないでいいっていったしな………。

 俺がそんなことを考えていることも知らずに、マチレスは続きを話しを続ける。


「私、最近まである大物の政治家のメイドだったんですよ。でもだいぶ前にその人が亡くなってフリーなんですよね。で、この国の政治家って関わるとろくなことがないんですよね。それで、みんな恐れて雇ってこないんじゃないんですかね」


「おい、不確かな情報を入れるな。お前個人の感想じゃねーか」


「そんなことより」


「おい、無視をするな」


「このパンおいしいですよ、ほんのりと甘味があって」


「………」


 結局殆どなにも明かさずに話は終わってしまった。所要時間は約3分。そのうち9割はパンを頬張っただけで終わってしまった。

 もうあれだ、マチレスが食べるときは黙食だ。会話が成り立たん。

 その後暫くしてカールさんが戻ってきたがその話の続きをすることはなく、用意してくれた布団で眠るのだった。    



****     



『気を付けて、楽しんできなさいね』



『昼から出発だからな、あんま体力消費するなよ』



『わかってるって。じゃあ、行ってくる』 




『緊急地震速報、強い揺れに注意して下さい』



『パパー!どこにいるのー!』



『危なーい!!』   



****  



「――――っ!!」


 目が覚めると、俺はカールさんの宿屋にいた。


 ………夢か。気が付くと俺の服は汗をかきまくってビショビショになっていた。

 あーくそ、嫌な夢みちまった。寝ようにも体が熱くてすぐには寝れなさそうだな………。


 俺は涼むために二階のベランダへと足を運ぶ。

暗いので気を付けながら階段を上る。

 暫くすると、窓から差し込む星の明かりで、廊下が明るくなっているのを確認できた。明かりがあるだけで、こんなにも歩きやすくなるのか―――――――


「あ、ユウトさん。こんな所で何してるんですか?」


「うわっ、びっくりしたあ!」


 後ろから急にマチレスが声をかけてきたおかげで、夜中なのに思いっきり大きな声を出してしまった。それにしても、足音が一切しなかった。まるで忍者みたいだ。


「ビビりですねぇ」


「うるせえやい。お前こそ何しに来たんだよ」


「決まってるじゃないですか、【ハミガキ】ですよ」


「あー、なるほどね」


 ん、でも待てよ。こいつ俺が寝る前に歯磨きしてたような気が………。

そう思いマチレスの手元をよく見てみると―――――――


「げっ!?」



 昼間会った時から持っていた、あの日本刀のようなものを持っていた。



「おっま………!何してんの!?」


「は?さっき言ったじゃないですか。【刃磨き】をしに来たって」


 ん、ああなるほどね。そっちの刃磨きね。ふーん…………じゃなくって!!


「怖いし、分からんわ!」


 俺がそう言うと、マチレスは頰をプクリと膨らませ、どこか不満げな顔になった。だがそれ以上は何も言わず、ベランダに出て、そこにあった緑色のベンチにストンと座る。俺もあとに続いた。出てみたのはいいものの、ベンチがマチレスの座っているもの以外見当たらなかったので地べたに腰を下ろす。


「何してるんですか?」


 座ったとたん、マチレスが俺に話しかけてきた。何してるのかといわれましても…………。


「なんでそこに座っているんですか」


「え、他に座ることないから………」


「?私の隣が空いてますよ」


 ――――こいつ、案外優しい。ただの食いしん坊の娘とか思ってごめんな………。


「え、いいのか?」


「当たり前でしょう。ベンチは数人で座るものですよ、知らないんですか?」


 ………前言撤回。こいつ、地味にカチンとくることを言ってくる。

 まあそんなことがありながらも、俺はマチレスの横に腰を掛ける。ベンチは随分と前から置いてあるのか、所々汚れが目立っていた。まあ地べたより汚れないだろう。そういえば、この世界に来てから風呂とか入ってないな……。汗もべたべたして気持ち悪いし、今度どこにあるのかカールさんにたずねてみよう。

