現代ファンタジーに巻き込まれたけど、強い仲間に守られながらなんとか生きています。

井の中の水

第一章:現代に潜むファンタジーな世界

第1話 可愛い子ぎつね

久遠伊織は来週にある大学の入学式に向けて準備を進めていた。

教科書を受け取ったり新しく鞄を買ったりと、少しバタバタとした日常を送る。


そんな忙しい日々を送りながらも、ある日課は欠かさずにこなしていた。


「行ってきます」


伊織は忙しい合間を縫って外に出る。目的地へ向かう途中に商店街があるため少し寄っていくことにする。


「お、伊織君いらっしゃい!いつものかい?」

「えぇ、いつものやつをお願いします」

「はいよ!うち自家製の激うま油揚げだ。いつもありがとうな」

「いえいえ、ありがとうございます」


店の店主から油揚げを購入し、再び足を進める。

袋に入れた油揚げを眺めながら、が喜ぶ姿を想像すると自然と頬が緩まる。


しばらく歩くと、山の入り口にたどり着いた。

この山は誰が所有者か分からないが、誰でも入れるようになっている。

ただ管理が行き届いてないのか、少し歩き辛い。


新鮮な緑の匂いを嗅ぎながら伊織はその山を登っていく。


「しっかし、まだ四月にもなってないのに暑いな~」


三月下旬の今日、まだ春先と行った時期なのに山を登っていると汗をかいてくる。

しばらく山を登った後、道を外れる。

獣道のようになっている山を進むと、一つの祠にたどり着いた。


伊織がこの祠を見つけたのは全くの偶然だが、見つけて以来伊織は毎週欠かさずこの祠に通っている。


「お~い、来たぞ~」

「キュイ?キュイキュイ!!」


伊織が祠に呼びかけると、一匹の子ぎつねが顔を出した。伊織の姿を確認するとをブンブン振りながら伊織に駆け寄る。

子ぎつねが抱きついてくると容易に想像できたので、伊織はしゃがみながら受け止める。


「キュイ!」

「やぁクシナ、元気にしてたかな?」

「キュイイ!!」

「あはは、くすぐったいよ」


子ぎつねの名前はクシナというらしい。クシナは伊織に抱きつくと、頬を舐めだした。

その後伊織は祠の前に腰を下ろして、買ってきた物をクシナに見せつける。


「さぁクシナ、お前は大好きな油揚げだぞ~」

「キュイ!?キュイキュイ!」


油揚げと聞いたクシナはテンションが爆上がりし、ジャンプをしながら早く頂戴と伊織に催促する。


「待て待て、今開けてやるから」

「キュイ!」

「はいどうぞ」

「もきゅもきゅ」


油揚げを一つ開けてクシナにあげると、早速とばかりに食べ始めた。

その様子を笑顔で眺めつつ、クシナの事を撫でる。


「今日はブラシも持ってきたから後でブラッシングしような~」

「キュイ!?」


ブラッシングという言葉を聞くと、クシナは目を輝かせながら伊織の事を見つめる。

その様子が面白く、クスリと笑ってしまった。


「はは、でも本当にお前は不思議だよな~。色々見てきたけど、クシナみたいな存在はクシナだけだし」

「キュイ?」

「何でもないよ」



久遠伊織は小さい頃から不思議な物を見ることが出来た。

それは幽霊や妖といった存在である。


幼い頃はそれが何か分からなかったので両親や友達にも言ったりしたが、友達はそれが見えなかったので、変な事を言う奴だとからかわれた。


伊織は成長していくごとに、これは普通の人には見えない存在だと分かり、極力人に言わないように過ごしてきた。


人には見えないものが見えてしまうが、そのことを話せない伊織に次第にストレスが溜まっていく。

そんな時に出会ったのがクシナである。


伊織が高校生の頃、近隣の調査をしてレポートを提出するという課題が出たことがあった。

その時、この山について調査することに決めた伊織が山へ登っていると、ろくに手入れされていない山道だったため、この祠へと迷い込んでしまった。


そこでクシナと出会ったのである。


「いや~あの時は驚いたけど、今ではお前の存在だけが癒しだよ」

「キュイ~?」


クシナは何のことかと言った風な感じで首を傾げる。

その姿がまた可愛くて笑顔になってしまう。


「しかし初めてあった時は半透明だったのに、いつの間にか透けなくなったよなお前。さて、そろそろブラッシングしようか」

「キュイ!」


伊織が鞄からブラシを取り出すと、クシナは早くやってくれとばかりにお腹を見せながら伊織の方を見つめる。


「はいはい、大人しくな~」

「キュイ~」


ブラッシングを始めると、クシナは気持ちよさそうに目を細める。

