第2話 温泉旅行

次の日の火曜日、伊織と白雪は大学にいた。

この日は何の講義を取るかを白雪と話し合っている。

スマホで講義一覧を眺めながらあれやこれやと言い合っていると、意外にも白雪の取りたい講義と、伊織の取りたい講義が被っている事に気が付いた。


「ありゃ?伊織君と講義結構被ってるね」

「ほんとだな」

「これは、運命?」

「何言ってんだ」

「あいたっ!」


白雪がふざけた事を言ったのでデコピンをしてあげると、大げさに痛がる。

わざとらしく涙目になった白雪が抗議してきた。


「酷いよ伊織君、傷物になっちゃった...。これは責任を取ってもらうしか」

「...。もう一発行くか?」

「ごめんなさい」


思わず頷きそうになった伊織だが、頭を振った後もう一度デコピンしようかと尋ねると、素直に謝ってきた。


実のところ、伊織は白雪に恋心を抱いている。

いつから白雪の事が好きだったのかは分からないが、気が付いたら白雪の事を想うようになっていた。


しかし白雪の家はかなり厳格な家らしく、親が認めた家とではないと付き合いを認めてくれないらしい。

その事を前に悲しそうに白雪から伝えられたことがあり、伊織は告白できずにいた。


その後取る講義も決まったので白雪とカフェで旅行について話をする。


「しかしよく親御さんが許してくれたな、こういう旅行とか厳しいイメージがあったけど」

「めっちゃ説得しました」

「なるほど...」


どうやら本当に苦労しながら説得したらしい。そのことが白雪の顔に自信となって現れている。

改めて考えると白雪と二人でこうした旅行に行くのは初めてのことなので少しドキドキしてきた。

早く土日にならないかなと考える伊織であった。



週末の金曜日、クシナの所へ急いで向かう。

いつも寄っている商店街を通り、いつもより多めに油揚げを購入する。


「これで許してくれると良いけど」


既に旅行の準備は整っているため、今日は少し遅くまでクシナと遊ぼうと決めていた。

いつもの山に入り、クシナがいる祠に向かって足を進める。


「おーいクシナ~、いるか~?」

「キュイ?」


祠にたどり着きクシナを呼びかけると、不思議そうな顔をしながら姿を見せた。

伊織はいつも土日に祠へ来るので何故今日来たのか疑問に思ったが、伊織が来てくれたことに変わりは無いので嬉しそうにしながら伊織に駆け寄る。


「キュイ!」

「おぉ、今日も元気いっぱいだな」


クシナに油揚げを食べさせて、少し遊んだ後今日来た目的を話し出す。


「クシナ、実は明日明後日に旅行へ行くんだ。だから今週は今日しか来られないんだ」

「キュイ?キュ~キュ~?」

「そう、明日も明後日も来れない」

「キュ~...」


今更だが伊織は何故かクシナの伝えたいことが分かる。

最初はただの鳴き声にしか聞こえなかったはずだが、いつの間にか言葉として認識出来るようになっていた。


「ごめんな、でも次の土日はその分いっぱい遊ぼうな?」

「キュイ...キュイ!」


少し落ち込んだ様子のクシナだったが、伊織の言葉を聞いて機嫌が治りじゃれつき始める。撫でたりブラッシングしたりとクシナと遊んでいたが、日が暮れてきてしまったので帰る支度を始める。


