第3話 バイト(再改稿済み 2023.4.12)

 裕也さんが以前買ってくれたMA-1タイプのアウターを着て、孤児院の玄関を出る。

 自転車に乗り、時折、立ち漕ぎも混じり平均約15分から16分。


 我らの義兄の裕也さんのレストラン「ナポリ」に辿り着く。

なんかの歌のパロディーみたいだな。


 町の洋食屋だからな。

 メニューの中にはピザやパスタはもちろんのこと、トンカツ定食やらきつねうどんなど色々ある。


 マスターの裕也さんがバラの枝で、奥さんの名前を3回書いたから結婚出来たとか、女性が喜びそうなそんな噂がある店だ。


 白漆喰に茶系のタイルを数種類組み合わせた少し小洒落た外観。デートから商談、小規模のレストランウェディングまで、本当シーンを選ばない店って本当にあるんだな…って思うよ。


 店内の席は40席ぐらいだったかな。

都会の中じゃ、賃料だけで凄いはずだ。

でも、ここは生憎、市の中心部から外れているので地価の路線価が安い。

ついでに賃料も都心に比べれば大幅に安い。


 裕也さんは、シーカー家業の傍ら財テクで成功した少ない事例の一人でもある。


 店の裏手にオーナーの裕也さん専用の駐車場があり、年代物のイタリアの大衆車

フィアット500(ボディカラーはディープイエロー)が置いてある。


 なんでも彼が若い時に見た怪盗の孫が活躍する映画か何かを観て、それ以来好きになったかで店をオープンする際に看板になるだろうと廃車同然のを手に入れ、今の車検や排ガス規制に適合するようにレストアと改造を施した逸品なんだとか。


