第2話 絶好調

 爺さんに金貨を貰ってから暫くして、俺は用心棒募集の紙を通行人に渡し続けていた。反応は思ったよりもイマイチで、皆渋々受け取っているという感じであった。そして、今は休憩中。

 

 噴水の近くにベンチがあったので、そこに座り込む。この世界は日本でいう五月くらいの気候のようだ。過ごしやすくはあるが、少し汗ばむ。四季なんかはあるのだろうか。


 そして先ほどもらった金貨は、数えてみるとなんと三枚。一枚6万円…じゃない、6万フリーデンの価値となると……え、18万フリーデン………。大金だ!え、初日でこんなの手に入るんだ。っていうか、そうなったらあのパンいくらなの?この金額より高いパンなんてあるのかよ?!

 まあいい、これを使って今日の晩飯をカールさんに帰り買っていこう。あ、俺が所持金ないって知ってるから、むこうが買ってくるかな?ならかぶるからやめておいたほうがいいか………。いずれにせよ、大切に使わなければ。


 5分くらい経ったので、場所を変えて呼びかけを行ってみることにしよう。カールさんの宿屋の前でやってみようかな。と考えをまとめていると、俺の背中に誰かぶつかってきた。またかとは思いつつも、俺は振り返りながら声をかける。


「っと、大丈夫ですか」


 そこには、黒いフードを被った人がいた。

 身長は俺と比べるとかなり低い。俺が168cmくらいだから、10cm下の158cmあたりといったところか。フードからは少しだけ、長い銀髪の髪がでている。女の人だろうか、それとも……。


「す、すみません…」


 俺が思考を巡らせていると、力のない声が返ってきた。声的にどうやら女の人らしい。というか、俺に気づいたのに離れようとしない。あー、これあれか。さっきの爺さんみたいなかんじか。え、それはやばい。


「えと…、どうしました?大丈夫ですかっ?」


 俺はとりあえず彼女を支えて、人の流れがない道の端へ移動をする。口元を見ると、苦しそうに呼吸をしている。とてもぐったりとしている様子だ。


 えーもう、なんで今日こんなに巻き込まれるの!?でも、ほってはおけないし……。俺が言葉に詰まっていると、彼女が口を開く。


「……べ…の」


「へっ、なんて言いました?」


「食べ物!なんでもいいから食べ物を恵んでください!!」


「ええっ!?」


「昨日の夕食によって全財産が尽きてしまったんです!お願いしますっ!」


 と、頭を下げられる始末。


――――調子狂うなぁ、もうっっ!!



****



「ふあっ、生き返りましたぁ!ありがとうございます!」


「おっ、おう。よかったな…」


 結局、彼女は命の危険だとかそういうのではなく、ただお腹が空いて俺に倒れ込んできただけらしい。仕方なくさっきもらった金貨をその辺の飲食店でつかって、イバリコ豚という肉を一つと、天然水を買ってきた。買うとき、イベリコ豚じゃないんだとか、いつもこの豚威張ってるのかなとかなんとか思いながら金貨を出したら店員さんに「きっ……、ききき金貨ですかっ!?」と言われた挙げ句、お釣りが出るまで数分かかった。

 待っている間、めっちゃ沢山の人に見られた。注目が集まるのは割とキツイ。やっぱり金貨は、下町ではあまり見かけないのかな?そんなことを考えていると。


「すみません、大変お世話になりました。あなたは命の恩人です」


 先程の少女が話しかけてきた。


「いや、命の恩人ってほどでもないっすよ。ただ朝飯奢っただけだし…」


「何を仰るのですか!人の三大欲求の中に含まれる食欲ですよ!?一食でも抜かせば命に関わります!」


「そういうもんなの?」


「少なくとも私はそうです」


 す、凄い大げさだこの娘……。というか、この世界にも三大欲求とかあるんだ。


「……まあいい。俺は鹿島悠斗。君は?」


「あ、申し遅れました。私、こういうものです」


 すると少女は被っていた黒のフードをとり、俺に名刺のようなものを差し出してきた。

 その顔はどこか幼さを残したようだった。銀髪のポニーテールに、青の瞳。服装は黒のTシャツに紺の袴を着て、首元には水色のスカーフを巻いている。この街では見ないような服装だ。さらに、日本刀のようなものを装備している。

 見た目武士のコスプレイヤーっぽいなぁと思いつつ俺は、渡された名刺を見てみる。


「っと、なになに……。メイド国家試験一級合格、星4のレベル10………マチレス・ダリア18歳……?」


「はーい」


 あ、俺って異世界語話せるだけじゃなくて、読むこともできるのか。


 ………じゃなくって!


「えっ、メイドって国家資格とかいるの?!ってか、メイド服じゃないけど………」


「私服です。大体、雇い主がメイド服は決めるので。あ、メイドとボーイは国家資格いりますね」


 えっ、待って。色々聞きたいことがあるんだけど。


「えっと、この一級合格っていうのは…?」


「一番高い級での合格者ってことですね」


「じゃあこの星4のレベル10ってのは?」


「星というのはかじれべるのことで、レベルというのは戦闘力です。星5のうち4の家事レベルで、レベル10のうちマックスの戦闘力を持っているってことですかね。この戦闘力っていうのは、用心棒としての強さを表す基準です」


 ……え、めっちゃすごい人じゃん。なんでこんなとこにいるの?もしかしてここ城下町だったりする?


