第58幕 心の灯~ともしび~ 5
個室の病室から分娩室に移動した。
ふぅ…ふぅ…とか細い呼吸になって、額から汗が流れている。
薄紫色のユニフォームに身を包んだ助産師3名がカリーナが仰向けに寝る分娩台を囲うように集まる。
呼吸が荒く心拍も弱くなっているため、酸素マスクと右の手の甲に点滴の針が取り付けられた。
「ゆ~っくり呼吸してくださいねぇ」
「ダーリン…、ち…、近くに…居る…」
拘束されそうな恐怖感があるのか、カリーナは手を掴んで欲しそうに手を伸ばす。
「あぁ、近くに居るよ」
ダグラスは分娩台の左脇にしゃがみカリーナの左手を握り、右手でカリーナの頭を撫でた。
「…ん…」
近くに居ることが確認出来て安心したのか、しわの寄っていた眉間が緩んだ。
「子宮口6㎝まで開いていますね。痛みが来たらおもいっきり息んじゃいましょう。もう少しですよお母さん!」
助産師は手探りで内診をし、子宮口の経過を伝える。
するとカリーナがダグラスの左手を強く握り返した。
「―っふ、んん--!はぁ…ぁ…」
息んでは休み、息んでは休み、を繰り返した。
カリーナの握り締める左手は今までにないくらい強く、爪を立て力を振り絞っているのが分かる。
「がんばれ…」
苦悶に歪むカリーナの表情、絞り出す悲痛な叫び…。
「…―ソン…、、、ウィル…ソン……」
カリーナの口から小さく漏れた幼なじみの男性の名前。
「あぁ、そうだ。…ウィルソンくんだって…応援してくれているぞ…」
カリーナの心の中には彼が居る。
カリーナにとって心の支えであり、強さを与えてくれる幼なじみの男性だ。
「―っ、ふーーー!!っ…」
また息んで左手に力が入る。
「子宮口8㎝。がんばれお母さん!ゆっくり息を吐いてぇ、赤ちゃん出たがっていますよ!」
「…はぃ……」
出口の見えないトンネルを必死にもがいて進んでいるように、気が遠くなるみたい。
長く…、苦しい…、早く会いたい…、あなたの顔を見せて…。
___________
5年前、ネルソンが少女を助けた森のある”サリスキン”を目指し進路を変えたウィルソンとキースは、街灯もない暗い峠道を抜けた。
昔は馬車で下った渓流沿いの川路はアスファルトで舗装されていた。
”モンズビレッジ”の町の看板が暖色の蛍光灯で照らされている。
「サリスキンまであと21㎞だって」
「昔は森の中を歩いてサリスキンに行ってたんだな。改めて自分にびっくりだな…」
アップダウンの激しい峠道、蛇のようにくねったアスファルトの道路を、何度も右へ左へハンドルを切り返し慎重に運転していくキース。
するとポーン、とオーディオのスピーカーから電子音が飛ぶ。
アナログメーター右下の燃料残りわずかを知らせ赤ランプが点灯した。
「おいおい…、こんな山ん中でガス欠は御免だぞ…」
だがサリスキンの街まで18㎞とナビは示している。
「給油所が近くにあるか調べてみるね」
ウィルソンは道中に給油できる所がないか検索し始めた。
「あと6㎞この峠を下った所にスタンドがあるみたいだけど…」
「なんとかそこまで保ってくれ!」
峠の頂上に差し掛かり、疎らになった木々の隙間から三日月が夜道を照らしていた。
________。。。。
カリーナという少女の案内でモンズビレッジの集落から少し離れた森の中を進む。
「本当にこんな森の奥に怪我した父ちゃんが居るのか?」
「このまま進んで良いの?」
余程ウィルソンが気に入ったのか、ウィルソンの言葉になら反応するようだ。
「うん、もっと上…」
