第二章6話 日常編:飲み屋にて 

 会社から、徒歩5分ほどの古びたビルの地下一階にレストラン&バーの

「ライム」がある。

 店の灯りはやや薄暗く、落ち着いた雰囲気のある店だ。

初老の店の主人と二人のウェイトレスが店を切り盛りしている。

今夜は、客が誰も居らず貸し切り状態だ。


「「「「乾杯ーぃ!」」」」

 カチーンと4つのグラスが重なる音がする。


「仕事終わりのまず一杯、美味いねー!」

一気にビールを煽るいつもながら、どこか能天気な九条知仁。


「今日は、散々でした。」

「本当ね。」

と宏樹と瑞希がまたダンジョンでの出来事を思い出して暗くなる。


「九条君、なんかあったの?」

「いやね、実はさ…。」

 知仁が葉子に耳打ちする。

「へぇ、そうだったの!?」

「前衛の楯職として、やっていけるのか自信が無くなってしまいます。」

「私もヒーラーとしてやっていけるのかしら?」

「全く、こいつらは…。」

酒が更に進んで、

「はこさーん、いい加減俺と付き合ってよー!」

「知仁ーっ、それ、何回目?ギャハハ。」

「えぇーっと、7回目、いや、8回目だったかな?」

「いや、真面目かよっ!」

スッパーンと知仁の頭を張る葉子。四人で笑い合う。


「いやいや、ダメよ。私、歳下って、好みじゃないのー、ギャハハ。」

「そ、そんなぁー!」

しばし、顔を伏せたかと思うと起き上がり、知仁と葉子はお互いの顔を指差して、再度の爆笑。


 しばらく、そんなバカ笑いをした後に。

葉子が真面目な顔をして、、、


「小坂井君、瑞希ちゃん。あんたら、今日、本当に暗いわ。 そもそも、二人の

仲ってどうなってんの??」


「「そっ、それは…。」」


「そいつら、一応、婚約者同士だよ。」

「知仁、あんたにゃ聞いとらんだろうが?」

と、九条のこめかみに拳を当て、ぐりぐりと押さえつける。

「あっ、姐さん。かっ、堪忍…。 お胸が当たって後頭部は天国なんだけど!」

「だーれが姐さんだ!? あと、ドスケベめっ!! ふんっ、そこで転がってな!」

ぐでーんと倒れ込む知仁だった。


「ごめんごめん、さってと、アホは放っておいてと。 もう一回仕切り直そうか。

最近、ちゃんとやってるの?」

「えっ、な、何をですか?」

聞き返す宏樹、俯く瑞希。


「何って、ナニだわね」

 右手で丸く輪を作り、左手の人差し指を中に入れ前後させながら言う。

「平たく言えば、エ●チ、S○X、夫婦の営み」

「はこさん、飲みすぎ、言い過ぎ、注意!」

 再起動した知仁が両手で葉子の口を塞ぐ。

「ええぃ、鬱陶しいわ!」

 知仁の両手を跳ねのける葉子。


「いえ、最近は全く…。」

真っ赤になりながら応える瑞希。


「ちょっと、こっちおいで。瑞希ちゃん。知仁、そっち任せた!」

「あいよ!」


**************************************

(瑞希&葉子 side)