「それで、先程のお返しをなにかしたいのですがあいにく金欠で……。他に私ができることなら何でもするんですけど。……聞いてます?説明分かりづらかったかな」


 俺が固まっていると、少女、もといマチレスが話しかけてきた。


「え、ほんとに?何でもしてくれるのか?」


「ええまぁ…」


「そうか。じゃあ」


 俺は今日だけで持ってる運をすべて使い切らないのか心底不安になりながら、マチレスに言う。



「3ヶ月間、無賃金でメイドをしてくれないか」




****




「ただいま戻りました」


 夕方。俺達は待ち合わせ場所であった、宿屋の噴水へと向かった。


「お帰り、大丈夫だったかい。……えっと、その方は?」


 カールさんは俺の隣にいたマチレスを見て言った。俺はカールさんに今日あった大まかなことを話した。


「え!?そんなことがあったのか、本当に!?」


 カールさんは目玉が飛び出しそうなくらいびっくりしていた。それと同時に、少しだけ嬉しそうでもあったけど。

 カールさんは興奮したままマチレスに話しかける。


「それで君、本当に用心棒を引き受けてくれるのか」


「あ、はい。とりあえず契約期間の3ヶ月は」


 結局契約は成立した。今はたまたま雇われていなかったらしく、食べるのもさえ貰えれば3ヶ月間無賃金で働いていいということになった。食べるものさえあれば給料はいらない、か。ほんと食べるの好きなんだな……。


「ありがとう、本当に助かるよ!名前はなんていうんだ?」


「えっと、マチレス・ダリアといいます」


「………本当に、あの、マチレスさん?ああ、よかった…!ありがとうございますっ」


 と、謎にカールさんはマチレスの名前を聞いた途端敬語になった。俺は訳が分からずマチレスの方を見る。しかしマチレス自身は俺が見ていることに気づいているのかいないのか、こちらを見ようとしない。


「こうしてはいられない!すぐにでも店の出店許可証をもらってくる!君たちはこれでも食べて、宿屋で待っていなさい。ユウト君、全ては君のおかげだ、本当にありがとう!」


 そう言うと、大慌てで何処かへ駆け出していった。役所なんかにでも行ったのだろうか。っていうか…。


「あの……、マチレス…さん?なんで刀レベルに長い木の枝を持ってるんですかね………?」


「さあ、なんででしょう」


 マチレスの手元を見てみると、いつの間にか拾ってきた長い木の枝を持っていた。小学生男子かよ!


「はあ。汚いから、部屋には持ち込むなよ?」


 俺は念の為マチレスに忠告しておく。


「大丈夫ですよ」


 よかった、俺意外と綺麗好きだから助かっ――――



「―――どうせ、部屋に入る前に襲ってくるはずですから」



「えっ、それってどういう………」


 その時だった。ドサッという音が後ろから聞こえたのと同時に、マチレスが持っていた木の枝がバキッという音を立てて折れた。


 俺が後ろを振り返ると、少し離れたところに二人のガタイのいい男がいた。しかし、その顔は青ざめている。そしてその男の目線は俺の足元に落ちている。俺は意を決して足元を見てみた。

 するとそこには、あの二人組のようにガタイのいい男が一人、気を失って倒れていた。


「いっ……!?」


 俺は一旦その場を離れる。

 なんだこれ、どういうことだ………?もしかして、さっきマチレスが襲ってくるといったのは――――


「大通りで金貨を見せたら、まあこうなりますよね」


 マチレスが二人の男の方を見てそう言い放った。すると二人の男も口を開く。


「……チッ、こいつ後ろも見らずに枝一本で兄貴をやっちまいやがった………!」


 ……!じゃあ、枝が折れたのってマチレスが………?!


「てめえ、なにもんだあ………!?」


 一人の男がそう言うと。


「なら、これでわかりますか?」


 マチレスがそう言って、首元に巻いていた水色のスカーフを取る。

 そこには―――


「ぎっ、銀の首輪………!?」


「じ、じゃあおめえが………、マチレス・ダリア!?」


 自分の名前を聞くと、マチレスはにこりと笑う。幼い子の様な無邪気な笑顔が、ここでは少し怖く見える。と、マチレスは刀に手をやった。


「ひっ………、許してください!」


「どうか、命だけは………!」


 二人の男が跪いて、許しを請う。


「じゃあ、今回だけは見逃しましょう。それより、早くこのダウンした足元の人を連れ帰って介抱してあげたら?」


 マチレスが刀から手を離しそう言うと、二人の男はもう一人を連れてどこかに走り去ってしまった。


 暫くして、マチレスはぽかんとしていた俺に屈託のない笑顔で話しかけてくる。


「じゃあ、帰りましょうか、おなかも減りましたし!」


「ひとつ、聞いていいか?」


「……なんでしょう」


 俺は疑問をマチレスに問う。


「君は本当に、普通のメイドか?」


「別に最初から、普通のメイドとは言ってませんけどね」


 マチレスは一拍おくと。



「私はマチレス・ダリア。まあなんか普通にメイドやってたらいつの間にかこの国で一番戦闘力が強くなってて、かつては一目置かれた存在…?ですかねぇ。いやあ、自分で言ってて恥ずかしいですねー!」



 と、そんな物騒なことを言ってハハハと笑った。


 ………もういやだ、この世界。

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