第二章2話 名古屋駅ダンジョン 30階層 〜フロア・ボスアタック前

 「みんな、悪ぃ。 俺だけ先に行かせてくれ。 少しでも、新しい力に慣れておきてぇ。」

 知仁が神妙な面持ちでそんなことを俺たちに告げる。


「分かった。でも、決して無理はするなよ!」 と俺。

「あいよ! ふん、《隠形の術》」

 片手で人差し指と中指を立て刀印を結び、術を発動する。

たちまち、存在が空気に溶けてしまう。


「すごっ!見えないし、存在が掴めない。」

 宏樹が吃驚している。


「ほぅ、大したもんだ!」

 親父も目の前の術の発動に感心しきりだ。


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(三人称視点)


 九条は、すすすっと静かに階段を駆け下り、30階層に到達する。

「今までに無かった力だ。まずは慎重に行ってみよう。」

 と一人ごちる。


 階段のある前室とボスが居ると思われるエリアの境には、ドアが無い。

また、階段の両側にある壁には、二本の松明が灯されていて仄かに明るい。

「瑞希のバフは、ここで行うのが正解だな。」

そんなことを考える。


 前室を抜け、奥へ進む。

《暗視》をアクティブにする。

 

 部屋全体がうっすらと緑色に見えているので、目を凝らさずとも大体のものは視認できている。忍術スキルの《暗視》が働いているのか?