カリーナはウィルソンの左腕にしがみついたまま、岩肌がゴツゴツと飛び出した山の斜面を指差して言う。
木々の間から日差しが漏れている。
真っ昼間だってぇのに夕暮れみてぇに薄暗い。
(ウィルソン気を付けろ。血生臭い獣の臭いが強くなっているぞ)
レオン兄貴さんの忠告が耳に届く。
すると山の斜面を向かい風が通り抜け、複数体のオオカミの咆哮が木霊する。
「グル…」
ウィルソンの腕にしがみついているカリーナは、ウィルソンの腕をパッと離して前方の森の奥を睨んでいる。
「どうしたの?」
するとカリーナはウィルソンの言葉には答えず、近くにあった樫の木の枝に素早くよじ登った。
「おいおい…まるで猿みたいな身のこなしじゃねぇか…」
足の指をフックの様に使い、軽々と木に登る姿を見て団長は驚いた。
「本当にこの森の中で生活してるんじゃないですかね…」
すると茂みから4匹と灰色オオカミがウィルソンたちの前に立ちはだかる。
「っち!出やがったな獣ども」
「カリーナちゃん下がって!」
身の危険を感じてウィルソンはカリーナに話し掛けた。
「グルル…、ガウガウ!」
さっきまでのひ弱そうな体型からは想像もつなかいようなカリーナの放つ唸り声。
複数体が同時に放つ咆哮に思わず身体が硬直する。
身体の硬直が見てるウィルソンを庇うようにレオンがウィルソンの前に立ち前傾姿勢を取る。
「しっかりしろ!慌てるんじゃねぇ、複数とはいえそうデカくねぇ」
カリーナと複数体のオオカミは顔見知りのように睨み合っている。
団長たちには解らない会話のような唸り声を出しカリーナはオオカミたちの攻撃を抑制する。
話が通じているようだ。
(俺たちの縄張りに入ったヤツにはしっかり罰を与えねぇとな!)
(ハハッ!全員仕留めりゃあ、みつき(3ヶ月)は飯にこまらねぇな!)
「ガガゥ!」(そんなことさせない!)
「グルル、ガウ!」(お前らに用は無い。邪魔するな!)
灰色オオカミの声とレオン兄貴さんの声が混じって耳に届いた。
だけど僕の耳にはカリーナちゃんの唸り声には意思を感じ取ることができなかった。
即座に襲い掛かって来ないところを見ると、カリーナちゃんの声はオオカミたちには届いているみたいだ。
「俺たちゃぁ急いでんだ!このまま突っ切るぞ!」
「はい!」
団長はレオンがオオカミの攻撃を防いでくれることを信じ、山の頂上を目指し駆け上がる。
そのあとをキースが付いていく。
「ガガフ!」
「んぁ!?」
1匹の灰色オオカミが団長の右隣に居たキースの首を狙い飛び掛かる。
「っらぁ!」
団長は黒マントをひるがえし、オオカミの顎をめがけ踵を蹴り上げる。
団長の蹴りはオオカミの顎に命中し、オオカミは力無く地面に倒れた。
「団長!」
「走れ!止まるな!」
「「はい!」」
キース、ウィルソンも団長の後に続く。
地面に突っ伏した仲間の姿を見たオオカミ3匹は激昂し団長に狙いを定めた。
グルル、と喉を鳴らした3匹のオオカミは姿を散らし、2匹は茂みに入り込み姿を消した。
もう1匹は頭上の木々を伝い団長に眼前に先回りをした。
頭上と両脇から一斉に飛び掛かるオオカミ。
「うざってぇ!」
右脇腹に噛み付こうと牙を剥くオオカミに肘打ちで応戦する。
身体への負傷は逃れ、黒マントが引き裂かれただけで済んだ。
だが団長は1匹を相手にするので精一杯だった。
「団長!後ろに!」
頭上と背後から続け様に飛び掛か―、
「くそがぁ!」
ウィルソンとキースの間合いを瞬足ですり抜けた黒い影が団長の背後のオオカミの首に噛み付いた。
(っ!…てめぇ…)
(鈍いな、こんなもんか?)
