第6話 お風呂に入って

クシナからの説明が一段落し、伊織は落ち着きを取り戻した。

改めて振り返ると今日はとんでもない日だったなと思う。


そんなことを伊織が考えている間もクシナは伊織の腕を抱えながらじゃれついてくる。

子ぎつねの時とは違い今のクシナは人型の女性の為、色々と柔らかい感触が伊織の腕に伝わる。

今更そんなことに気が付いた伊織は恥ずかしくなった。


「クシナ、その、少し離れてくれないか?」

「どうして?子ぎつねの時もよくこうして遊んでたじゃない」

「それはそうなんだけど、ほら今は人型だろ?だからさ...」

「うふふ、照れちゃったの主様?」

「うぐっ」


クシナからの指摘は図星なため、何も言えなくなる。

しばらくそんな時間を過ごした後、そろそろお腹が空いてきたと伊織は思った。

時間を確認すると十八時を回っており、夕飯の支度をする時間であった。

そこである疑問が伊織に浮かぶ。


「そういえばクシナは何か食べる必要はあるのか?ほら、油揚げとか食べてたけどそんな感じで普通のご飯とかも食べられるの?」

「そうね~、主様と同じご飯を食べさせてもらえると嬉しいわ」


どうやらクシナは普通にご飯を食べるらしい。


「本当だとこの体を維持するのには大量の供物が必要なのだけれど、今は主様から大量の霊力が流れ込んでるから少しのご飯を食べるだけで大丈夫よ」

「なるほど、分かったよ」


そういいながら伊織はソファーから立ち上がり、台所で夕飯を作り始める。

伊織は料理が好きなわけではないが、節約のためよく自炊をしていた。

その日は肉野菜炒めと卵焼き、みそ汁を作り夕飯となった。


「はいどうぞ、男料理だから口に合うか分からないけど」

「主様が作ってくれるだけでとっても嬉しいわ」


予備の茶碗にご飯をよそりクシナの前に置く。

自分の作ったご飯を誰かに食べてもらうのは初めての経験だったので伊織は少しドキドキしていた。


「それじゃ頂くわね?あむ、ん~とっても美味しいわ!」

「そ、そうか?なら良かった」


笑顔でパクパク食べるクシナを見てホッとする。

その後和やかに夕食が終わり、伊織は風呂に入ることにした。


「俺はお風呂に入ってくるけど、クシナも後で入るか?」

「そうね~、人型は久しぶりだし入ってみたいわね」

「分かった、後で教えるよ」

「一緒に入ってもいいのよ?」


クシナは頬に手を当てながら首を傾げ伊織に問いかける。


「え!?いや、大丈夫だ!」


それを聞いた伊織は焦りながらダッシュでお風呂へ向かう。


「もう、照れちゃって。可愛いんだから」


そんな伊織の姿を見たクシナは満足げな表情になり、ソファーでくつろぐ。


「あービックリした、クシナってあんな感じの性格何だな...」


風呂場に避難した伊織は未だにドキドキしている心臓に手を当てながら息を整える。

そして服を脱いだ後、お風呂に入った。


「しっかし、霊力?があるって話だけど全くと言っていいほど分からないな」


クシナからの説明で伊織には莫大な霊力があると教えられていたが未だにそれらしいものを感じられない。


「まぁ、その辺もまたクシナに教えてもらうか」


湯船に浸かりながらそんな事を考えていた。



お風呂から上がった伊織は髪を拭きながらリビングに向かう。


「あら主様、もう出たの?」

「あぁ、クシナを待たせるのも悪いかなって思って」

「もう、そんなこと気にしなくてもいいのに」

「お風呂の使い方を教えるから付いて来てくれ」

「はーい」


クシナを連れてお風呂場へ向かう。

お風呂場へ付いたクシナはキョロキョロと辺りを見回していた。


「どうした?」

「この家に入った時から思っていたのだけれど、色々と変わっているわね」

「変わってる?」


クシナの言っていることがいまいち理解できなかったので首を傾げる。


「えぇ、私が人と関わっていた時は凄く昔だったのよ?その時と比べると見たことないものが多いもの」

「あ~なるほど。そっか、その辺の説明もしなきゃダメだな」


クシナの昔がいつの頃か分からないが、少なくともテレビやスマホなどは無い時代だろうと予想が付く。

そのくらいの時代から、今の時代を見ると確かに物珍しいものが多いだろうなと伊織は思った。


「それじゃ風呂の説明なんだけど...」


お風呂の説明をすると、クシナはフムフムと頷きながら聞いている。

一通り説明が終わったところで伊織はあることに気が付いた。


「それで風呂から上がった後はここで寝間着に着替えてって...そういえば着替えないじゃん」

「あら?確かにそうね?私の着物もこれしか無いのよね」


クシナが人型になった時に来ていた服だが、これは過去に供物として捧げられた物をクシナの妖術で保管していた物らしい。

そして服はこの着物一着しか無いため着替えが無いと言った。


「そうだよな...悪いけど、明日買ってくるから今日は俺の寝巻で我慢してほしい」

