第3話
翌日、普段どおり登校する。
みんな来る生徒会選挙の話題で持ちきりだった。
佐々木原佐智子の改造以来、絶対的な権力を保持して来た新生生徒会初の選挙だ。否応なしに注目を浴びるだろう。
中でも権力を集中的に独占し、文字通り生徒を支配できる生徒会長が誰になるかは、全校生徒の飯の種だった。
ふと、昨日出会ったあの副会長のことが脳裏をよぎる。
あのフワフワした性格で佐々木原佐智子と仕事ができるのかとても気になるところではある。
昨日の行動を見る限り、副会長が務まるのかすら怪しい。
とはいえ『鉄の女』、佐々木原佐智子の引退は確定しているから、全体的にみんな気持ちが浮ついている。
二文の処遇が変わらないだろうことを悟っている俺は気分が沈みっぱなしだ。
所詮、二文は生徒会にとって取るに足らない路傍の石ころ、前任者の決定は覆らないだろう。
二文廃部の運命が避けられない以上、俺もこれからの身の振り方を考えねばならない。
第一文芸部に戻るのも考えはしたが、あれだけ啖呵を切っておいてノコノコ戻るのはかっこ悪いし、あそこの空気は好きじゃないし、友達いないし……やっぱり帰宅部かな。
とにかく今年の生徒会選挙は文化祭に勝るとも劣らないくらい盛り上がる一大イベントになりそうだ。
俺はペン先を回しながらノートに黒板を写したりしなかったりを繰り返す。
昼下がりの退屈な授業が終わり昼休みになる。
俺は早速食堂へ向かうような早計はしない。
特に欲しいものがあるわけでもないし、あの昼休み開始5分の争奪戦、通称「地獄の5分間」に巻き込まれるのは遠慮したい。
なんだかんだ言って限られた選択肢の中から選ぶのは楽でいい。残り物には福があるっていうし。
これは別に負け惜しみでもなんでもなく、実際、購買はラスト1個になったパンをまけてくれることとかあったし。
大抵、コーンチーズパンが最後まで残るから今日もそんな感じかな。
そんなことを考えながら今日出た宿題をやっていると。
「あ! いたいた!」
あくびが出るほど温かい日差しの中、突如として教室前から騒がしく、最近聞いた声が聞こえた。
「お前は!?」
「そう、ドーナツ杏子です!」
「猪口杏子、副会長だろ」
「もぉ、ノリ悪いなぁ」
わざわざ俺の教室まで押しかけて何の用だ?
生徒会メンバーに絡まれるのは懲り懲りなんだが……。
「君にはちょっと話したいことがあるんだよね。ちょっと来て」
そういって彼女は俺の手を引っ張り足早に廊下を歩いていく。
女子、それも副会長に引っ張られる姿を奇異の視線が射貫いてくる。
こんなかわいい女の子に手を握られるなんて願ってもないことなんだけど、いかんせん視線が痛いですよ、杏子さん……。
そしてたどり着いたのが生徒副会長執務室――生徒会長執務室みたく閻魔大王のおわす地獄の三丁目ほどのオーラはないが、その荘厳な木製の扉は異彩を放っており、訪れるものを畏怖させるには十分だった。
「ささ、遠慮なく座って」
彼女はその扉を軽々開き、俺を部屋の応接用のソファに案内する。
執務室は校長室並に立派な部屋だった。
奥に入室者を一瞥できる執務机、手前に応接用のテーブルとソファ、しかし脇に家庭科室の冷蔵庫、冷凍庫、オーブンレンジ、調理台一式が異彩を放っていた。
「待っててね。今お茶出すから。あっ、甘いもの苦手とかない? 冷蔵庫に杏仁豆腐余ってるんだよね。あたし奥歯ぬいたばっかりでどうせ食べないから、賞味期限来る前に食べちゃっていいよ。お昼まだならマカロンも食べていいからね。あれ結構腹持ちいいんだよ~。『お昼がないならお菓子を食べればいいじゃないの』ってね」
そう矢継ぎ早に訊きながら慣れた手つきでワゴンの上のティーセットにお湯を入れ、アールグレイのティーパックを沈める。
「こんな至れり尽くせりで一体何を企んでいるんだ?」
「ああ、それはね――」
「いや、みなまで言わなくていい。別に歯医者の件は口外しないぞ」
「それは当然だよ~。だって君、口外できるほど友達いなさそうだもん」
「なぜそれをっ!?」