同時に頭上のオオカミの胴体にカリーナの踵落としが炸裂した。
「カリーナちゃん!」
「すげぇな…」
「サンキューレオン!」
3匹の灰色オオカミは地面に崩れ落ちた。
いや、まだだ!
「油断するな!走れ!」
完全に仕留めたわけじゃねぇ、また起き上がってくるぞ!
「「はい!」」
森の斜面を駆け登る。
カリーナとレオンが先陣を切り道を示す。
山を登るにつれて人間でも分かるほどの血生臭い獣の臭いと腐乱臭が鼻を突き刺す。
「うっ…」
「ここやべぇな…」
思わず胃液がこみ上げる。
(なんてざまだ…)
突き出た岩肌に内臓だけ食い散らかされたイノシンやシカの残骸が突き刺さっている。
「きたないな…」
「…カリーナちゃん?」
ボソッと声をもらした先頭を走るカリーナちゃんは唇を強く噛み締め走る速度を上げた。
最後尾を走るキースが後ろを振り返る。
「追って…来ないみたいだな…」
だが木々の擦れる音も、森を抜ける風の音も一切無くなり静まり返った森の中は不気味さを増していく。
山の頂上に近付くにつれ木々が疎らになって風の通りが良くなって来ているようだ。
だが森の雰囲気はより不気味さが増し、偏頭痛を起こしてしまいそうになるほど気圧が高くなっている。
すると先頭を走るカリーナとレオンが同時に歩みを止めた。
「グゴォォオ!」
と重圧のある咆哮とともに鳥の群れが木々から一斉に羽ばたいた。
「ダダ!」
カリーナちゃんが血相を変え怯えた顔をする。
「また出やがるか!」
(今までのガキどもの比じゃねぇぞ!)
レオン兄貴さんも警戒態勢を高め、息を荒げている。
「ダダってでかいオオカミが来ます!」
ウィルソンはカリーナとレオンの意思汲み取り団長とキースにこれから現れる正体について伝える。
カリーナとレオンが睨む目線の先には2匹のオオカミが突き出た岩肌の上に立っていた。
先ほど邪魔をしてきたオオカミと同じ体格の濁灰色オオカミが1匹、そのオオカミより2周りも体格の大きい濡羽色オオカミが姿を現した。
(追い付いたぜ!)
(くたばったかと思ったかぁ?)
(喰らう!)
耳に届いた複数の声。
「また来ます!」
頭上の木々を飛び交う灰色の影。
先ほど対峙したオオカミたちが加わり、囲まれた。
「ちっ!仕留めちゃいねぇと思ったが…」
「この数を相手に…」
団長とキースの額に汗が流れる。
団長は腰に提げていたマジック用のステッキを抜き剣を両手で持つように構えた。
キースは団長と背中合わせになりディアボロ用のスティックをヌンチャクのように脇に挟みます身構える。
「いけるな?」
「はい!」
4匹のオオカミが一斉に飛び掛かる。
岩の上に立っていた2匹はゴツゴツした岩の斜面など臆することなく疾走し、カリーナとレオンの前に砂ぼこりを巻き上げ着地した。
濡羽色の巨体の威圧感に押し潰されそうになる。
(知らねぇ臭いだな…。お前)
(血生臭いお前らと一緒にされちゃぁ困るな)
頭を下げず、目線だけを動かしレオンを睨む濡羽色オオカミ。
「グルル」(よう、小娘)
「……くっ…」
巨体の背後からぬるりと間合いに入る灰色オオカミ。
そのオオカミの左目には傷があるのか、片目しか開いていない。
そのオオカミとカリーナが睨み合う。
「どいてよ!お父さんに会いに行くんだから!」
人間の言葉でオオカミと話すカリーナ。
「グルフフ」(お前が弱いからだろ)
灰色オオカミはカリーナを嘲笑っているかのように余裕な足取りで近く。
…そう…私が…罠に捕まった小鹿を見て…躊躇ったから…。
「そんな……―っう!」
核心を突かれ戸惑うカリーナに灰色オオカミは頭突きを浴びせ弾き飛ばす。
「カリーナちゃん!」
攻撃を受け、よろめいたカリーナの顔を続け様に尻尾でひっ叩く灰色オオカミ。
一撃では殺さない、あくまで何度も痛めつけて、精神的にも、肉体的にも追い詰める。
楽しんでいる、奴らのやり方。
「うっ!あぅ!」
何度も、何度も、執拗に。
…ひどい、こんなやり方…。
ウィルソンは助けに入ろうと地面に落ちていた木の枝を拾い灰色オオカミに近付き木の枝を頭の上に振りかぶる。
「ガウッ!」(退いてろチビ!)