 《暗視》は、エルフやドワーフなどの妖精族や一部の亜人が所持するパッシブ(常時発動)スキルである。 また、職種によってはアクティブスキルで持つ者もいる。

・暗闇の中でも、光源がなくとも昼間のように見ることができる。

・熱量の高いものは、白く見える。逆に熱量の低いものは黒く見える。

・暗視を使いながら、強い光源(ランタンなどでも)を急に見ると、暫く目が眩み、

 視覚が奪われるという弱点を持つ。


 石畳と石壁に覆われたエリアの床から天井までは10m程ありそうだ。

上の方は暗い。 蝙蝠のような動物は居ないようだ。

部屋の両端は見えず、見通すことはできない。

かなり広い空間のようだ。


 時折、エリアの更に奥の方から、カツカツカツという硬い何かが石板の床を叩くような音と、稀にズシーンズシーンという大きく低い音が響く。


「やっぱ、何かいるな。油断はできねぇ。」

彼は内心、そう思った。


 更に前へと進む。



 警戒を怠らず、彼は更に先へ進む。

今度は、《ムーブ・サイレントリー(静かな歩行)》を併用する。

ここに誰かが居たとしても、更に九条の姿や存在を感知し辛くなったことは

間違いない。


 《ムーブ・サイレントリー》は、シーフ(盗賊)やローグ(凶賊)、アサシン(暗殺者)、忍者、レンジャー(野伏)などのクラスの基本スキルだ。

他人やモンスターに気づかれないよう、静かに移動できる。

しかし、鎧などの影響を受けやすい。

その為、忍びのように衣服のみで使用するのが最も良いとされる。


 すっすっすっと50m程来たところで、柱の影に隠れる。

柱は、エリアの天井を支えるかのように伸びている。

中ほどのあたりが膨らみ縦方向にいく筋も装飾彫りがされている。

 かのギリシャのパルテノン神殿などに見られるエンタシスの柱に似ている。

部屋の中には所々に林立しているのが見える。

基礎には大きな石材でできたブロックが使用されており、身を低くすれば隠れ

やすい。


 目を凝らして見ると、更に奥の方に巨大な蠍の上に角のある頭部で肩幅の張る

体躯の巨人が乗っているではないか。大きな頭に一つだけある目は異常な大きさだ。

先ほどから聞こえるカツカツカツは、ジャイアント・スコーピオンの爪が歩く際に

床を叩く音のようである。


 ふと、そいつが九条の方へと身体を向けて、巨蠍の手綱を引き歩を止めさせる。

そして、徐ろに蠍から降り、九条の方に2歩3歩と近づき、キョロキョロと辺りを

見渡している。


 何もないと思ったのだろうか。踵を返して再び巨蝎に乗り直す。

カツカツカツ、カツカツカツ、それはやがて遠ざかっていった。


「ふぅ、バレたと思った。 ひとまず、皆のところへ戻ろう。」

 彼は、再び、すっすっすっと静かに走り出し、皆のところへ戻ることにした。


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「わりぃ、遅くなった。」

九条が無事に戻ってきたらしい。

声が聞こえたところで、元気な姿が認識できた。


「どうだった?」 宏樹が訊ねた。

「どっちの意味で?」

「両方。」

 そりゃ、男だものな。そりゃ、子供の頃には忍者に憧れたんだから、気になるさ。


「両方かよ!」笑いながら九条が返す。


「《隠形の術》は、一切の気配を遮断して周囲に溶け込む技だな。

自分への認識がかなり、減る。 場合によっては見えなくなるのかもしれねぇ。

ただ、こちら攻撃を仕掛けたり、話掛けたりすると術が解けると思う。

移動速度に制限が出ると思ってくれ。」

「ほぅ! さすが忍者だね。」


「今のところ分かっているのは、身長が約3m、でけぇ一つ目が見えてたからな。 だから、俺は、サイクロプスと判断した。 それから、身長と同じくらいの長さの棍棒を担いでる。 巨大な蠍を下駄代わりにして、エリアの奥の方を左右に巡回してる感じだな。 時折、前の方にも出てくるが、それほど前に出てくる感じはねぇみたいだ。」


「他には?」 と、俺が九条に確認した。


「エリアの中には石柱みたいな物が立ち並んでいたから、それを利用して戦えば勝機はあるかもな。 あと、他の敵の可能性だが、これに関しては判らなかったというの

が正解か。」


「俺から良いか? サイクロプスは、暗闇に適応するためにその目が大きい。

初撃でヤツの目をくらませたい。 知仁、隠れて一つ目に接近して油瓶をぶつけ

られるか?」

「オヤっさん、分かった。」


「ぶつけたらその後、離脱だ。凉香と仁絵は蠍を足止め。」

「「はい。」」

「方法は任せる。 ただ、でかいと言ってもサソリだ。氷でも炎でも何でも構わん。

やり方は任せる。」


「それから、前へは、宏樹、大和、俺が突っ込む。」

「「了解!」」


「大和、蠍は身体の上の外殻が蟹のように硬い。 デバフを最初から50%解除しろ。場合によっては、裏返して心臓を潰せ。 一撃で始末できる。ただ、尻尾の毒針と

両腕の鋏には気をつけろ。」

「了解、親父。」


「宏樹、サイクロプスの投石、棍棒の振り回しはブラックじゃなく、受け流せ。

それか、避けろ。 そのまま受けると、暫く腕が使い物にならなくなるぞ。

タウントを効率よく使え。奴らを混乱させろ。 攻撃のチャンスを増やせ。

 大丈夫だ、多少ミスっても大和と俺が居る。 慌てずに再度タウントを使っても

いい。自分を信じるんだ。」

「分かりました!」


「わ、私は?」

「瑞希、お前は、開始前のみんなへのバフだ。

シールド、ストレングスアップ、アジリティアップだな。

シールドは、ある程度までなら物理耐性がある。《ストレングスアップ》で近接攻撃のダメージアップ、《アジリティアップ》で弓攻撃の命中精度や回避力のアップを

図る。」

「分かりました。」


「あとは、適宜、ヒールとキュアポイズンを使って、バックアップだ。

バフの効力時間の残りも見逃すんじゃないぞ。タイミングを逃すなよ!

お前もみんなが生き残るための鍵だからな?」


《ヒール(治癒)》は、文字通り負傷を治す呪文だ。使用するMPに応じて、その効力が変わる。

《キュアポイズン(毒中和)》は、毒からの回復だ。出血毒、麻痺毒など、その種別は問わない。


「は、はい!分かりました。」


「それじゃあ、野郎ども。 やることをきっちりとやれ! 絶対死ぬんじゃねぇぞ、しぶとく生き残れ! 勝つぞ!!」 と親父が場をしめる


「「「「「「おう!!」」」」」」

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