「主様の寝間着...。えぇ!全く問題ないわっ!!!」


急に元気になったクシナが了承したので、伊織は寝間着を持ってきた後風呂場を後にしてリビングでくつろぐ。



着物を脱いだクシナはお風呂に足を踏み入れる。


「確かこれを捻るとお湯が出るのよね?」


クシナは恐る恐るといった様子で蛇口を捻る。

すると勢いよくシャワーからお湯が溢れだした。


「きゃっ。ほ、本当にお湯が出てきたわ?」


シャワーからお湯が出ている様子を不思議そうにまじまじと見つめる。

お湯に手を触れて、その温かさに頬を緩めた後、全身をシャワーに当てる。


「ん〜気持ちがいいわ〜。随分と便利になったものね、昔はお湯を沸かすのも一苦労だと聞いたことがあったのだけれど」


シャワーに当たりながら昔の事を思い返す。

そして体を温めた後に、教えてもらったシャンプーとリンスを試してみることにした。


「確かこっちのシャンプーで頭を洗った後に、リンスを付けるんだったわよね?」


シャンプーを手に乗せて頭を洗っていく。

洗い始めると、ドンドン泡立っていきクシナの頭は泡でもこもこになった。

その様子を鏡で見た後クスリと笑う。

その後教えてもらったボディーソープで体を洗おうとしたときに、ふとあることに気が付いた。


「尻尾はどっちで洗えばいいのかしら?」


クシナは尻尾をシャンプーで洗うべきかボディソープで洗うべきか悩んだ。

そこで伊織の説明を思い返していると、ボディーソープで髪を洗ってしまうと痛んでしまうから注意が必要だと言っていたことを思い出した。


「確かボディーソープだと、毛が痛んでしまうのよね?ならシャンプーで洗った方がいいわね」


再びシャンプーを手に取って尻尾を丁寧に洗っていく。

尻尾を洗った後は体を洗い、湯船に浸かる。


「んっ、あっ、はふぅ~」


実のところクシナはお風呂に入るのが初めてであった。

初めて浸かった湯船には言葉にできないほどの気持ちよさがあり、顔が蕩ける。


「これは、いいものね〜」


それから一時間もの間、クシナは湯船に浸かっていた。


その間、伊織はリビングで大学の課題を行っていた。


「あいつ、風呂長くね?」


クシナの入浴時間が長いことに気になったが、女性の入浴は長いと聞いたことがあった伊織はそんなものかと思い直す。

黙々と課題をこなしていると、クシナがお風呂から上がりリビングに現れた。


「主様、上がったわよ~」

「あぁ、クシナ、上がった...か...」


クシナの声が聞こえたので振り返ると、そこには伊織の寝間着を際どく着こなし、髪や尻尾をタオルで拭いているクシナが居た。

その刺激の強い姿に伊織は直ぐに目をそらす。


「うん?どうしたの主様?」

「いや、なんでもない、それよりドライヤーの使い方を教えよう!」


クシナをソファーに座らせた後、ドライヤーをお風呂場から持ってきて、クシナに使い方を教える。


「これは?」

「これは髪を乾かすための機械だ」

「ふ~ん、そんなものがあるのね、どうやって使うの?」

「こうやってスイッチを入れると...」


伊織がドライヤーのスイッチを入れると、暖かい風が出てくる。

それを目を丸くしながらクシナが見つめていた。


「へ~凄いわね」

「そうか?じゃあ乾かすから後ろを向いてくれ」

「あら、主様が乾かしてくれるの?それじゃあお願いしようかしら?」


クシナは伊織に背を向ける。

それを見てドライヤーの風を優しく髪に当てながら乾かしていく。

髪を乾かしながら伊織はあることを思った。


「クシナの髪は長くて綺麗だな」

「あらそう?ありがとう主様」


髪を乾かしていると、頭頂部にある耳にも風があたり、そのたびにピコピコ動く耳を見ていると可愛いなと笑顔になる。


髪を乾かし終わった後は尻尾を乾かしていく、ただ尻尾の数が多いため予想以上に時間がかかってしまった。

全てが乾かし終わると、クシナの髪はツヤツヤに、尻尾はモフモフになっていた。


自分の髪や尻尾を触りながらクシナは唖然とする。


「す、凄いわ主様、髪や尻尾がツヤツヤのモフモフだわっ!」

「そりゃ良かった」


予想以上に状態が良くなった自分の髪や尻尾を見て機嫌が良くなる。

その後、使っていない部屋にクシナを案内した。


「クシナには今日からここで寝てもらうよ」

「あら?主様一人暮らしじゃなかったのかしら?」

「あぁ、これは元々母さんが使ってたやつなんだ。たまに帰ってくるからそのままにしてあるんだよ」


その説明を聞いてなるほどと納得する。

そして今日は遅いこともあり、この日は寝ることにした。


「それじゃあお休みクシナ」

「えぇ、おやすみなさい主様」


こうして伊織の長い長い一日が終わった。


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