「っ!あぅ!」
背後のウィルソンの気配を感じ取った灰色オオカミはすかさず体勢をひねりウィルソンに後ろ脚の蹴りをくらわせる。
オオカミの後ろ脚はウィルソンの左肩に直撃しウィルソンはそのまま地面に尻もちを付いた。
レオンは自分の2倍もの体格差のある濡羽色オオカミに飛び掛かる。
「フンッ!」
「なに!ちぃ!」
ボフン!と空気弾でも撃ち込まれたかのように、指先ひとつ触れずにレオンは弾き飛ばされ、大樹に叩きつけられる。
「レオン兄貴さん!」
(お前はカリーナを守れ!)
…僕が助けないと…っ!
濡羽色オオカミは左前脚を振りかぶりカリーナに狙いを定める。
ビュン!と空を切る鈍い音と共に、濡羽色オオカミの前脚はカリーナに攻撃し続ける灰色オオカミとカリーナを同時になぎ払う。
「ぎゃぅ!」「グフォ!」
カリーナは木に叩きつけられ、灰色オオカミは茂みの奥に吹き飛んだ。
濡羽色オオカミの攻撃には、慈悲など仲間への配慮なと皆無。
ただ目の前の邪魔者を排除することだけだ。
「カリーナちゃん!」
「…ぅ……」
カリーナちゃんは苦悶の表情を浮かべ、立ち上がる事ができないみたいだ。
右肩の破れた赤く染まる服、隙間から見える深い切り傷、細い腕には血が伝っている。
その時脳裏にちらついた、あの日、担架で運ばれて行くにぃちゃんの、布から覗かせた傷だらけの細い腕…。
―…もう…、いやだ…、見たくない。
とくん…。
全身に熱を帯びた瞬間、大きく跳ね上げた心臓の鼓動…。
カリーナを守ろうと無意識に動いた僕の身体は大の字になってカリーナとオオカミの間合いに入り込んだ。
「「ウィルソン!」」
団長さんとキースさんが僕の名前を叫んだ。
「グガゥ!」
荒々しく喉を鳴らした濡羽色オオカミの鉤爪が眼前に迫る。
咄嗟にオオカミの前に立ちはだかったは良いがこの後の行動など思い付く間もない。
だがウィルソンは目を瞑ることもなく、オオカミの攻撃からカリーナを守ることしか考えられなかった。
時間にすれば1秒にも満たない物だ。
だがウィルソンには濡羽色オオカミの鉤爪が顔面に届くまでの時間がスローモーションのように長く感じた。
これ以上カリーナちゃんを傷つけたら、許さない!
(やめろ!!)
(っ!?)
ウィルソンは濡羽色オオカミと目を合わせキリッと睨み付けた。
ウィルソンは口には出さない頭の中だけでオオカミに向け怒りをぶつけた。
濡羽色オオカミは何かを感じ取ったのか一瞬怯んだように振り下ろされる前脚の勢いが揺らいだ。
…シュパッ…
とオオカミの鉤爪はウィルソンの左頬を掠め、鼻先の赤鼻をなぎ払った。
「ぐおぅ!」
次の瞬間、濡羽色オオカミの前脚がウィルソン眼前から消え、オオカミの巨体がくの字に曲がり宙を舞った。
。。。―――
キースの運転するワンボックスカーはサリスキンの街を目指しアップダウンの激しい夜の峠道を進む。
給油を知らせるランプが点灯し、いつガス欠になるのか気が気じゃなかったが、何とか麓にあるガスステーションに到着することが出来た。
「いやぁ、あぶねぇあぶねぇ。なんとか間に合ったぜぇ…」
「24時間営業してくれているスタンドで助かったね」
時刻は深夜1時をまわったところだった。
ウィルソンとキースが辿り着いたのは24時間営業のセルフサービスの給油所だった。
従業員の姿は見えないが、給油所天井の照明は煌々と場内を照らす。
キースは計量機前の駐車スペースに車を移動させようとした時だった。
―ブロロォォン!!
