第56幕 心の灯~ともしび~ 3
レオンがグルル、と喉を鳴らす。
(まぁ、邪魔にはならんからな)
レオンは先ほどから何かを気にしている。
「うん?」
ウィルソンにはレオンの独り言が聞こえいる。
はモンズビレッジに到着した時から遠くの山で起きている異変を気にしていた。
モンズビレッジに到着し、宿屋に荷物を下ろしたサーカス団一行は、この町で3日間滞在することが決定した。
午後の客寄せの時間。
「ウィルソン、リオン。水筒持ったな?」
「はい、持ちました!」
「じゃぁなお前ら、2時間したら戻って来いよ」
「「はーい!」」
キースとリーガルとゴードン団長、ウィルソンとリオンそしてクロヒョウレオンの
二手に分かれて客寄せを始める。
「ウィルソンとリオンだけで大丈夫っすか?」
リーガルが2人を心配しているようだ。
「なぁに、あいつらなら大丈夫だ。レオンも居るからな」
団長は不安げな表情は一切見せず笑った。
「俺らは、採掘場に向かうぞ」
「「はい!」」
宿屋を離れ歴史博物館の入り口前に移動するウィルソンとリオン。
3歩下がった後ろをレオンがついて歩く。
リオンは団長から預けられた新品のバイオリンを革のケースに入れ誇らしげに振って歩く。
紺色のブレザーと首元の赤リボン。
オーバーチェック柄のミニスカートと左右で長さの違う橙色と緑色の靴下と焦げ茶のバレーシューズを履いている。
ウィルソンは七分袖のワイシャツに茶色のサスペンダー、足元の裾が大きく開いた緑と白のベンガルストライプ柄のサーカスパンツを履いている。
白い顔と赤い鼻もバッチリ。
「…何か入ってるの?」
ウィルソンの着けている赤い鼻に興味津々のリオンが聞く。
「えっとね、丸まって国旗が入ってるよ?」
純粋に答えるウィルソン。
お客さんには内緒の種明かしをしてしまう。
「あっ、お客さんには内緒だよ?」
「わかってるよ~」
リオンはニコっと笑って僕の赤鼻を指でつついた。
このサーカス団で活躍している人たちは、僕のように親元を離れ入団した者、親に見捨てられ彷徨っていた者たちが集まり一つの団体を作って行動しているんだそうだ。
シエルさんやマイルさんも、そしてここにいるリオンさんも同じ境遇から団長に助けられ、希望を与えて貰って出会うことが出来た人たちなんだ。
このサーカス団に入団している人たちはみんな笑顔を絶さず支え合っている。
お客さんにサーカスのショーという形で、
"幸せのお裾分け"をするお仕事なんだと飯炊きのアイラさんから教わった。
「レオン兄貴さんは子供たちに人気だね」
リオンもウィルソンの真似をしてレオンを"兄貴"と呼んでみる。
レオンの漆黒の毛並みに魅せられ4、5歳ぐらいの子供たちが列を作り後をついてくる。
「黒くてカッコいい!」
「トラ?チーター?」
「これからどこに行くの?」
子供たちも興味津々である。
「クロヒョウのレオンって言うんだよ!」
「歴史博物館前まで行くよ、付いてきてね!」
と言っても自分たちもまだまだ8歳9歳の"お子ちゃま"なのである。
ちょっと年上のお兄さんお姉さんによるサーカスの客寄せは、同じ子供目線でどうサーカスを楽しませるかを考えることが重要である。
町の子供たちを引き連れ歴史博物館の太陽と月のオブジェの前に到着した。
御影石のタイルの上でリオンがタップを踏む。
タン、タ、タ、タン。
履いているバレーシューズと地面の相性を探る。
「おっけ~」
リオンはバイオリンケースからバイオリンを取り出す。
ウィルソンはカバンからお手玉を4つ取りました。
一つはにぃちゃんから貰った黄と白の継ぎ接ぎお手玉、残り3つは土で汚れた橙色のお手玉を使ってジャグリングの準備をする。
(ふっ!私もいつでも良いぞ)
レオンもその場で地面を蹴り見事な宙返りで意気込みを伝える。
「おぉ~」「カッコいい!」
子供たちの声援があがる。
ウィルソンはレオンとアイコンタクトで意思の疎通を図る。
リオンは子供の方に向きを変えバイオリンを左肩に乗せ弓を構える。
「こっちも準備おっけ~だよウィルソン!」
リオンと目線を合わせコクリと頷く。
「それでは皆さん、ぼくたちはリズワルド楽団という移動式のサーカス団です。ぼくはピエロのウィル。で、こっちの女の子がリオンです」
「「どうぞよろしく~」」
声を合わせ自己紹介をする。
