第5話 クシナの説明

クシナの説明は伊織と出会ったときの話までさかのぼり、昔を懐かしむような顔をしながら語り始める。


「主様は初めて出会ったときの事を覚えてるかしら?」

「ん?あぁ、俺が祠に迷い込んだ時だよな」

「そう、そこで初めて主様を目にしたとき、なんて霊力の多い人間だろうって思ったの」

「霊力?」


聞きなれない言葉に伊織は首を傾げ、クシナはその様子が可愛く見えたのかクスリと笑いながら説明を続ける。


「そう、霊力。簡単に言ってしまえば、生きとし生ける物が持つ生きるための力といった所かしら?大なり小なり全ての生物に宿っている力よ」

「そんなのがあるんだ。それが俺は多いのか?」


伊織は自分の手を握りながら、そんなものが自分にあるのかと疑問に思う。


「えぇ、それはもう桁外れに多いわ。そして霊力はね、私たち妖魔の大好物なの」

「なるほど。ん?私たち?」


クシナの説明に一度は納得したが、一部の言葉に疑問を覚える。


「ってことは、クシナも妖魔?ってやつなのか?」

「えぇそうよ?私もあの鬼と同じ妖魔なの。まぁ格はだいぶ違うのだけど」

「え?あの鬼と同じ?」


伊織はその言葉を聞いて、鬼に追いかけられた恐怖を思い出し一瞬だがクシナから距離を取ろうとしてしまった。

しかしクシナは未だにがっつりと伊織の腕を抱えており、全く動くことが出来ない。


「もう、そんな怖がらないで主様?私はあの鬼と違うわよ」

「そ、そうだよな。違うよな...」

「まぁ、主様の霊力は随分前から食べてるのだけど」

「えぇ!?」


先ほどクシナから霊力は生きるために必要な力であると聞いた伊織は、それを食べられていると教わり先ほどより強くクシナから離れようとした。

しかし今度は腕だけではなく九本の尻尾全てを使って伊織を包み込む。

そして拗ねたような顔をしながらクシナは話を続ける。


「まだ話の途中よ?そんな怖がらなくてもいいじゃない...」

「でも。いや、ごめん...そうだよな。まずは話を聞くよ」


伊織は力を抜きソファーに座り込み、その様子をみたクシナは笑顔になる。


「ありがとう主様。それで続きなのだけれど、霊力の強い人間はそれだけで妖魔を引き付けてしまうの」

「なるほど、でも今まであんな鬼に襲われたこと無かったぞ?」

その言葉を聞いた伊織は過去を思い返していたが、先ほどのように鬼に襲われたことは皆無だった。


「それは私のおかげね、さっきも主様の霊力を食べてるって言ったでしょ?あれは主様が私に会いに来てくれる時に、主様から漏れ出ている余剰霊力を私が食べていたからなの。だから今まで妖魔に気が付かれなかったのよ」

