ギリギリの宿屋と異世界生活

柳佐 翡翠

第一章 立て直し始動

第1話 危機一髪

 『緊急地震速報、緊急地震速報。強い揺れに注意して下さい』

 

 「建物から離れろ!」

 

 「津波が来るかもしれん、裏山へ移動だ!」

 

 「パパー!どこにいるのー!!」


 強い揺れだ。今までここでこんなに大きな地震があったことなかったのに。

 あらこちから叫び声が聞こえてくる。揺れが強くてまともに立つことが出来ない。苦労して築き上げたものが、目の前で崩れていく。


 ――どこへ行けばいい?

 

 ――何をすればいい?

 

 パニックに陥り、うまく考えがまとまらない。揺れはとまらない。これでもかというほど地面を揺らして――――


 「倒れるぞーー!!」


 声が聞こえた。振り返ると、自分の何十倍もある建物が倒れてきている。

 足がすくんでしまい、いうことを聞いてくれない。


 「逃げろーーーっ!!」


 その声が聞こえた瞬間、俺の目の前が真っ白になった――――



******



 建物が一向に倒れてこない。違和感を覚えた俺は、恐る恐る目を開ける。するとそこには、火のともっていない煤だらけの暖炉があった。

 ………はっ、えっ、ほっ??ん………どういうことだ?俺はさっきまで外にいて、建物に押しつぶされそうになって、それで…………。え、でもここはどうみても石造りの家だし。


「あっ……あのぉ………」


 あ、あのあと俺は気を失ったのか。

 んで、今は避難所かなにかに運び込まれているのか。納得納得。

 ……なんかさっき声が聞こえた気がする。俺が振り返ると、そこには薄汚れた服を着た中年男性がいた。外国の人っぽいし、表情はどことなく不安げだ。

 ああ、この人も俺と同じ被災者なのかな?とりあえず、話しかけてみよう。


「あ……、すみません。ここってどこの避難所ですかね?ってか、今はどんな状況ですか?」


 俺が質問すると、暫くして男性は言いずらそうに口を開いた。


「えっと、混乱してしまうでしょうが聞いて下さい」


 あー…、やっぱり被害は相当大きいのかな??


「ここは異世界、あなたは私が召喚したのです。急に呼び出してしまい、本当に申し訳ありません」


 んー、ん?え、異世界?なんじゃそりゃ。エイプリルフール……じゃないか。今は7月だし。夢……でもないか。頬をつねっても痛覚はあるし。


「え、だけどそんなわけないでしょ。だって、ほんとに異世界に来たんだったら、言葉なんて通じないはずだし……」


「それは、この魔道具のおかげです。呼び出したものを異世界の言葉が理解できるようにする機能もあって……」


 は、魔道具……?ってことは、本当に………?

確かに俺の世界にあるものではたとえられないような形の道具だし………。


 あたりを見渡すと、会計に使うためなのかカウンターが置いてある。そしてその上にはネズミの様で違う、図鑑でも見たことのない生き物がいるし………。地震に、異世界転移に…、理解が追い付かない。

 じゃあ、あの中で俺だけが助かったのか……。


「あ、あの。すみません、本当に」


 中年男性が、また口を開く。


「実は私の宿屋がこの国の法律の改定により経営できなくなってしまって、なんとかならないかと最終手段としてたまたま物置で見つけたこの道具を使ってしまって………。あなたはまだ若く、これからしたいこともたくさんあったでしょうに、私のせいで………」


「え、いやいやなんであなたが謝るんですか」


 俺がそういうと、驚いたようにこちらを見た。あ、そうか。この人は俺がどんな目にあってここに来たのか知らないのか。


「あの。ぶっちゃけるとですね、俺がいた世界今結構やばいことになってて。ああもうダメ死ぬーってなった時に召喚されたんで、あなたは俺にとって命の恩人なんですよ」


「そ、そうだったんですか?」


「はい、それで恩返しと言っては何ですが、是非ともこの店の再建を手伝わせてくれませんか?」


 すると店主は涙を流し、俺の手を握ってきた。


「本当に、いいのかい……?ありがとう、ありがとう………!」


 こうして俺は暫く、この店の手伝いをすることにした。色々なことが次々に起きて混乱するけど、恩を仇で返すなって父さんによく言われるしな。それに俺は、別に元の世界に戻ることをあきらめたわけではない。


