第7話 買い物へ
鬼に襲われ、クシナに助けられ、とにかく沢山の事があり伊織には疲れがたまっていた。
そのため、いつもより長い時間眠りについている。
「うっ、んん~?」
しかし伊織は寝苦しさから目を覚ます。
お腹に重いものを感じ、何事かと寝ぼけた様子で布団をめくる。
「ん~、は?」
「むにゃむにゃ、主様~」
そこには何故かクシナがいた。
伊織は寝ぼけた頭で昨日クシナを部屋に案内したことを思い出していた。
なぜここへ?という疑問は尽きないが、しばらくクシナを眺めていると、段々頭が冴えてきた。
「ん?クシナ?え、クシナ!?なんでここに!?」
伊織は余りの驚きに大きな声を上げてしまう。
その声が聞こえたのか、ピクリと耳が動いた後モゾモゾと動き始める。
「ん~?あら~?主様?夢の中にも会いに来てくれたの~?」
モゾモゾと動いたクシナは、お腹の方から伊織の顔の近くへ移動した。
そしてトロンとした目で伊織を見つめる。完全に寝ぼけていた。
「く、クシナ?」
「ん~、レロレロ」
「っ!?クシナ!?」
しばらく見つめ合っていると、クシナは何を思ったのか伊織の頬を舐めだした。
子ぎつねの時にもよく伊織は頬を舐められていたが、あの時とは状況が違いすぎるため伊織は慌てふためく。
伊織はなんとかクシナを引きはがしてベッドを脱出した。
朝から謎の疲労感を背に、リビングへと向かう。
リビングでコーヒーを飲みながらゆっくりしていると、クシナがリビングに姿を現した。
「ふわぁ~、おはよ~、主様」
「あ、あぁ。おはようクシナ」
先ほど、クシナに絡みつかれた記憶が蘇り少し返答が遅れた伊織。
クシナは未だに眠そうな目のまま伊織の隣に腰を下ろす。
「なにを飲んでいるのかしら?」
「これか?これはコーヒーって言って目が覚める飲み物だ」
「くんくん、良い匂いね。私にも頂けるかしら?」
「わかった、ちょっと待ってて」
クシナにおねだりされたので、コーヒーを用意しに台所へ向かう。
棚からインスタントコーヒーを取り出し、先ほど使ったケトルからお湯を注ぐ。
「クシナ、甘いのと苦いのどっちが好きだ?」
「もちろん甘いのが好きよ」
台所からクシナに尋ねると、そう答えられたので砂糖や牛乳を入れ味を調整する。
コーヒーを持ちながらクシナの所へ戻り、マグカップを差し出す。
「はいどうぞ、少し熱いと思うから気を付けてな」
「ありがとう主様」
マグカップを両手に持って、ふーふーしながら熱を冷ます。
その様子を見ていた伊織はグッとくるものがあったが、それを悟られないようにコーヒーを飲んで落ち着く。
「ん、あら。結構おいしいわねこれ」
「そうか?気に入ってくれて良かったよ」
満足げなクシナの様子を見ながら、リモコンを持ちテレビの電源を付けた。
テレビの電源が付くと、ニュースが流れ始めた。
その様子を見たクシナは耳がピンと張り、驚いた様子でテレビを見つめる。
「あ、主様?なにかしらあれは。箱の中に人がいるわ?」
「え?あはは、そうかテレビを見るのも初めてだよな」
まさか箱の中に人がいると言うセリフを聞けるとは思っていなかった伊織は少し笑ってしまう。
そしてテレビの説明をした。
「...って感じで、遠くの情報なんかを見れる機械なんだ」
「へ〜そうなの。そんな便利な物があるのね~」
クシナは不思議そうな顔をしながら、テレビの方に歩いていきいろんな角度からテレビを眺める。
「さて、次のニュースです。八王子市で昨日、道路が破壊される事件が発生しました」
「ん?」
ニュースを見ていたら、伊織の住む八王子市が映し出された。
映像を見ていると、なんとも見たことのある通路が映し出されている。
「原因は不明とのことですが、警察が調査を続けております。近隣の方は十分にご注意ください」
「ここってあれだよな?昨日俺が襲われたところだよな?」
「多分そうじゃないかしら?」
確かに伊織は昨日、鬼に追いかけられているときに金棒で攻撃された。
そしてその時に、アスファルトが砕け散ったのを目にしている。
「今更だけど、本当に実体があったんだな」
「そうね、霊なんかは物体に影響を及ぼすことは難しいけど、力のある妖魔だと触れたり持ったり出来るわね」
「へ~なるほど」
少しまったりとした時間を過ごした後、買い物に出かける必要があったので伊織は出かける準備を進める。
「どこかに行くのかしら?」
「あぁ、毎週土曜日は食材を買いこむようにしてるからその買い物に行こうと思って」
「なるほど、じゃあ私も準備するわね」
そう言いクシナは自分の部屋に向かった。
伊織も着替えた後、身だしなみを整えてクシナを待っていると、昨日見た着物を着て現れた。
「さぁ、準備完了よ」
「そういえば、クシナは他の人に見えるのか?」
伊織はここまではっきりとした人型の妖魔を見たことが無かったのでそう問いかける。
「えぇそうね、普通の人には見えないし声も聞こえないわよ」
「なるほど、分かった」
そのことを聞いて、クシナと外で会話したら変な目で見られるかなと伊織は少し考えた。
家を出て近くにある商店街へと向かう。ちなみに今日のクシナは伊織に抱きつかず普通に隣を歩いていた。
商店街へ到着した後、色々な食材を購入していく。
「あら伊織ちゃんいらっしゃい」