「あ~なるほど、それで先週はクシナの所に一週間行けなかったから、霊力が漏れ出して妖魔を引き付けたって事か」

「えぇ、そう言う事よ」


クシナの説明を聞いてなるほどと納得する。

確かに伊織はクシナと出会ってから毎週必ず祠に訪れていた。

しかし今週は旅行へ行ったことにより、一度しかクシナに会いに行かなかったので伊織から霊力が漏れ出してしまったのである。


「ってことは今までクシナに救われてたって事か。ありがとうクシナ」

「いいえ主様、お礼をいうのは私の方よ」


伊織がお礼を口にすると、クシナは首を振りながら否定する。


「私はね、主様と出会わなければ消滅を待つ運命だったの」

「え?」


そんなことを告げられた伊織は驚きながらクシナの方を見る。


「主様と初めて出会ったとき、私透けていたでしょ?」

「うん、確かに半透明だったな。いつの間にか透けなくなってたけど」

「あれはね、もう本当に消滅する寸前だったの。だからあの時主様に出会って、主様から霊力を吸えたおかげで消滅を免れられたの」


伊織は記憶を掘り起こすと、確かに最初は半透明だったクシナだが徐々にしっかりとした姿になっていったことを思い出した。


「だから私の方こそありがとうなのよ、主様」

「そうなんだ、それでもクシナに助けられたことには変わりはないよ。ありがとう」

「もう、主様ったら...」


伊織がそれでもとお礼を告げると、クシナは身を捩りながら恥ずかしそうにする。

しばらくそんなもどかしい空気が続いた後、クシナは再度語り始める。


「それで私があそこにいた理由だけど、ある程度主様から霊力を吸えたおかげで祠から移動することが出来るようになったの」

「ふむふむ」

「それでね?この間一日しか来なかった主様の事が心配で、主様の事を探していたらあの場面に出くわしたのよ。本当にギリギリだったわ」


今思い出しても、本当にギリギリのタイミングだったと思う。

鬼が金棒を振り下ろすタイミングでクシナが現れていなかったら、伊織はこの世に居なかっただろう。


「よく探し出せたな」

「それは主様と私の間に仮契約が結ばれてたからね。それでなんとなくだけど主様の方向が分かったの」

「仮契約?」


また伊織にはあまり聞きなじみのない言葉が聞こえた。


「主様は私が子ぎつねだった時も、何となく言葉が分かったでしょう?」

「あぁ」


確かに伊織はある時を境にクシナの言葉が何となく分かるようになった。

クシナみたいな存在は伊織も初めてあったのでそういうものかと割り切っていたが、どうやらクシナと交わした仮契約が原因だったらしい。


「それが仮契約の効果ね。私は...というよりは妖魔全体は、自分が認めた相手と仮契約を結ぶ事が出来るの。効果は色々決めることが出来るのだけど、私の場合は言葉が分かるようにしたのよ」

「なんで?」

「それはね、主様とお話したかったからよ...」


そうクシナが恥ずかしそうに告げる。


「そ、そうなんだ」

「えぇ、そうなの」


再び二人の間に沈黙が落ちた。

クシナが伊織の腕に頭を擦り付けながら話を続ける。


「それでその後は、主様に本契約を持ちかけたわけ」

「いきなり契約してくれって言ったからビックリしたよ」

「あの時私を抱えて逃げようとしたときに噛んでごめんなさいね?」

「いや、大丈夫。それで本契約ってどんなものなんだ?」


今までの経緯はクシナから説明されたので理解できたが、本契約の内容が気になった伊織は問いかける。


「あの契約はね?昔も昔すごーく昔に、妖魔と人間の間で使われていた契約なの」

「そんな昔から...。ん?じゃあクシナもそんな昔から存在してたのか?」

「主様????」


そんなことを問いかけると、クシナは妙に迫力のある笑顔を浮かべながら伊織を見つめる。


「あ、いや、なんでもない。それで本契約の内容って?」


伊織は女性に年齢の話をしてはならないと思い出したので、話を切り上げて別の話をする。


「一つは主様から常に霊力が流れるようになること。これのおかげで私は本当の姿を取り戻せたわ。普通の人だったら契約した瞬間に霊力が無くなって死んでしまうのだけど、主様なら全然大丈夫ね」

「え?」


どうやらクシナはこの美女状態が本当の姿らしい。

今までは弱っていたので、あのような子ぎつねの姿だったと語る。

そして普通の人間がクシナと契約を結ぶと死んでしまうと言う話を聞いて伊織は驚く。


「そんな契約して俺は大丈夫なのか?」

「さっきも言ったけど、全く問題ないわね」


そんなに自分には霊力があったのかと思う伊織。


「そしてもう一つは、永遠に、たとえ輪廻を巡っても切れぬ縁を結ぶの」

「縁?」

「そう、例えどれだけ時間が経っても、生まれ変わろうとも、必ず巡り合えるように運命を定めるの」

「なんか、凄いな...」

「えぇ、凄い契約なのよ?」


説明されるだけでも凄そうな契約をどうやら伊織は結んでいたらしい。

そのことに唖然としながら、クシナの言葉を待つ。


「そして本契約した後は、霊力が流れ込んで力を使えるようになったから、あの鬼を燃やしたってわけね」

「あれ凄かったよな。こう、金の炎がぶわっと広がって」


今思い出しても凄い光景だった。

あれだけ伊織が追いかけまわされて恐怖した鬼が一瞬で倒されてしまったのだ。


「うふふ、これでも格が高い妖魔だからね?あのくらいの妖術は簡単よ」

「なるほど、妖術ってのは?」


クシナの説明から新たな言葉が聞こえたのでつい問いかけてしまう。


「妖術は、私たち妖魔が霊力を使って行う事象改変の事ね。人間の場合だと魔法や霊術、陰陽術と言ったりするわ」

「へ~、霊力を使うなら俺でも使えるのかな?霊力多いって話だし」

「そうね~。訓練すれば使えるようになるかもしれないわ」

「マジ?めっちゃ使ってみたい」


魔法というのは男の子なら誰しも憧れる存在だ。

それが使えるかもしれないと伊織は分かるとキラキラした目でクシナを見つめる。


「今度教えてあげるわね?」

「あぁ!頼むよ!」


上機嫌になる伊織を眺めながらクシナは告げる。


「もし今後、あの鬼みたいに妖魔が襲ってきても私に任せてね?これからはずーっと一緒よ主様?」


そういい、クシナは愛する者へ向けるような微笑みを伊織に向けていた。

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