第4話 契約

伊織は走りながら混乱していた。


「何なんだよあれ!?今までこんな事無かったのに!!」


後ろを振り向くと、すぐ後ろで鬼が金棒を振りかぶっている姿が目に写った。


「やばっ!」


直ぐに伊織はその場から飛びのくと、ズドンという音と共に金棒が地面へと直撃しアスファルトが砕ける。


「嘘だろ、実体あるのかよあれ...」


その光景を見ていた伊織は凄まじい恐怖に襲われた。

あそこで飛びのいていなかったら、ああなっていたのは自分だろうと容易に想像が付くためだ。

恐怖で呼吸が浅くなるが、なんとか立ち上がり鬼と距離を開ける。


鬼は金棒を振り下ろした後も伊織へと視線を固定しており、またニヤリと笑いながら伊織を追いかけ始めた。

逃げながら鞄を鬼へと投げつけたが全く意に介さず伊織を追いかけ続ける。


「はぁ、はぁ、クッソ!どこまで追いかけて来るんだよ!!!」

「グアオォォォォォォォ!!」


咄嗟に公園の中へと逃げ込んだ伊織だが、ついに足に限界が来て転んでしまう。


「うわっ!」


転んだあとすぐさま後ろを振り返ると、鬼がゆっくりと近づいてきている姿が見える。

もう体力の限界が来ていた伊織は這いながらも鬼から距離を開けるが、その様子が面白いのか鬼は笑い声を上げる。


「くそ!来るなよ!来るな!」

「グギャギャ」


ニタニタと笑いながら伊織の元までたどり着き、金棒を振り上げる。

その時伊織には走馬灯が浮かんだ。

数々の思い出が一瞬のうちに浮かんでは消えていく。

その思い出の数多くの場面で白雪が写っていた。


「ははっ、こんな事になるなら、白雪に告白しておくんだったな...」


そして鬼が金棒を振り下ろしたとき。


「キュー!」

「グボォ!」

「は?」


そこには居ないはずのクシナが綺麗なドロップキックを決めて鬼を吹き飛ばした。

咄嗟のことで状況が読み込めない伊織。

クシナは綺麗に着地した後、伊織に駆け寄る。


「キューキュー!」

「く、クシナ?どうしてここに?」

「キューキューキュー!!」


クシナは座り込んでいる伊織の足をテシテシと叩きながら必死に何かを伝える。


「え?なに?契約?」

「キュキュー!キュッキュ!」

「今すぐ契約をしてくれ?どういう事?」


クシナは伊織に契約をするように話しかけていた。

伊織は状況が読み込めず首を傾げていると、吹き飛ばされた鬼が立ち上がっているのが目に見えた。


「やばっ!逃げないと!」

「キュー!ガブッ!」

「痛!クシナ!?」


クシナを抱きかかえて逃げようとしたところ、クシナに噛みつかれた。


「キューキュー!!!」

「だから何なんだよ契約って、どうすれば良いんだよ...」


初めてクシナから噛まれた伊織はショックで少し落ち込んでしまう。

そんな伊織に向かって矢継ぎ早にクシナは告げる。


「キュキューキュキュ!キュッキュ!」

「なに?クシナの言葉を復唱すればいいのか?」

「キュ!」

「はぁ、分かったよ。もうどうにでもなれ!」


伊織はやけくそ気味にクシナの言葉を復唱する。


「私が求めるは永久の誓い」


伊織がそう唱えると、伊織とクシナの間に炎が吹き荒れる。


「輪廻を巡りても決して途切れることのない不屈の誓い」


不思議とその炎は熱くなく、むしろ伊織たちを包み込んでいるかのような心地よさがあった。

鬼はその間も伊織に近づこうとしていたが、炎に触れるとその肌は焼けてしまう。


「グギャ!ググググ...」


鬼は忌々し気に炎を見つめる。


「私が求めるそなたの名はクシナ」


詠唱が進むと、いっそう炎が激しくなり、二人の間を渦巻く。


「今ここに、永遠の契約を」

「キュー!」


詠唱が完了すると、クシナが激しい光と共に炎に包まれる。


「く、クシナ!?うわっ!」


光が眩しくて顔を覆ってしまう伊織。

激しい光と共に炎が踊っている。