 その後、彼女(今の奥さん)ができた時には、この車で孤児院に顔を出していたのを覚えている。


「おはようございまーす。」

裏口のドアを開け店内へ入る。


「おぅ、大和か。着替えたら、仕込み手伝ってくれ。」

とやや高い裕也さんの声が厨房から聞こえる。


 MA-1を脱ぎ、ハンガーに掛けロッカーに仕舞う。

エプロンを着け石鹸で二度、手をよく洗う。


「お待たせ。」

「最後の冬休みなのに悪いな。」

「いや、良いんですよ。学校卒業したら、孤児院も出なきゃいけないんで何かと物入りなんすよ。」

「そうかそうか、なら遠慮なくこき使ってやる。」


 裕也さんは、髭面で悪そうに笑う。

目尻が下がっているから随分楽しそうだ。


「そう言えば、美江(よしえ)さんは?」

「あぁ、まだ実家だ。

難産だったしな、向こうの親にしても初孫だし何かと心配なんだろう。」


 裕也さんの奥さんの美江さんは、二ヶ月前に出産をした。

裕也さんのオーガの因子を受け継いだせいか赤子は大きめ。

生れ出るのに64時間も掛かったらしい。

美江さんのたっての希望で自然分娩に拘った為だ。


「体調は、どうなの?」

「あぁ、だいぶ好転したかな。もう少ししたら、床離れもできるだろう。」


 まだ、美江さんが入院している時にお見舞いがてら赤子を見せてもらったが、将来は目鼻立ちの通った綺麗な女の子になりそうだった。


 赤子が無事に生まれてくるまで、裕也さんの義理の両親は彼に冷たく当たっていた。

 半亜人が!みたいな感じだね。

 あぁ、やだやだ。

 しかし、今では、美江さんの両親は、初孫が生まれてから掌返しなんだそうだ。

 裕也さんの要領が良いのか向こうの親御さんが改心したのか、孫娘が最高に

かわいいのか、よく判らないけどね。


「一安心だね。あっ、そうそう、ミエル義母さんが一度顔を出せってさ。

寂しがってたよ?」

「まったくだ。そうだな、お前の卒業までには三人で一度、実家(孤児院)へ顔を出そう。」


 時折、冗談も交えながら二人で下拵えを続ける。

マスク越しに会話をしていても手は止めない。

そうこうしている内に作業も大詰めに入る。


「そろそろかな。大和、今日の賄い任せるぞ!」

「了解!」


 そんなやりとりをしていると、


「「おはようございまーす」」

 裏口から二人の女性の挨拶が聞こえる。


 一人は神野凉香(じんのりょうか)と言って、俺の2歳上の義姉だ。

高校を卒業後、孤児院を出て独立。

今では、名古屋市内の城西大学の経済学部に通う二年生だ。


 彼女は背中までかかる長い白髪で肌も抜けるように白い。

これで瞳も赤ければアルビノ種なのだろうが残念ながら蒼いんだよな。

彼女は雪女の後天的因子が発現している。

大学1年でシーカー・ライセンスを取得し、学業、アルバイト、シーカー業をこなしている。


 凉香義姉さんは、ライトグレーベースのブラウスに赤いベスト、黒のジーンズというラフな格好。

仁絵に負けず劣らずなお胸様は、今日も健在なり。


「裕也さん、今年もよろしくお願いしますね。

大和は、正月に実家であったから省略ね。」


「涼香、こちらこそ頼むな。

来月には美江も復帰できると思うから、それまでは頼むぞ!」

「えぇ、任せておいて。」


「涼香義姉さん、チビどもにお年玉ありがとうね。すごく喜んでいたよ。」

と言うと嬉しそうにしていた。

 彼女がこうして感情をあらわにするのは、家族や親しい友人の前だけだ。

いつもは、雪女のごとくクールというか何というか。

高校でも大学でも人気はあるみたいなんだが、どうしても彼氏ができないみたいだ。


 そして、もう一人は、凉香義姉さんの学友の鈴木繭さん。

常人だが、亜人差別のない人だ。

髪は黒色で癖毛で内巻きのミディアムボブだ。

彼女もトレーナーにMA-1と言う俺に似た比較的ラフな格好でご出勤だ。

残念ながら(?)、彼氏がいるらしいぞ。


「マスター、大和君、明けましておめでとうございます。」

「繭、こちらこそだ。もう時期、家内も復帰するからな。頼むぞ!」

「繭さん、今年も宜しくお願いします」

 と挨拶を交わす。


「大和、賄いはそろそろか?」

「んっ、もう頃合いかな。」

「じゃあ、みんな席に座ってくれ。」


 裕也さんの声で先に3人がホールへ移動し、着席。

遅れて俺がワゴンに4人分の賄いとサラダ、飲み物を乗せて運ぶ。


「お待たせしました。本日の賄いは、ハンバーグピラフにグリーンサラダ、

柑橘茶になります。」

「「わぁ、美味しそう!」」

と女性二人。


 ピラフの上にハンバーグが乗り、それにデミグラスソースが掛けられている。

スプーンでガチャガチャとそれを崩し、ピラフに混ぜ込んで召し上がれだ。


 俺は、自分の分はどんぶりに入れ、冷蔵庫から持ってきた生卵を上に乗せる。


「あぁ、大和だけずるい! 私も、やろうっと。」

 凉香義姉さん、食欲は相変わらずなんだね。

どれだけの同性を敵に回してるんだかと心配になる。

それを見て、裕也さんはあきれてるし、繭さんはくすくす笑っていた。


 付け添えは、グリーをサラダにオリーブオイルベースのドレッシングと

ブロッコリーのマヨネーズ和えが乗る。

 そして、オレンジピールを使ったお茶がハンバーグの油を洗い流してくれるだろうと言うメニューだ。


「大和にしては、なかなかね。」

「大和君、また腕を上げたんじゃ?」

「これ、もう少しなんとかしたら、定番に組み込めるな。」


などと感想は様々である。ありがたいこってす。


「さて、皆んな。食事をしながら聞いてくれるか。

今日は予約が7組入ってる。内5組がカップル、2組が家族だ。

ピークは19時頃。

オーダーミス、配膳ミス、釣銭ミスに気を付けて。

それから怪我をしないように注意をしましょう。

今日も一日、宜しくお願いします。」


「「「お願いしまーす!」」」


 食器を片付け、ホールを再度簡単に掃除。

 女性陣は、上が白のワイシャツにカマーベストに蝶ネクタイ。

下はブラックのパンツスタイルのギャルソン・スタイルに着替えて開店を待つ。


 17時半になり、繭さんが扉のパネルを「OPEN」に替える。


 最初と次の客はサラリーマン風の男性。いずれも一人だ。


「いらっしゃいませ!

お一人でしょうか?こちらの席で如何でしょうか?」

 繭さんが最初の客を席へと案内する。


 間を置かず、次の客が入店。

凉香義姉さんが同じようにもう一人の客を席へとエスコートする。


「お水とメニューです。お決まりになりましたら、お声を掛けてください。」

繭さんがお客に告げる。


 裕也さんと俺の男二人は、厨房で料理の準備の体制に入る。


「マスター、本日のオススメとスパークリングワイン入りました!」

「あいよ!」

さて、忙しくなりそうだ。


 その晩も、ナポリは閉店間際まで客が途切れることが無く、ヘトヘトだ。


「皆んなにお土産だ。余り物で悪いなぁ。」

帰り際に裕也さんからチビたちへと、今日のコース料理の為に用意して、余ってしまったミニケーキを箱で手渡された。


「いつもすいません、チビ共も喜びます。」

「あぁ、オヤジ、義母さんに宜しく言っておいてくれ!」

「了解!じゃあ、凉香義姉さん、繭さん、お先です。」


 エプロン姿の上からMA-1を着て、急いで帰路に着くことにした。


 北西の伊吹颪が今晩も冷たい。

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