 いつか必ず、元の世界に戻ってみせる。



****



 次の日。俺はさっそく宿屋再開の手伝いのため外に出ていた。

 鹿島悠斗かじまゆうと18歳、どういう経緯でここに来たのか等をざっと店主に説明した。震災の経緯を話すと、俺のことをひどく心配し、同情してくれた。悪い人物ではないらしい。

 

 その日はまだ日が高かったが、今日一日くらいはゆっくり休んでくれとのことだったのでお言葉に甘えさせてもらった。正直自分でも適応能力が高いと感じている俺でさえ、異世界となるとまた話は変わってくるから、そういった心遣いはものすごくありがたい。

 

 店主の名前はカール・ピース。事情を聞いてみると、この国の法律が急に、商いを行う場合は必ず用心棒を一人は雇わなければならないということになったらしい。違反した場合は罰金刑か懲役刑のどちらかがかせられるため休業をしていたが、用心棒を募集してから4ヶ月経った今でも誰も来てくれず、もう少しで貯金が尽きてしまうというかなり危ない状況であった。


 なのでまず俺の手伝いは用心棒になる………ことではなく、用心棒募集の紙を街中で配ること。掲示板だけでは人は集まらないということで、カールさんの案で二手に分かれることに。そのために外に出て来ている。

 街はまるでネット記事でみた中世のヨーロッパのようだ。少し先に広場があるとのことだったので、そこに向かう。かなり栄えた街の様で、あちこちに店があり行列ができている。電気なんかは通っていないのか、該当らしきものの代わりにろうそくがあちらこちらに見受けられた。


「ごほっ、ごほっ」


 咳が聞こえた気がする。俺は辺りを見回してみると、隅でうずくまっている低身長で髭の長い爺さんがいた。みるからに苦しそうだ。俺は小走りにそこへ向かう。


「どうかしましたか」


 俺が聞くと、爺さんは苦しそうに言った。


「の、喉に………」


 なるほど、何か喉に引っかかったらしい。とりあえず、俺は爺さんの背中を叩いてみることにした。

 何回か強めに叩いた後、爺さんは「げほっ」と飴玉らしきものを吐き出した。その色はドピンクで、元の世界でいうアメリカに売っていそうな飴だった。飴玉自体日本で見るものより大きく、明らかに爺さんが食べてはいけない代物だ。これに懲りてもう食べなきゃいいが………。



「はあ~おかげで助かったわい。ありがとうのぉ」


「いえ、別にそんな大したことは………」


「いやいや何をいうか、君は命の恩人。そうじゃ、お礼といっては何だが……」


 そう言って爺さんは手提げ袋から何かを取り出す。


「ワシ一押しのパンじゃ。ホカホカの出来立て、持っていくがよい」


 クロワッサンに似たそのパンを、俺のほうへ差し出してくる。金欠である今の俺達にはありがたい。


「あ、ありがとうございます」


 俺は喜々として、それを受けとろうと手を伸ばす―――



「あー……じゃがなぁ、これ買うのに2時間もかかったんじゃよなぁ」



「………」


 うっ、うけとりずらいっ………!んな物、最初から出すな!


「あー…、あー…、うん。やっぱ今のナシで!」


 そう言って爺さんはパンをがさつになおし、また何かをがさがさと探し始める。ふ、不衛生だ………。

 というか、もうお礼とかいいから!どうせあれだろ、この流れはさっき喉に引っかかったのと同じ飴を取り出して、「あー…、やっぱダメ!ナシ!」って流れだろ!!


「すまん、これなんてどうじゃ?」


 そして爺さんは俺に金貨を………、んんん?


「きっ………!」


「そうじゃ金貨じゃ。確かにあの出来立てほかほかパンには劣るのじゃが………」


 劣るの!?金貨がパンに!?


「いや、とんでもないです!!」


「そうか?ならよいのだが……」


「ち、ちなみに、一枚いくらの価値があるのですかね……?」


「あー…、6万フリーデンじゃったな。多分」


 あ、お金の単位ってフリーデンって言うんだ。………じゃなくって!え、この爺さんもしかして超がつくほどの金持ち!?パンには劣るって言ってたけど、じゃあ一体いくらのパンよ!?


「じゃあな~、達者でのぉ~~」


 そう言って爺さんは人混みに紛れて見えなくなってしまった。………あれ、さっそく食いっぱぐれないほどの資金を手に入れてしまったのか?

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