「私はさ、瑞希ちゃん。 この会社入ってまだ一年半だからさ。あんた達のこと、

そこまで深く知ってる訳じゃないのよ。」

「はい。」

「でも女同士だからさ、普段、男どもに言えないことでも、聞いてあげられるよ?」


4人掛けのテーブルの片側に二人並んで瑞希と葉子が座っている。二人の声はお互いにだけ聞こえるように小さい。

「じゃ、じゃあ・・・。」

「で、瑞希ちゃんと小坂井君の馴れ初めあたりから、聞かせてくんない?」

「えぇ? 馴れ初めからですか?」

「そう。 話して楽になろうよ♪」


「・・・、私と宏樹が初めて会った、見かけたといった方が正しいんですかね。

中学一年の入学した時です。

 その後、しばらくバスで通学していたんですけど、ある時に痴漢被害に遭って、

た、助けてくれたのが宏樹なんです。」

「ナイトなんだ! その時から。 それで、?」


「私、その時から、男性恐怖症になってしまって…。」

「うーん、なんかごめんね。」

「いえ、、、良いんです。 それから、たまに他の友達を交えて会ってみたり、

二人だけで会ってみたり。ほんの少しなんですが、男性恐怖症も良くなりかけて

たんです。 その後、男子から何回か告白されたりもしたんですが、やっぱり、

男の人が怖いっていう思いが甦ったりして。」


「じゃあ、告白は?」

「彼からです。中学3年の時。」

「なんと言って?」

「僕が君を守るからと言ってくれて。 彼が言ってくれた時は、全然恐怖とか

感じませんでした。」

「ふーん。じゃあ、随分長いんだね。」

「えぇ、そうなりますね。」


「えぇーっと、婚約してるんだっけ?」

「は、はい。」

「それは、いつ頃?」

「高3の時、私が18になって直ぐです。」

「それは、ご両親交えて婚約式とかやった口?」

「です。」


「そっかぁ、彼、そんな感じなのかぁ。 なんとなく分かってきた気がする。

じゃあ、エッチは?」

「それは、まだ、、、ですね。」

「うーん、、、」

「あ、あの? 葉子さん?」

「あっ、あぁ、ごめんごめん。 ちょっと考えごとしちゃった。

 じゃあ、もう一つ。 キスはしてる?」

「…、一応は。」

「それは、彼の頬に? 唇を重ねる程度? それとも舌を絡めるヤツ?」

「今は、頬が精一杯です。」


「じゃあ、次が最後の質問ね。彼のこと、愛してる?」

「…、わっ、分かりま、せん。 好きかどうかと訊かれると、多分、好きなんだとは思います。」


「そっかあ、そうかぁ。 苦しかったね、よく我慢したね。」

 葉子が瑞希を横抱きに抱くと、途端に瑞希の目から涙が溢れ出す。

葉子は、彼女を正面から抱き直し、よしよしと何度も背中をさするのだった。


***********

(宏樹&知仁 side)