―バリバリバリ!!
アクセルを吹かす爆音とともに3台の大型バイクがスタンドに入ってきた。
その集団はヘルメットも被っておらず、スキンヘッドやドレッドヘアーの革ジャンを着た見るからに柄の悪い男たちだった。
「あぶねっ!なんだあいつら!」
キースの車が入ろうとした駐車スペースに2台のバイクが強引に割り込み、もう1台は機械の反対側の駐車スペースに金属バットを地面に引きずりながら入ってきた。
あっという間に集団に占領されてしまった。
「給油が済んだら移動してくれるんじゃないかな?」
「まぁ、そうだな」
なるべく面倒事は起こしたくない。
集団と距離を取って、スタンドから出ていくまで待つことにした。
バイク集団もウィルソンたちの乗る車の間を縫うように入り込んできたことは気付いている。
あからさまな煽りを受けた。
運転席のキースとスキンヘッドの男と目があった。
「てめぇ何ガンつけてんだごらぁ!!」
「あぁ?なんだ?文句あんのかぁ!」
不良集団がウィルソンたちの乗る車に向かい難癖をつけて詰め寄ってくる。
「…ったくめんどくせぇ」
「一旦出た方が良いんじゃない?」
エンジンを掛け後方を確認する。
しかし車の背後には金属バットを持ったがたいの良い色黒男が行く手を阻む。
ドレッドヘアーの男が車のボンネットに蹴りを入れた。
「あ!?やりやがったなてめぇ!」
キースは我慢できず車外に出た。
「止めなよキース…」
ウィルソンは止めようと声を掛けるがキースには聞こえなかった。
「割り込んできたのはお前らだろうが!」
「あぁ?!んだてめぇ」
「殺すぞごらぁ」
ドスのきいた声で恫喝され3人に囲まれた。
「てめぇ、覚悟できてんだろうなぁ!!」
キースの背後に立つ大柄男が金属バットを振り上げる。
「っふん!」
右肩に振り下ろされたバットをキースは振り向くこともなく左拳だけで受け流し、バットを弾き飛ばした。
「ぐあっ!」
先端部分のヘッドが凹み、衝撃が大柄男の腕に伝わる。
「ばーか、食らうかそんなもん」
ダメだ、話が通じるような相手じゃない。
ウィルソンも慌てて車外に出た。
「くそがぁ!」
ドレッドヘアーの男が腰に巻いたベルトからサバイバルナイフを抜き取りキースに向け付き出した。
刃物なんて!このままじゃマズい!