リオンは一呼吸置き、タン、タン、タンと爪先でタップを踏みリズムを取る。
リオンが演奏し始めたのは、ベートーベン作、"ロマンス第2番"だ。
くるっと軽やかなターンを加えながら流れるような緩やかな旋律のバイオリン演奏で観客を包み込んでいく。
バイオリン演奏をするリオンを中心に、ウィルソンとレオンは3mの等間隔で距離を取る。
ウィルソンは6m先にいるレオンに向かってお手玉を2つ投げた。
残りの2つを真上にポン、ポーンと時間差を付け真上に投げる。
リオンの頭上を飛び越え、レオンに向かって飛んできたお手玉をヘディングで打ち返し、もう1つのお手玉をしっぽで打ち返し時間差を付け、4つのお手玉が飛び交うジャグリングになった。
レオンに釘付けの子供たちは大喜びだ。
___________
一方、モンズビレッジの採掘場付近で客寄せを行っている団長、キース、リーガルは。
黒のタキシードとシルクハットを被ったリーガルが観客に向け演説をする。
「皆さまこんにちは、私どもはリズワルド楽団というサーカス団をしています。各地を旅しながらお客様に笑顔を届けるため、本日はここ、モンズビレッジにやって参りました!」
とリーガルは演説をしながら頭に被ったシルクハットを右手で取り、左手に持ったステッキでシルクハットのツバの端をポンポンと叩くと、白い鳩が1羽、翼を広げ飛び立った。
身なりの怪しい3人が採掘場付近に入ってきた時からすでに注目を浴びていたこともあり、演説を始めるとすぐ人々が集まって来ていた。
採掘仕事を中断し、手を止め演説を聞き入る者、採掘場入り口で呼び掛けをするキースの案内を聞き、採掘場に足を運ぶ者たちでリーガルの周りには人々が集まり始める。
群衆の大半が大人な中、まだ歩きもおぼつかない様子の幼児が1人、大人たちの足元で石を拾って遊んでいる。
(ん?…あの子の親は…?)
リーガルは周りを見渡すが、その幼児を心配する者、髪色が似ている者の姿は見当たらない。
関係者以外立入禁止の標識とバリケードの奥の洞窟には、
採掘作業真っ最中の作業者がツルハシやスコップで地層になった壁や岩壁を掘り起こしている。
太陽光が真上から降り注ぐ炎天下。
採掘場には日陰になるような場所がなく、数分もこの場に居れば汗が吹き出るような暑さだった。
風の通りも無い洞窟内はもはやサウナ状態だ。
「暑い中お疲れさん!水も用意してっから、休憩がてら公演見て行ってな」
ゴードンは採掘中の作業員に労いの言葉を掛けながら、客寄せの案内をする。
「ん?なんだ?」
「サーカス団だってよ」
「おお!ありがとな!」
ゴードンの声がけに気が付いた作業者たちが反応を示す。
(……なんであいつだけ…)
洞窟の入り口付近でスコップを持ち作業をしている者がいた。
その作業員は奥で作業をする男たちとは身なりが異なっていた。
男性作業員の服装はヘルメットを被り首にタオルを巻き、タンクトップと長ズボン姿だ。
「………ぅ……ぅぅ…」
しかし入り口付近に居た1人の服装は、フードの付いた黒色長袖の雨ガッパ、フードを目深に被って黒色の長ズボン姿だった。
その作業員は苦しそうな声を漏らし地面に崩れるように座り込んだ。
「……ぅ…」
「おい!大丈夫か!ったく言わんこっちゃねぇ…」
ゴードンは咄嗟に立入禁止のロープをくぐり助けに入った。
ゴードンは作業員の背後にしゃがみ込んで右腕にもたれ掛からせるように支えた。
作業員は息も荒く身体を起こす気力も無い、右腕に伝わった体温は正常な物では無いほど発熱していた。
「しっかりしろ」
「…ごめん…なさい…、立ちくらみがして…」
「女か…」
男性だと思い助けに入ったが、声は女性のように高く、
身体も細々として軽かった。
「…わたしの…子供は……どこに…」
フードから覗かせた長い赤い髪、目は痙攣している様で意識がはっきりしていない中、弱々しく言葉を発した女性。
「子供?」
洞窟の中を見渡すが、この作業場の中に子供なんて居るわけもなく。
「おい!勝手に入って来るな!立入禁止って書いてあんだろうが!」
「ったくまたお前か…、これだから女は…」
洞窟の奥で作業をする男性1人がゴードンに怒鳴る、もう1人はこの女性に文句を言っているようだった。
「お前ら仲間が倒れてるなら助けてやれや!」
文句だけを言い作業を続行して女性に駆け寄ろうともしない作業者に怒りがこみ上げる。