彼女は俺の前に「はい、どうぞ」と紅茶香るティーカップを置いて、続いて冷蔵庫からお菓子を取り出す。
「いや、だってあたしが来た時も昼休みなのに一人でノートをとってたもん。そこは普通、友達とお昼ごはん食べてるところでしょ?」
悲しいかな、その通りだ。
「お、俺のことはどうでもいいだろ……。それで、口止めでないなら一体何が目的なんだ?」
これ以上俺のことを詮索されたくないので話を元に戻す。
杏子は定価300円くらいしそうな杏仁豆腐と、色とりどりのマカロンの載った皿をテーブルに置き、俺の向かいに座ってその何を考えているのか読み取れない、のほほんとした表情のまま首を傾げる。
「目的もなく男の子にお茶とお菓子を振る舞うのは変?」
「ないだろ」
「そっかー、素直に白状しなきゃダメかー」
「あたしたち、運命的な出会い方したじゃない?」
「そんな運命は嫌だ!」
「そこであたし、ときめき、じゃなかった。ひらめきを感じたの」
「といいますと……」
「『これはこの人を従僕に使うしかない』ってね。まさに天啓といってもいいわ」
「はい、何言ってるかわかりませんね」
素直に白状するかと思ったらこれだ。
もはやどこまでが冗談でどこまでが本気かわからない。
つかみどころのない人物だ。
「あたし、今回の生徒会選挙に立候補したの。もちろん生徒会長にね。でねぇ。気づいたの。あたしには働き者で頼れる従僕が必要なんだって」
「生徒副会長なんだろ? それこそ顎で使えるやつがたくさんいるんじゃないのか?」
「副会長って言っても会長に比べて権限少ないんだよね。人事権とかはみんな会長持ちだし」
彼女は手を顔の前で合わせて懇願する。
「だからお願い! あたしの従僕になって?」
答えはもちろん。
「嫌だ」
「あっくんひどい! そこは即答であたしとの主従関係を喜びながら受け入れるところじゃない?」
「俺がお前に使われるいわれはない」
なんで俺は不毛な会話に巻き込まれているんだ?
早く彼女の意味不明な要求を拒否して解放されなければ。
「あっくんにその気がなくてもあたしが好きなだけ振り回せるんだよねぇ。まぁでも従僕はさすがに嫌かぁ。そっかぁ」
「それじゃ、対等に協力関係ってどう? あたしに協力してくれる見返りにあたしもあっくんにご褒美あげちゃいます!」
「ご、ご褒美……!?」
「あー、今エロいこと考えたでしょ?」
「違うし」
「お菓子あげるよ、お菓子」
「いらない」
「やっぱりエロいことのほうがいいんだ」
「だから違うっての! そもそも協力するつもりなんてない!」
「そっかぁ、じゃああっくんの二文はなくなっちゃうね」
「っ……!」
「調べさせてもらったからね。あっくん、さっちゃんと揉めたんだって?」
そう言って杏子は俺が全く手を付けなかったマカロンをひとつまみ口まで運び、「やっぱり奥歯が染みるなぁ」と漏らす。
俺はただただ動揺するしかなかった。
飄々とした性格から油断していたが、やはり生徒会役員だけあって俺と佐々木原佐智子との顛末を知られていた。
「さっちゃんはちょ~っと厳しすぎるとこあるから。あたしがあっくんの立場だったら同じことすると思うな」
そう言って「うんうん」と頷く仕草をする。
「だからあっくんには同情しているし、力になりたのだけれどあたしも誰かの協力を得なければ今回の選挙戦を勝ち抜くのは厳しいんだ。色々回りくどくなったけどここからが本題――」
つらつらと言葉を紡いでいく杏子。
俺はというと、ずっと困惑していた。
『なぜ俺なんだ?』
その疑問がずっと頭をもたげて仕方がない。生徒副会長なら俺でなくても小間使のように使える人間はいるはずだ。
それでも敢えてほぼ初対面の俺を選ぶ理由がわからない。
「あたしに協力してくれれば廃部、取り消せるよ?」
生徒会長と対立して部活を追い出された俺、何故か3人の美少女たちに「私を次の生徒会長にして」と頼まれる!? ~美少女3人と「秘密の関係」を築いちゃいました~ 赤田まち @sarubou620
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