しばらく眩しくて目を開けられなかったが、段々と光が収まってくる。

目を開けられるようになったのでクシナの方へ目を向ける。

するとそこには子ぎつねの姿はなく、代わりに見たこともない和服を着た美女が立っていた。


「く、クシナ?」

「えぇ、ありがとう主様。やっと普通に話せるわね?」


謎の美女は伊織に優しくほほ笑みかける。

ただ美女には九本の尻尾や狐の耳があったので状況的に見ても彼女がクシナなのだろうと無理やり納得する。


「本当にクシナなのか?」

「えぇそうよ?どう?私の姿は?」


クシナはそういいながらクルリと一回転しながら伊織に姿を見せつける。

その動きに合わせて頭に生えた耳や尻尾、長い金髪がふわりと揺れる。


「正直かなり驚いてる」

「それだけ?もっとこう、美人だ!好きだ!結婚してくれ~!とかないのかしら?」

「え?」


余りの変わりように未だ動揺している伊織だが、契約が終わったことで伊織たちの周囲に渦巻いた炎が消え、鬼が近づいてくる。


「グオォォォォ!」


それに気が付いていたクシナが振り返りながら鬼に言う。


「今主様と楽しくお話をしているのに無粋ね?」

「く、クシナ...」


伊織は鬼の姿を再び目にしたことで先ほどの恐怖が蘇り、体が震えた。

その様子を見たクシナが静かに鬼へと告げる。


「主様を怖がらせるなんて不愉快よ。消えなさい」


クシナが指を一つ鳴らすと、鬼が炎に包まれる。

その炎は金色をしており、伊織は唖然とその光景を見つめる。


「グギャアアアア!」


鬼の悲鳴と共に、炎は勢いを増していく。

金色の炎が晴れると、鬼の姿はどこにも無かった。


「さ、終わったわよ主様?」

「あ、あぁ。ありがとうクシナ...」

「いいのよこれくらい」


そういいながらクシナは伊織に近づき、腕を取ったかと思うと抱きしめた。

そして伊織の体も九本の尻尾に包み込まれる。


「怖かったでしょう?ごめんなさいね、来るのが遅れてしまって」

「正直、何がなんだか分からないんだけど...」

「後でゆっくりと説明するわね?今は家に帰りましょう?」

「あ、あぁ。そうだな...」


クシナに促され、伊織は家へと足を進める。

家へと足を進めている間も、クシナは伊織に絡みついていた。


「んん~、主様~」


普通の状態だと伊織は慌てふためくであろうが、伊織には今そんな余裕は無かった。

家への道を歩いている間も、あの鬼は何だったのか?なぜクシナは人型になっているのか?そんな疑問が頭の中をグルグルと回っている。


家にたどり着き中へ入るとそのまま台所まで向かい、コップに水を注ぎ一気に飲み干す。


水を飲んだことで伊織は少し落ち着いてきた。

その後ソファーに座り未だ張り付いているクシナを見つめる。


「なぁに主様?」

「いや、本当にクシナなんだよな?」

「もう、まだ信じてないの?」

「いや、だって、こんな子ぎつねだったんだぞ?それがこんな...」


そう、伊織は未だに隣にいる美女がクシナだとは信じられなかった。

クシナは心外だといった表情をしている。


「何を言ったら信じて貰えるかしら?主様がいつも油揚げを買ってきてくれたこと?それともブラッシングをしてくれたこと?それとも私を抱きしめて匂いを嗅いでいた事かしら?」

「あ、いや、悪かった。確かにクシナだ」

「そう?わかってくれて嬉しいわ」


正直こんな綺麗な女性だとは思わなかったのでクシナの匂いを嗅いでいたことを言われると途端に恥ずかしくなる。

気を取り直して伊織はクシナに説明を求める。


「それでクシナがあそこに居たことについてだけど」

「あぁその事ね。そうね?どこから話した物かしら?」


クシナは小さい唇に指を当てながら少し考える素振りをした後に、理由を語りだした。

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