お腹の方から始めていき、背中、尻尾とブラッシングをしていく。


「しっかしいつも思うけど、尻尾が沢山あるから大変だな」

「キュ~イ~」

「はは、気持ちいいか?クシナって多分噂に聞く九尾ってやつなのかな?」


たまにブラッシングをしてあげているが、クシナは尻尾が九本あるため実はかなり大変だった。


九尾の狐は悪しき存在として語られることも多いが、ブラッシングをされて溶けているクシナを見ると、それは無いなと思う伊織である。


その後もクシナと遊んでいたが、そろそろ良い時間になってきたので帰る支度を始める。

伊織が帰ると分かったクシナは露骨に悲しそうにしていた。


「キュイ...」

「はぁ...、明日もまた来るよ」

「キュイ!」


その姿がまた可愛くて、つい明日も来ると約束をしてしまう。

これが伊織の土日の過ごし方であった。




週が明けた月曜日、この日は大学の入学式がある日だ。

伊織が通う大学は電車で二駅行った所にあるため、駅へと足を進める。


「お~い!伊織く~ん!」


すると一人の女性が伊織の名前を呼びながら走ってきた。

その女性はショートボブの髪型で、美人というより可愛い顔をしている。

振り返った伊織の前まで来ると、笑顔を見せながら挨拶をしてくる。


「おっはよ~!」

「あぁ、おはよう白雪」


この女性は冬木白雪、伊織とは幼い頃からの付き合いがある、いわゆる幼馴染だ。

不思議なことに白雪とは小中高と一緒で、伊織の一番仲のいい友達と言っても過言ではない。


というのも、伊織は色々な物が見えてしまうので話が合わず、自然と友達付き合いが苦手になっていった。

そんな中でも、白雪とは何故か話すときにストレスを感じないので、普通に友達として付き合うことが出来た。


そしてお互いの大学を決める時、二人して一緒の大学を志望していることを知った時に笑ったのはいい思い出だ。


「いい入学式日和だね!」

「確かに、良く晴れてるし気持ちが良いな」

「東帝大はどんな入学式するんだろうね?」

「確かバカでかい広間があってそこでするんだよな?」


伊織と白雪が通うことになっている東帝大学はかなり古い歴史を持つ由緒正しい大学である。

伊織は自分の偏差値を見て自分で行けそうな一番グレードの高い大学を調べたときに、この東帝大があったので入学を決めた。

まぁ一番の理由として家から近いことも挙げられるが。


大学へ向かう途中にも、半透明な幽霊などが散見されるが極力見ないようにしながら足を進める。

大学へ到着すると、新入生で溢れていた。


「やっぱり大きい大学だけあって人が多いね~」

「本当に多いな...」


人が多いということは、それだけ人に吸い寄せられた霊が多いということになる。

伊織は辟易としながらも、いつもより気を付け案内板に従って足を進める。


広間に到着すると、椅子が用意されており自由に座って待っていてくれと言われたので白雪と共に空いている椅子に座ることにした。


「ふぅ、これだけ人が多いと疲れちゃうね」

「いや、本当にそうだな~」


二人してため息をついた後にお互い顔を見合わせ、苦笑いをする。

しばらく待っていると入学式が始まった。



入学式自体は特に何事も無く終了した。

今日はこれ以上特に用事も無いので帰路に付く。

白雪と歩いていると、彼女がある提案をしてきた。


「伊織君、入学式も無事に終わったことだし、入学を祝って前に行きたいって話してた温泉に旅行行かない?」

「少し前に話してたあの温泉か。いいかも、行きたいな」

「じゃあ決定!楽しみになってきたー!」


手を挙げながら喜びを表現する白雪を見ていると、笑顔になる。これが彼女の魅力なのだろうと伊織は考える。

その後あれやこれやと旅行のプランを考えながら歩いていき、白雪と別れて帰宅した。


「ただいまーっと」


鍵を差し込み扉を開けて、家へ入る。

伊織の住む家は一軒家だが、両親は海外で仕事をしているためこの家には伊織一人だけだった。

家事をしながら旅行の事について考えてた伊織。


「あ、そういえば土日に旅行行くからクシナの所に行けないじゃん」


旅行で頭がいっぱいだったので、日課になっていたクシナの所へ遊びに行けないことに気が付いた伊織。


「まぁ金曜日に行って沢山遊べばいいか」


クシナには少し申し訳ないが、金曜日の放課後に遊びに行こうと考えた。

伊織がクシナと出会って土日に会わないのはこれが初めての事である。

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