「キュ~...」

「ごめんクシナ、また来週来るからな?」

「キュ!」


悲しそうにしていたクシナだが最後に伊織の頬を舐めて祠の方へ走っていった。

そして祠の前に座り見送りをしてくれる。

その姿が可愛くて写真に収めたかったが、写真にクシナは写らないため泣く泣く諦めて下山した。



日が明けて土曜日、駅前で白雪と待ち合わせをしていた。

温泉に想いを馳せながら考え事をしていると、元気な声が聞こえてきた。


「おまたせ~!」

「お、来たか。おはよう白雪」

「おはよー!」


白い長袖のワンピースを着た白雪が伊織の前に現れた。

まさに妖精のようなその姿に少し見惚れてしまった伊織だが、気を取り直して話しかける。


「そ、それじゃあ行こうか」

「うん!草津にしゅっぱーつ!」


まずは新幹線に乗るために東京駅まで行き、その後新幹線に乗り草津方面へ向かうことになっている。

無事東京まで付いた伊織たちは新幹線に乗り込む。


「新幹線とか久しぶりに乗ったよ」

「そうなんだ、じゃあこの新幹線マスターの私に任せて!」

「そんな新幹線乗ったことあるの?」

「ん?いやま~、その、うん、ちょこちょこ?乗ったことあるよ?」

「なんで疑問形?」


座席に座り、揺られながら白雪と話す。

白雪に窓側の席を譲り、通路側の席に伊織は座っていたのだが、通路を挟んだ席にこの世のものならざるものが座っていた。


「ゴァ、ギャギャ」

「...(ヤバすぎだろあれ)」


伊織は極力そちらを見ないようにしている。


白雪からは新幹線と言えば駅弁だと熱心に勧められたので、買っていた駅弁を食べると結構美味しかった。


「お、結構美味しいなこれ」

「そうでしょ〜?買う場所によって中身が違うからそれも楽しみの一つなんだよね~」


しばらく話していたが朝が早かったこともあり、伊織は眠くなってきてしまった。


「伊織君、まだかかるし寝ててもいいよ?」

「ん〜そう?じゃあ少し寝ようかな」


伊織が目を閉じると、あっという間に夢の世界に旅立っていった。


「伊織く~ん?」


白雪は伊織がしっかりと寝ているか確認をする。


「寝てる、よね?」


呼びかけても反応が無かったので白雪は一つ頷いた後、鞄から一つの札を取り出す。

その札の中央には五芒星が書かれており、明らかに普通の女子大生が持つものとしては相応しくなかった。


「私の伊織君を、許せないよね」


そして伊織の隣の席に座っている存在に対して札を向けた。


「祓い給え」


白雪がそう呟くと、持っていた札が白い炎に包まれ、その存在の方へと飛んでいく。

白い炎に包まれたその存在は、そのまま消滅した。


それを確認した白雪は伊織の方へ顔を向けた後、起こさない程度の声で呟く。


「伊織君にもあれが見えてるんだよね、はぁ、伊織君がこっちの世界に入ってきてくれたらな~...」


そう呟いた白雪の顔はどうしようも無いほど悲しそうな顔をしていた。





「伊織くーん、もう着くから起きて?」

「んん?あぁ、ありがとう白雪」


白雪は先ほどの悲しい顔など見る影もなく、伊織と話せることが楽しくて仕方ないといった様子で満面の笑みを浮かべながら伊織に話しかけている。


白雪に起こされた伊織は一つ伸びをした後、下車するための準備を進める。

新幹線から降りた後は、バスで草津まで向かう。


しばらくバスに揺られた後、草津温泉で降り、予約してあった旅館に到着した。


「おぉ、写真では見てたけど結構立派な旅館だな」

「うん!流石そこそこの値段がするだけはあるね!」


祝大学入学の旅行と言うことで二人とも少し奮発したお値段の旅館を予約していた。

旅館の中に入りチェックインを済ませて部屋に向かう。


最初は別々の部屋にしようかと伊織が提案したが、こういった旅行は一緒の部屋がいいんだよ!と白雪に押されたこともあり、一緒の部屋に泊まることになっている。

そのことにかなりドキドキしながら伊織は足を進める。


部屋に到着して中に入ると、そこは見事な和室となっていた。

い草の匂いが立ち込めており、不思議と懐かしい印象がある。


「おぉー!いい部屋だね!」

「あぁ、すげーいい感じだな」


部屋に荷物をおいてさてどうするかと考えていると、白雪から提案された。