「てめぇは俺だ!」
スキンヘッド男がウィルソンの前に指の節を鳴らしながら立ちはだかり、キースへの干渉を遮る。
サバイバルナイフで突き刺す動作をするドレッドヘアー男。右脇腹、左肩とナイフを突くがヒュン、ヒュンと空振り、キースはするりとかわす。
「俺の動体視力ナメんなよ!っらぁ!」
左脇腹のナイフを避けると同時にドレッドヘアー男のみぞおちを狙い蹴りを食らわせる。
「ぐぅ!くそっ!」
ウィルソンの相手をするスキンヘッド男はメリケンサックの付いたグローブを着けている。
男は素手でウィルソンの顔を狙い殴り掛かる。
「っ!僕たちはただ給油したいだけだっ!」
大振りな拳は動きも俊敏ではなかったから容易くかわせた。
「黙れヒョロ助!俺を倒してからだぁ!」
顎を狙い左アッパーが飛んでくる。
左腕を盾して顔面への直撃を防ぐことは出来たが左腕手首に着けた腕時計にメリケンサックが直撃し、ガラス部分にヒビが入りひしゃげてしまった。
「くっ!僕たちは争う気はありませんって!」
キースの蹴りがみぞおちに命中したドレッドヘアー男はその場に膝を付いたが、ナイフは離さず再びキースに斬りかかる。
ヒュン、ヒュンと空を切るナイフ。
「おっと、させねぇよ」
「っち!離せ!」
背後の大柄男がキースの両腕を拘束し、抵抗されないよう動きを封じる。
体格に相応しい怪力を持った色黒男を引き剥がすことは出来ない…。
ドレッドヘアー男の縦の一閃はキースの右肩、鎖骨にかけて切り裂いた。
「うっ!く…そ…」
「キース!」
ダメだ…このままじゃキースが…。
切られた肩から血が流れている…、殺される…。
団長やレオンだけに留まらず、キースまで…僕の目の前で…。
―ドクン…。心臓が大きく跳ね上がる。
―…まだ抗っているの?―
―すっかり丸くなりやがって、情けねぇ!…―
―さっさと解放しろよ。楽になるぜぇ?―
どこからともなく聞こえてきた声はウィルソンの意識を蝕んでいく。
スキンヘッド男の右フックを頬に触れる寸前で受け止めたウィルソンは男の拳を握り潰す。
「うぐぁががが!」
メキメキと骨の断裂していく音が心地良い。
―なぁ、最高だろ?…―
スキンヘッド男は力なく地面に跪いた。
が、ウィルソンは握り潰す手の力を緩めることもなく、ナイフを振り回すドレッドヘアー男めがけスキンヘッド男を蹴り飛ばした。
「ぐふ!」「うお!」
糸で吊るされた人形のように、フラフラと男2人に歩み寄るウィルソン。
「…ウィルソン…お前…」
どうした…ウィルソンの様子がおかしい。
「来るな!来るなぁ!」
腰を抜かしたドレッドヘアー男はナイフをウィルソンに向け振り回す。
「―っふ!」
ウィルソンはナイフに怯むこともなくナイフを蹴り飛ばした。
ぶっ飛んだナイフは給油所の天井に突き刺さり、破損した蛍光灯から火花が散り、男たちの頭に降りかかる。
「て、てめぇいったいなんなんだ!」
キースの腕を掴む色黒男もウィルソンの異様な姿に後退りをする。
「"なんだぁ?もうおしまいかぁ?"」
地面に転がった金属バットを手に取ったウィルソンはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「ウィルソンよせ!もういいっ!」
ダメだ!このまま続けたらウィルソンが人殺しになってしまう!
キースは咄嗟に金属バットを振りかざすウィルソンと男2人の間合いに入り込む。
「死にたくなきゃさっさと逃げろ!」
後方の男2人と色黒男に向け吠えるキース。
「ひひひ…」
キースが目の前に現れても表情ひとつ変えずにやけ顔のウィルソンは、バットをキースの脳天めがけ振りかぶる。
「やるじゃねぇか、ウィルソン…」
キースは金属バットを真剣白羽取りのように見事に直撃を防いだ。
「目を覚ませくそったれぇ!!」
ウィルソンから金属バットを奪い取ったキースはバットとグリップ部分でウィルソンの顔面を思いっきりぶん殴る。
糸が切れたように洗脳から解けたウィルソンは膝から崩れ落ちうつ伏せに倒れた。
「…おい、そいつ…死んだんじゃ…」
色黒男がキースに問う。
「…早く行けよ…」
「「……」」
「早く行け!ぶっ殺すぞ!」
男たちは給油はせず、すぐにアクセスを吹かしスタンドをあとにした。
切りつけられた肩を押さえながら倒れたウィルソンをただ呆然と見ているだけだった。
「…ウィルソン」
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