笑顔の旅籠~エピソードN~
悠山 優
#1 子守唄
世界中を旅して人々に笑顔を届ける移動式のサーカス団、「リズワルド楽団」。
北部の山岳地帯の麓の小さな街"サンクパレス"にサーカス団の本拠地があった。
サーカス団の本拠地である宿舎兼稽古部屋でのある出来事から物語は始まる。
"ゴードン団長"と"クロヒョウレオン"の火葬及び葬儀が執り行われて3日後のことである。
父親のように頼れて優しく諭してくれるゴードン団長の逝去は、サーカス団のメンバーの心を抉り、虚無感と喪失感を与える。
心の傷も癒えぬまま数日が過ぎた午後のこと。
団長の息子である"ネルソン"とジャグラー兼フクロウ遣いの"キース"が団長室で遺品整理を行っていた。
団長室には世界各国を旅して手に入れた骨董品や装飾品、地球儀、国旗が飾られている。
身長の倍もある巨大な本棚には偉人達の伝記や言語の解読書などが並んでいる。
「キースさんは…、"あいつ"のこと信用してるんですか?」
本棚の整理をしているネルソンがキースに話し掛ける。
「あいつってウィルソンのことか?…そうだなぁ…、最初から信用してたって言うと嘘になるけどな。"カリーナを助けるために自分の身を呈して獣の群れに飛び込んだ時"からだな…、正確には」
書斎机の引き出しの中の遺品の整理をしているキースが手を止めネルソンに話す。
「お前もいい加減、ウィルソンに心を開いても良いんじゃねぇのか?」
「あいつ…、父さんの葬儀の時も、涙ひとつ流さなかったんだ。アイラさんもリオンも、他の皆が泣いているのに…、あいつだけ…」
「…何が言いてぇの?」
「あいつ、すぐ飯炊きに復帰出来るんだ。心の無い非道なやつなんじゃな―」
「お前ふざけるな!」
ネルソンの信じられない言動に怒りがこみ上げたキースは、ネルソンの胸ぐらを掴みかかる。
「団長が息を引き取った時、1人で看取ったウィルソンの気持ち考えてみろ!団長が誰よりもウィルソンのことを可愛がっていたのはお前だって知ってただろうが!」
団長だけじゃねぇ、レオンの死に際だって目の当たりにしたんだ。
ウィルソンだって憔悴してるんだ。
本棚に身体を押さえつけられた衝撃で本棚から物が落ちる。
「っ…だってよ…」
ショボくれた顔で目線を反らすネルソン。
「おいおい、どうした?声荒げて」
マジシャンのリーガルが物音と怒鳴り声に気が付き団長室に顔を出した。
「影でこそこそ様子伺ってるヤツにウィルソンの良さなんか分かるかよ!今のお前じゃ俺たちと一緒に飯を食う資格なんかねぇよ!」
「おい落ち着けキース」
ネルソンの胸ぐらを掴むキースの手を引き剥がして止めに入ったリーガル。
「…団長が死んで悲しくないやつなんて、このサーカス団には居ねぇよ。察しろよ、それぐらい…」
「…はい…」
怒鳴られたことにより頭が真っ白になったネルソンは、意思のはっきりしない返事を小さくした。
「気持ちを改めてから、もう一度話を聞いてやる。この部屋の整理はお前1人でしろ」
とキースは一言だけ言って団長室を出て行った。
「これからはお前がこのサーカス団を率いて行くんだからな、俺っちたちはお前の指示に従うだけだぞ」
「…はい」
ネルソンの返事を聞いた後、リーガルも団長室を出て行った。
リーガルの優しく諭してくれた言葉に胸が苦しいなった。
「ウィルソンも辛いがネルソンだって父親を亡くしたばかりなんだから、怒鳴ってやるなよ…」
「そうだな…わりぃなリーガル…」
団長室に1人残されたネルソンは、本棚から崩れ落ちたもの広い集める。
本棚から落ちた物の中に、焦げ茶色の木箱を見つけ手に取った。
「なんだ?…これ」
蓋のところにはフック型の鍵が付いていた。
フックを外し蓋を開けてみる。
すると、四つ折りにされた白い封筒がはらりと床に落ちた。
封筒が落ちた後のそれは、ゼンマイ式のオルゴールだった。
「オルゴールか…、なんでこんな物が本棚に…」
オルゴールから落ちた封筒を拾う。
封筒の表面には、"亲爱的美星(親愛なるメイシン)"
と見たことも無い文字で書いてあった。
「全然読めねぇ…父さんが書いたのか?」
ネルソンは手紙には触れず、オルゴールのゼンマイを回す。
ガラス張りになっていて、中の部品や構造が良く見える。ゼンマイから手を離すとドラムがゆっくり周り始める。
それは微かに聞き覚えのある…、子守唄のような優しいメロディで…。
「聴いこと…ある…でも…、どこで…」
ネルソンは封筒の裏面の封蝋を剥がし、手紙を広げた。
これから話すのはゴードン団長とある女性との出会いと恋愛模様とサーカス団を立ち上げるきっかけとなる、少し昔の物語である。
笑顔の旅籠~エピソードN~ 悠山 優 @keiponi
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