「まぁ、改めて、昨日今日とお疲れ!」

「お疲れ様!」

二人でグラスを合わせる。


「よくよく考えると、こうして二人きり、まぁ、今は二人きりか、で飲むのも初めてだよな? 俺たちって。」

「そうだね、いつも大和や、誰か他に居たからね。これだけ長い付き合いになったのにね。」


「改めて、あの時は、本当にすまなかった、、、申し訳ない。」

「いや、いいよ。僕たちは二人とも幼かったし、僕はこんな性格だから、、、

根暗だし。」

「俺たち、最初の頃はいじめる側といじめられる側だったからなあ。」


「そうだね、中学へ入学して二ヶ月ぐらいだったね。君やその他の人にいろいろされた。」

「今思うとさ、なんで宏(ヒロ)をいじめてたか分かんねぇんだわ。」

「なんだよ、それ?」

「あぁ、なんだよそれ? だよな。」


「ほら、中1の梅雨ごろだっけか? 宏が一時期、時の人みたいな噂があったじゃん! あれ、なんだったんだ?」

「えっ?」

「えって、お前、自分のことじゃん! 大和に訊いても教えてくんねぇし。」

「そっか、大和が…。」


「分かった、少し長くなるよ。」

「んーっ、なるべく8時半までな。お前ら、明日、オヤっさんの呼び出しだろ? あれ、マジきついからな!」

「えぇ、本当かい?!」

「と言うことがあって、僕は大和に押されて瑞希と痴漢の二人の間に入ってしまったんだよ。」

「えぇっ!マジかよ?」

「俺がケンカとか全然ダメなのを一番知ってた人が、何言ってるのさ。」

「違ぇねぇ。悪かったさ。」


「それで、痴漢に『彼女が嫌がっているので、止めて貰えませんか!』って、言ったんだ。」

「おぉ、言ったんだ!」

「多分だけどね、身体はブルブル震えてたし、声も震えていたしね。全然格好良くも無かったと思うよ。」


「で、どうなった?」

「大和がね、ビデオに撮っていたんだよ。スマホでね。で、そいつが大声上げて、俺に掴みかかろうとした時に大和がそいつの腕を捻じ上げて止めてくれたんだ。」

「へぇ、あいつもなかなか、だったんだな!」

「それで、周りの人も協力してくれて、警察呼んだりで。 それから、犯罪を防いだことで感謝状をもらったんだよ。」


「それって、大和もか?」

「いや、彼は、辞退させられた!」

「えぇっ?!」

「亜人だからってさ。」

その時のことを思い出してか、宏樹は両手を固く握りしめて、怒りに震えている。


「…、悪ぃ、俺、本当にお前らに揶揄うとかの資格なんて無かったわ。」

「えっ、どういうことさ?」

「まぁ、その話は、また今度な。」


「それから、たまに瑞希と会うようになったのかな? 誰か他に女子が居たことも

あるし、僕ら二人きりの時もあったり。」

「ふむふむ。 それで、告白は?」

「あっ、それは俺から。」


「なんて?」

「君を守りたいって。」

「ふーん。」

「いつから意識してた?」

「そりゃ、中学入ってバス通学してた時からさ。」

「そうか。」


「で、川谷が18になった時に婚約式やったんだっけ?」

「そうだよ。」

「それまでにキスは?」

「頬が多かったよ。それでも、他の人に比べると少ないのかもしれないね。」

「えっ!? 唇通しは?」

「それこそ、まだ1、2回ぐらいじゃないかな。」


「あーっ、なんか、だいぶ分かった気がする。んじゃ、質問変えるぞ?」

「うん、いいよ。」


「お前たち、前回やったエ●チはいつだ?」

「えぇ、何言ってるんだよ!」

「悪いな、大事な質問なんだ。 高校在学中は? 大学行ってからは? やってねえんだろ、全然っ! そうだろ?」

「う、うん、そうだね。 」

「やっぱりなぁ…。」

「・・・、ヒロ、お前、川谷のこと、本気で愛してるか?」

「うっ、うん。多分、そう、思う、よ、、、。」

知仁は、仕切りに頭を掻く。


 この時、知仁は《聞き耳》のスキルを使い、瑞樹と葉子の話もちゃんと聞いていたのだった。


***********


 再び4人先に座り直そうとする知仁たち。


「ヒロ、川谷、スマンな!」

 そう言って、知仁は瑞希の唇を自分の唇で塞ぐ。


「キャーッ!」

声を上げて、九条を拒絶し押し退ける瑞希。


「お前、何をするんだ!!」

声を荒げ、知仁の左頬を殴りつける宏樹。知仁は一回転して、尻餅をつき左手で頬をさする。


「あぁ、痛ぇ。」

「九条、立ぇーーー!」

宏樹は、知仁の首元を掴み立たせ、何度も殴りつける。


 瑞希は、宏樹の後ろで自分を抱きしめて蹲っている。


「怖かったね、瑞希ちゃん。よしよし。」

頭を軽くポンポンと叩き、一方的に殴られている知仁の間に立つ葉子。


「えっ、よっ、葉子さん??」

困惑する宏樹。


「ちょっと、うちの男に何してくれてるの!」

 パーン!と宏樹の頬を張る。

「トモ、痛かったわね、でもね、私も悔しいから一発!」

 パーン!と二つ目の平手打ちの音が知仁の頬から響く。


「三人とも座りな! マスター、御免なさい!」

カウンターの中でグラスを磨くマスターは、軽く片手を挙げる。

テーブル席に座りなおす四人。雰囲気は重苦しい。


「マスター、すいません。 なんか強いの持ってきてくんない?」

「かしこまりました。」

 暫くして、ショットグラスに入れられたウォッカが運ばれてきて、一気に煽り

呑む。


「あんたら、二人ともバカだわ!」

「「えぇっ!」」

 宏樹と瑞樹が声を上げる。


「お互いがお互いを気にしてるのに、怖くて先に進めなくなってるだけ。

全くガキか!! 守るだのなんだのと想いをすり替えてるだけ。

それに気が付かないからバカと言わせてもらったの!」

 葉子が大きな声で言う。


「良い? 小坂井君、あんた瑞希ちゃんがトモにキスされた時、どう思った!?」

「そ、それは、すごく悔しくて、哀しくて…。」

「その時のあんたの瑞希ちゃんへの気持ちは?」

「好きです。愛してる! 泣かした九条を許せなかった!」


「じゃあ、瑞希ちゃん、好きでもないトモからキスされた時、なんて思ったの?」

「すごく悲しくなった。 この人じゃなくて宏樹が良いって…。」

「じゃあさ、その時の小坂井君への気持ちは?

「好きです。愛してます!」


「ほらね? 単純なことなのよ! ちゃんと、お互いに向き合って気持ちを伝えなさい!」


「瑞希!」

「宏樹!」

どちらからともなくしっかりと抱き合う二人。

「「好きです、愛してます!」」

そう言って何度も唇を交わす。


「ほら、トモ! 立って!」

知仁の手を取り立たせる葉子。

「おぉ、痛てて。」

「全くバカなんじゃないの? 大バカ!!」

「まぁ、丸く治って良かったんじゃね? あっ、歯がぐらぐらする。」

「それでも、よくやったわね! これはご褒美♡」


葉子は、右手を知仁の左頬に軽く当て、唇にキスをする。

「でも次に他の女にキスしたら、許さないからね!?」

「えっ、そっ、それって!?」

「もう、バカ! そう言うことよ! あとは、若い二人に任せて、あんたの部屋で飲み直しましょ!」


「マスター、お勘定お願いできる? それから御免なさいね、騒いでしまって。

領収書もお願いしますね。」

 とクールに話す葉子。

「いや、良いんですよ。 まぁ、うちで意味もなく暴れられたり、濃厚なキスを交わされるのは困りますけどね。 そうですか、蟒蛇(うわばみ)の葉子さんがついに

落ち着かれるんですか! おめでとうございます。 最後のウォッカは、私から

奢らせてもらいますよ。 末永くお幸せに!」


 マスターに揶揄われるように言われ、葉子も真っ赤になっているのだった。

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