 涼しい風がそよそよと吹いている。熱くて眠れなかった俺にとってとても心地よい。横を見ると、マチレスが油のようなものを含ませた布で刀の手入れをしていた。

 今のマチレスは昼間のようにポニーテールではなく、長い髪をおろしている。こうなるととても大人びた雰囲気になるな。


「ふう~」


 暫くして、マチレスが息を深く吐いた。どうやら手入れが終わったらしい。


「終わったのか?」


「あ、はい。それはもうピカピカになるほどに」


 そうか、と俺は言って夜空を眺める。無数の星がキラキラと輝いている。そういえば、ここって月みたいなポジションの星ってないんだな。


「どうかしましたか?」


「えっ、なに?」


 星を眺めていると、マチレスが急に話しかけてきた。なんにも言ってないけどな。


「あ、いえ………。なんだか悲しそうな目をしていた気がして。何もないならいいんですけど」


 ―――――――


「………少し、話し聞いてもらってもいいか?」


「ん、ええ。私でよければ何なりと」


「そうか、ありがとう。………俺、実は自分の国から逃げてきてさ」


「………逃げてきた?」


「そう。別に悪いことしたからってわけでもないんだけど。自分が住んでるところで災害が起きて。死にそうなところをカールさんに助けてもらったんだ」


「……そうだったんですか」


 でも、心残りがあって。


「だけど、本当はそんな目に合う必要なんて無かったんだ」


「それは、どういう……?」


「本当はその時、家族と旅行に行ってたはずなんだ」


「―――――」


「でも、俺が無理言って昼から行くことにしてさ。朝は友達と遊び惚けるつもりだったんだ。でも、行く途中に――――」


「災害が起きたと」


「………そう。今になってから思うんだよな。なんであの時旅行に行く時間をずらしてしまったんだろうって」


 後悔先に立たずとは、よく言ったものだ。


「そのまま行ってたら、被害にあうことはまずなかったし。俺の家族は助かってたはずなんだ。なのに………俺だけ助かって」


「つまりユウトさんは、自分だけ助かったことを後悔している、と」


「………おう」



「馬鹿じゃないんですか?」



 と言って、マチレスは俺に励ましの言葉を………ん、あれっ?


「今。馬鹿って言った人、挙手」


「はーい」


「やっぱ言ったよな!?」


「だからそう言ってるじゃありませんか」


 俺は再び、夜中なのに思いっきり大きな声を出してしまった。なんだこいつ、人の心ないのか。


「ユウトさん言いましたよね、はっきり。《俺だけが助かった》って」


「――――っ」


「あなたの、ユウトさんの本当に自慢の家族なら、簡単に死にはしませんよ。人間、あなたが考えている程ヤワじゃないです」


「………本当に、そう思うか?」


「はい。二言はありません」


「…………そっか。だけど、もし行方不明とかになったりとかしたら」


「何回言わせるんですか?大丈夫ですよきっと。それに自分の家族なんですから、もう少し信じてみてはいかがです?」


「………しん、じる…」


「家族のあなたが信じなくて、一体誰が信じるというのですか?きっと自分を待ってくれてる、きっと生きてるって。もっと、人のことを信じてみてくださいよ」


「………そうだ、よな、そうだよ。すまん、頭冷えたわ。ありがとう」


 俺はそう言い、また星空を眺める。自分の悩みを、まるで刀にでも真っ二つにされたような気分。なんでこんなことで落ち込んでいたのかと、自分が嫌になるほどに。あんなに直球で言われたのは初めてのはずで、でもどこかこの感覚に安心している自分もいて。

 家族は生きている、そんなにヤワではない。真っ向から馬鹿と言われて否定されたけれど、助かっているという淡い希望にマチレスは一票入れてくれた。やっぱり、どこかこいつは優しいところがあるのかもしれない。

 じんわりと、星の光が滲んでくる。もうこれ以上服を濡らしてしまってたまるかと、俺はゴクリと無理やり飲み込んだ。



****  



「今日は色々悪かったな、マチレス」


「いえいえ、いいんですよ。また何かあったら言ってください。では私はもう寝ます、また明日」


「ああ、おやすみ。ああそうだ、マチレス」


俺は振り返ったマチレスに対して、あまり得意ではない笑顔を見せながら言った。



「マチレスに話してよかったよ、ありがとう」



 そして改めて、元の世界に帰ることを誓ったのであった。きっと無事で待っていてくれている、家族のためにも。

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