「こんにちは、また野菜を買いに来ました」
「いつもありがとうね?今日はこれがお勧めよ」
「色んな物が売っているのね~」
伊織はよく商店街で買い物をするため、お店の人たちとも仲がよかったりする。
クシナはその様子を興味津々といった様子で眺めている。
肉や野菜を買いながら歩いていると、ふとクシナが足を止めて一つの店を眺めだした。
何かあったのかと思いそちらの方を見てみると、そこは伊織がいつも油揚げやいなり寿司を買っている店であった。
商品を凝視しているクシナを見て、伊織は小声で尋ねる。
「欲しいのか?」
「...コク」
クシナが控えめに頷いたのを見て、お店に入り商品を購入する。
その様子をクシナは感激した様子で眺めていた。
「ありがとう、主様...」
「いいよこれくらい」
その後もクシナの服や寝間着、その他にいくつか商品を購入した後帰路に就く。
クシナは買ってもらった油揚げやいなり寿司で頭がいっぱいなのか、少しニヤニヤしながら歩いている。
そんなクシナを見て人型になってもこの辺は変わらないんだなと伊織は思った。
家に向かって歩いているとき、突然目の前の空間に歪が生まれる。
「え?」
「あら?」
それに気が付いて足を止めると、歪が割れてその中から昨日と同じような鬼が現れた。
その鬼を見て、伊織は昨日の恐怖が蘇ってきた。
恐怖で体を震わせる伊織を見てクシナが不機嫌になる。
「誰かしら?私の主様を怖がらせる悪い鬼は?」
そういいながら一つ指を鳴らし、昨日と同じように鬼を炎が包み込む。
「グギャアアア!!」
鬼の悲鳴が響き渡るたびに炎の勢いが増していく。
そして炎が晴れると、そこに鬼の姿は無かった。
「あ、ありがとうクシナ」
お礼を言われたクシナは上機嫌になりながら伊織に尋ねる。
「いいのよこれくらい。でもそうね?頑張ったから何かご褒美が欲しいわ?」
「ご褒美?何が欲しいんだ?」
再び命を救ってもらった伊織は、出来る限りクシナの要望には答えたいと思っていた。
少し考えた後、クシナが要望を告げる。
「そうね~、それじゃあ頭を撫でて欲しいわ」
「そんなのでいいのか?それじゃあ」
そういわれた伊織は早速クシナの頭を撫でる。
「うふ、うふふふ」
頭を撫でられたクシナは満面の笑みを浮かべ、尻尾がものすごい速度で暴れまわる。
そういえばクシナは子ぎつねの時も撫でられるのが好きだったなと伊織は思い出した。
そろそろいいかと思って伊織が手を離すと、途端に悲しそうな顔になる。
「もう終わりかしら?」
「え?いや、ほら、ここは道中だしまた帰ったらな?」
「分かったわ、家ではいっぱい撫でてね?」
そうして歩き出した伊織はふと疑問に思ったことがあった。
「そういえば俺の霊力が溢れて鬼が出てきたって昨日言ってたけど、今はクシナと契約したことでそっちに霊力が流れてるんだよね?それでもまだ妖魔を引き付けるくらいの霊力が溢れてるの?」
「...確かにそうね?本当だったら出てこないはずなのだけれど」
伊織の霊力につられて鬼が現れると昨日説明を受けた伊織は、契約してクシナに霊力が流れている状態でも鬼が現れたことに少し気になった。
そしてクシナもその疑問を聞いて、おや?と首を傾げる。
「家についたら少し調べて見ましょうか」
「お願いするよ」
クシナが調べてくれると言うので了承し、帰路を進む。
家に到着し、荷物を置いた伊織たちは早速原因を調べてみることにした。
「それで俺はどうすればいい?」
「そっちのソファーに座ってくれれば良いわよ?あ、ただ背中はこっちに向けてね?」
「分かった」
伊織は背中をクシナに向ける形にしてソファーに座る。
手を当てて調べるのかなと思っていた伊織の背中に、柔らかい物が二つ当たった。
「クシナ!?」
「もう、今調べてるから暴れないでね?」
突然の事に驚いて身を捩ると、クシナに窘められる。
伊織はかなりドキドキしながらも、クシナの言う通り大人しくしていた。
「ん~、これは、なるほど...」
「クシナ?どうしたんだ?」
「原因が分かったけど、原因がわからないわ?」
「え?どういうこと?」
クシナが何事かを頷いたので尋ねてみると、頓智のような回答をしてきたので伊織は混乱した。
「そうね~、分かったのは主様の霊力が爆発的に増えてるってこと」
「え?俺の霊力が?」
「そして分からないのは、何故主様の霊力が増えたのかって事ね」
クシナにも何故霊力が増えているかは分からないらしい。
「つまり何故か俺の霊力が増えていて、それにつられて鬼が出てきたってこと?」
「そうなるわね」
「なるほど、じゃあ今後もさっきみたいに襲われるかもしれないのか」
その事実に気が付いた伊織は少し気分が沈んだ。
そんな伊織を慰めるようにクシナが優しく抱きしめる。
「安心して主様、私がいる限り絶対に守ってみせるわ」
「うん、ありがとうクシナ」
伊織がお礼を言うと、クシナは嬉しそうにしながら伊織の背中に頬ずりをした。
それからしばらくクシナは伊織の背中を離れなかった。
「く、クシナ?いつまで背中にいるの?」
「うん?私が満足するまでよ?」
クシナは満足するまで伊織の背中に張り付いていた。
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