「…ごめんなさい…大丈夫…ですから…」
女性は力なく立ち上がろうとする。
「バカ無理だ、こんな高熱じゃ…」
このまま作業を続けさせたら確実に死んじまうぞ。
「また休むのか、情けねえ」
「そんな体力じゃ金なんか稼げねぇぞ~」
男性作業員が女性を嘲笑う。
「こいつが死んでもそれ言えんのか!同じ仕事をする仲間だろうが!」
我慢の限界がきて、俺は奥に居る男どもに怒鳴った。
「外に出るぞ!ここに居たらあんたの命が危ねぇ」
俺は女性をお姫様抱っこのように持ち上げ洞窟を出た。
軽い…、身体も細くひょろひょろじゃねぇか…。
ろくな飯も食わず仕事してたんじゃねぇのか…。
日陰も無い炎天下の砂の地面に女性を寝かせ、俺の影で直射日光を遮るように身体を支える。
肩に下げていた竹筒の水筒の栓を抜く。
「冷たくはねぇが、飲まねぇよりは良いだろ。ゆっくりな」
薄暗い洞窟から出て日に当たっているおかげで女の素顔がはっきり確認出来た。
赤色の長髪と褐色の肌、緑色の瞳をしている。
「…ありがとう…ございます…」
女性は促されるまま、水筒の水を静かに喉に流し込む。
演説を行っているリーガルの方に目を向けると、群衆の前列にしゃがんでいる赤い髪の子供が居た。
その子供に変わった様子はなく、元気に遊んでいるようだ。
「あんた子供が居るんだろ。金を稼がなきゃいけねぇのは分かるが、あんたの命も大事にしろよな。あんな小いせぇ子供じゃ1人じゃ生きて行けねぇからな」
「…はぃ…」
しかし…、この暑さ…、客寄せどころじゃねぇな…。
「リーガル!客寄せは一旦中止だ。キースと一緒に観客に水配れ!」
「ぁ、はーい!」
俺の声が届いたのか、リーガルは返事をしてパフォーマンスをする手を止めた。
「あそこに居る赤い髪のガキだろ?連れてくるからな」
「はい…ありがとう…ございます」
俺は女性を地面に寝かせ、リーガルとキースの足元にしゃがんでいる子供を抱き抱える。
「よーし、こっちにおいで」
脇の下に手を差し込み持ち上げる。
「ぅお~ぅ」
驚いたのか、楽しかったのかは分からんが、子供が声を上げた。
「団長その子供は?」
「さっきから1人でしたよ?」
「あぁ、母親に返してくる。これから飲み水配るから、
あんたらも倒れないよう、水分補給しっかりな」
団長は群衆に向け注意喚起を促した。
そのまま団長は採掘場入り口に子供を抱き、歩いて行った。
「皆さま、今から飲み水を配りますので取りに来てください」
「暑いですから倒れないように」
リーガル、キースは客車から持ち出したウォータージャグから紙コップに冷水を注ぎ、観客に配っていく。
子供を抱いたゴードンは採掘場入り口で横になっている女性に駆け寄る。
「あ!まぁま、マ~マ」
子供は母親の顔を見ると声を上げ、抱っこをせがむように両手を伸ばしている。
「ほら、あんたの子供だ」
「…ぁ、ありがとうございます。よかった…スージー」
女性はゆっくり身体を起こし子供を抱き寄せ名前を呼んだ。
「まま…おやすみ?」
「ううん…、大丈夫だよぉ」
女性は子供の頭を撫でて優しい口調で話し掛ける。
水を飲ませて横になったおかげで少しは落ち着いたようだ。
「あんたも子供が大事なら、自分の身体も大事にしろよな。
あんたには、あんたに適した仕事があるだろ?
見たところべっぴんさんだ…」
雨ガッパのフードを脱いだ女性の顔は、こんな採掘場で土にまみれて仕事しているのは勿体ないぐらいの美人な顔立ちをしている。
「そぅ…ですね…」
「酒場で客の相手してりゃぁ人気になるだろうけどな。まぁこれは俺の感想だけどな」
「ありがとうございます。申し遅れました、私はイザベラといいます。
あなたのお名前は?」
「なぁに、気にするな。ただの通りすがりのサーカス団だ。じゃぁな」
ゴードンは名前を告げずにその場を離れ、客寄せ中のリーガルとキースの元に向かった。
「まぁま、だっこ!」
娘に抱っこをせがまれ、右腕に娘を抱き抱えゆっくり立ち上がる。
…この子を守れるのは私だけだもんね…。
「"あんたに適した仕事"か…」
イザベラは昔の楽しかった日々を思い出しながら、ゴードンの背中に深々とお辞儀をした。
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