「さっそく温泉に行こうよ!」

「まぁそうだよな、温泉に入りに来たんだし入ろうか」


この旅館には大浴場があるのでそちらへ白雪と向かう。

隣を歩く白雪はとても上機嫌で鼻歌が聞こえてくる。

温泉の入り口の前で白雪と別れて、暖簾をくぐり伊織も温泉へ入る。


「おぉ、凄いな」


中には様々な温泉があり、効能が壁に書かれていた。


「何々?この温泉は疲労回復と美肌効果があります...と。まずはこれに入ってみるか」


白く濁った湯の中に入り疲れを癒す。


「おぉ!これは、中々、いいな。」


その後も様々な湯に浸かりながら温泉を満喫した。



SIDE:白雪


「ふんふふふ~ん」


脱衣所で服を脱いでいるときも伊織君のことを考えてしまう。

いつからだろう?こんなに伊織君の事が好きになったのは。


初めて伊織君と出会ったのは小学生の頃で、伊織君があそこに人がいると言いながら霊を指さしている時だった。

周りにいた伊織君の友達は、そんな所には誰もいない、変な奴だと騒いでいたが私には確かに霊がそこに見えていた。


学校で初めて私以外に霊が見える人が居て、興味があって伊織君に話しかけたのが切っ掛けだった気がする。


「私は白雪っていうの、あなたは?」

「僕?僕は久遠伊織」

「そうなんだ、じゃあ伊織君だね!よろしく!!」


ただ私の家からは霊が見えること、家業の事は秘密にするようにと口酸っぱく言われてきたので、霊のことは触れないで伊織君と話していた記憶がある。


それから伊織君とは意外にも話があって小学生の頃はずっと一緒にいた。

中学生になってから家での習い事も増えてストレスが溜まっていたころ、伊織君と話しているときだけが癒しだったのを覚えている。

その頃からだろうか?伊織君の事を意識するようになったのは


「はぁ、最近習い事が厳しくてさー、もうもうもう~!って感じなんだよね」

「ははは!牛みたいだぞ?」

「あ!ひっどーい!もうー!」

「あははは、でも牛になっても白雪は可愛いと思うよ」

「あう..」


伊織君はよくさらっとそんなことをいうので照れてしまう。


気が付いたら伊織君の事を目で追っていて、ふと気が付けば伊織君の事を考えている。

そんな日々が続いて、これが恋なんだと自覚した。

それに気が付いてからは少し恥ずかしかったけど、それよりも伊織君と話せる事が嬉しくてよく話していた。


私の間違いじゃ無ければ伊織君も私のことを意識していたと思う。


「はぁ、伊織君...」


その後一緒の高校に入学してもその関係は変わらずに続いていたある日、伊織君が緊張した顔でかつ男らしい顔をしている日があった。

なんとなく、今日伊織君に告白されるんだろうなって分かった。


それが凄く嬉しくて嬉しくて、もうキャーって叫びたくなったんだけど、家の方針で業界にいない人とは恋仲になれない掟があった。

だから仕方なく、ほんとーに仕方なくそのことを伊織君に伝えた。


「私の家がね?その、凄く厳しい家で、家と繋がりがある人とじゃないと、お付き合い出来ないんだって、酷いと思わない?」

「え?そ、そう、なんだ...」


その時の伊織君の悲しそうな顔は今でも覚えている。

私だって泣きたいくらい悲しかった。実際家に帰った後泣いたし。


その後少しギクシャクした感じになっちゃったけど、いつの間にか普段通りの態度になっていて今の関係に至る。

こういうのを友達以上恋人未満っていうのかな?


伊織君とお付き合いは出来ないけど、一緒に旅行に行くくらいいいよね?


「むむ、何々?美肌効果がありハリのあるスベスベ肌になります。ですって!?」


温泉の効能を確認していると、とても興味深い湯があった。

これは是非とも入って伊織君にスベスベ肌を見せつける必要がある。


「んっ、あふぅ...。」


温泉の中に入ると、とっても気持ちがいい。やっぱり高い旅館なだけはある。

伊織君とは付き合えないけど、伊織君に彼女が出来ないように私にメロメロにしておく必要がある。伊織君に彼女とか出来たら私は多分立ち直れないから。


しばらく湯を楽しんだ後、私は温泉から上がった。

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